聖女
やあやあどうも。
みんなのアイドル、サードフェリちゃんですよ。
ヤーサンが「神は言った……市場へ行くべきだと」と言ったきりまた黙り込んでいるのが少しだけ怖いです。寝ている間になにがあったのでしょうか。
で。ようやくバーナの街に着きました。
いやぁ……長いようで短い旅でした。
「あ、スヤマさんじゃないですか!」
「おー、1週間ぶりだな。変わりないかスードゥル」
「スヤマさん?」
スーサンたちはこの門番ことスードゥルさんと顔見知りなようです。
で、スヤマさんって? 須山さん?
「ん? 言ってなかったか? 苗字だ」
「いやそれはわかるけど、なんで3人ともそう呼ばれたの?」
そう。スードゥルさんはスーサンだけではなく、ヤーサンとマーサンにも向けてそう呼びかけていました。なんでわかるのかって? なんとなくですよ。なんとなく。気にしないで頂きたいものですそんなこと。
それにしても、3人に向けてというのはいったい……実は親戚同士だとかそういう話はなさそうですし。
あと、考えられることといえば……、
「そりゃ、夫婦だからな」
「へー、夫婦かー……って、ふぇぇぇぇぇぇッ!?」
夫婦!?
誰と誰と誰が?
って答えはもうすでに出てますが。
「そんなに驚くことかよ」
「え、いや、だって」
「一夫多妻制は慣れればそんなに変なことじゃないぞ」
「う、うん? そう?」
いえ、そうではなく。
あ、でもちょっと納得したというか。腑に落ちました。
「ヤーサンが女だとは見ても判らないと思うの」
「そうか?」
「重装備過ぎるでしょう。声も判別つかないし」
普通、鎧武者の中身が女だとは考えないでしょう。
「呪われてるからな。気軽に外せない代物だ」
「なんでそんな危なそうなものを……」
「”器用さ”とやらが倍になるらしくてな。作業時は変形もするらしいぞ」
「見てみたい!」
他にも作業用のバックパックアームとか指先サイズの極小ハンドなどがあるそうです。
どうしよう。ちょっと見てみたい。
でもヤーサンは製作期間中は相当気難しい状態になるそうで、駄目っぽいです。
残念無念また来週。
「うわぁ、可愛い子ですね。養子ですか?」
「お前わかってて言ってんだろ。金になる子だよ」
「金って、ストレート過ぎるでしょう……もう少し言い方ってものがあるんじゃないですか?」
「中途半端な偽善ってのが一番迷惑なんだよ。当事者としても、他の傍観者としてもな。ほい、奴隷入門料の銀貨1枚」
「はい、そうですか。ま、いつものことですね。お帰りなさい、そしてようこそ、バーナの街へ」
「おう」
「ありがとー」
スードゥルさんから『Ba-Na』とローマ字によく似た、けれどもどこかしらキリル風な文字が彫られた薄いプレートを受け取ります。これが銀貨1枚(千ウェン相当?)を支払って正式に来訪したという証なのでしょう。
「スーサン、先に行ってもいい?」
「あぁ、ヤーサンは市場を見るんだったな。フェリ、降りるぞ。マーサンはヤーサンを手伝ってきてくれ」
「はーい」
「オッケー。まだなにを買うのか聞いてないけど」
「俺も知らん。たぶんヤーサンも知らないと思うけどな」
「また神託ってやつなのかしらね」
「さてな。じゃ、終わったらホームに集合な」
「気をつけてねー」
がらがらと音を立てながら丁寧に整備された石畳の上をヤーサンとマーサンを乗せた馬車が走っていきます。
「……さてと。小腹も空いてきたところだし、屋台でも見ながら商館に向かうとするか」
「わーいお肉お肉!」
ジュウジュウとたんぱく質と脂肪が焼ける香ばしい匂いのする通りをスーサンの後に続きます。
そうそう。オークの肉って、実は食べられるんですよ。強い個体ほどおいしいらしいです。狩った本人はまず持って帰って食べないのですがね。現地で餓えているならまた別でしょうが。他人が狩った物なら食べられるそうです。なんなんでしょうね。まぁ、そうとう醜悪な魔物だそうなので気持ちは分からなくもないですが。
「スーサン、肉買って」
「ん、ほい。それで適当に買ってろ。俺はちょっと先行って顔を見てくるから」
「ん? うん、わかった」
銀貨を2枚貰いました。
肉串が1本銅貨10枚、もしくは大銅貨1枚という価格なのでこれだけで20本は買えそうです。それだけ食べても太らないのはそれこそ”いっつぁふぁんたじぃわぁるど”ってやつです。えぇ、細かいことを気にしてると消されますので。世界に。
スーサンは顔見知りの人でも見つけたのでしょう。目線が低い私から見えるのは足足足足足足。気が滅入りそうです。
屋台が並ぶ通りの奥へと人ごみを華麗に避けつつ進んでいきます。
私はひとつの屋台で2,3本ずつ買いながら後を追います。スーサンの気配と匂いはちゃんと覚えているのでこの街の中ならどこまでも追えます。
……こらそこストーカー予備軍とか言わない。
なんて考えていたら明らかに浮いている気配を感じました。
周りと比べて普通じゃなく、なにか違和感があり、胸の辺りがざわざわとして気持ちが悪くなる感じです。わざわざ敵対する気はないのですが。
「この波長は……光? 照らす、眩しいもの……聖?」
ぶつぶつと呟き、その発生源へと近付きます。
ちょうどここは一本道なのでどのみち近付くしかないのですが。
「あでっ」
「あ、ごめんなさいね」
人の流れに流されていると足を踏まれました。
相手は若い女性でした。少女を卒業したくらいでしょうか。売れ時のお年頃です。あ、いえ、冗談ですよ冗談。ただの戯言ですからそんなに睨まないでください。
「大丈夫? ケダモノちゃん」
「大丈夫です。あとケダモノちゃんではなく私の名はフェリです」
食べ終わった後の串は射出待機空間へと投棄していたので手ぶらですし、足もそれほど強く踏まれたわけではないので問題ありません。これがヒールだったら穴があいていたかもしれませんがね。
「こんなところでどうしたの? お母さんとお父さんは?」
「どっちもいません。これからご主人様と奴隷契約に行くのです」
言ってからふと思いましたが、ご主人様って言葉を産まれて初めて使いました。
だからどうしたって話ですが。
「ケダモノちゃん……なんて可哀想な子なのかしら! 不幸だわ! 不遇だわ!」
「私は別に――」
「私たちのところに来ない? その方が絶対幸せよ! 暖かいお布団もあるし美味しいご飯も食べさせてあげる、綺麗な洋服だってたくさんあるわよ!」
「お断りします。というか人の話を聞いてください」
「駄目よ。それならまずちゃんとした人間にしないといけないの。そしたらじっくりお話しましょうね」
「だからやめてください近付かないでください耳を引っ張らないでででだだだだだぁぁぁぁぁッ!?」
フェリです。ヘッドロックかまされています!
私がなにしたって言うんですか!? 少女卒業とか言ったのが気に障ったのなら謝りますよ!
痛いです! めっちゃ痛いです!
私の白くてもふもふの愛くるしいウルフイヤーが千切れそうです!
いまにも獣耳をもぎ取ろうとしている相手の手を打ち払い、全力で蹴り飛ばします。危害を加えられたのでもう容赦も遠慮もしません。てかこれで内臓破裂でもして死んでくれれば十分な報いになるのですが。
しかし、そう都合良くはいきません。私の蹴りは突如現れた謎の光の盾に防がれました。衝撃はいくらか伝わるとしてもオートガードってずるくないですか?
「あ、あなた……聖女であるこの私の愛を拒むというの!?」
「死にさらせほーりーふぁっきん!」
気狂い聖女なんてくそくらえです。
キャラ崩壊してでも私は私を守ります。
部位欠損は自然には治らないのですよ。それもアイデンティティである獣耳なんて、もしも無くなったらエリクサーでも使わないと元には戻らないでしょう。この世界にエリクサーがあるとも限りませんが。ポーションがあるならエリクサーだってあるでしょう。きっと。
(エリクサーかどうかは知らないけど、世界樹の雫ならあるわよ)
(世界樹があるんですか!?)
北欧神話系の私が驚くことではないでしょうけど。
おそらく私は血筋からしてその樹を焼き滅ぼすことができるでしょうし。
「こ、この無神論者め……それがどれだけ罪深いことか、わかっているのですか!」
「私が神だ!」
神獣の娘ですし。間違ってはいないと思います。
あと無神論者は別に神を貶めようとか信仰を否定しようとかそういうものではないので。念の為、誰にでもなくそう心の中だけで呟いておきます。
「こ、この罰当たり者ッ!! もう許さない! 神の怒りよ裁きの光よ、我らに仇なす敵へと降り注げ【天雷雨】」
「やれるもんならやってみろ狂信者! 神を堕とし人が驕るは原子の煌き! 光よ熱よ疾く拡散せよ【TIL -TO- WA- IT】」
「おーいなに騒いでんだ、ってぅぉなんかやべぇ!? ユーキ、セオ!」
「はいはいディスペルディスペル」
「アンチマジックフィールドね」
私と聖女が放とうとした広域大規模攻撃魔法は人ごみの中から現れたふたりの青年の魔法によって打ち消され、ただの魔力の残滓となりました。
こんな街中で核の炎なんて解き放ったらこの街は更地になってしまっていたでしょうから、止めてくれて助かりました。
神の雷光がどんな威力だったのかは知りませんが、強く見積もってもせいぜいこの街がなくなる程度でしょう。それでも十分強力ではあるのですが。
ともあれ。街に被害がなくてなによりです。
「こんな街中で戦術級魔法使うとかなに考えてんだよこの腐れ聖女!」
「あら、見苦しい人身転売バイヤーさんどうもごきげんよう。早く冥王にご挨拶しに逝ってはくれませんでしょうかねぇ」
「会って開口一番に言う言葉がそれか。そんなに気にかけるくらいならお前が逝ってこいよな」
「浄化してさしあげましょうか」
「バリカンの錆にしてやろうか」
”行って”ではなく”逝って”と、微妙にニュアンスが違ったようですが、それは暗に死ねと言っているのでしょうか。私の中の聖女というイメージが、音を立てて崩れていきます。
いえ、違います。
コレはきっとセイジョではナいのです。
だから……コレさえいなくなれば、
(サード。妙なところでファーストの嗜好願望を引き継がなくてもいいのよ)
(はっ、いけませんいけません。危うく暗黒面に堕ちてしまうところでした)
(はぁ……難儀なものね)
ベル様からどことなく疲れているような感じが伝わってきます。
苦労してるんですね。
……まぁ、原因は私とファーストでしょうけど。
「フェリ、大丈夫か? あいつになにをされた?」
「耳を千切られそうになったの」
「痛むか?」
「んーん。もう平気」
いまにもポーションを頭に浴びせようとしているスーサンを水際で食い止めます。レベルが高いだけあってそこそこ腕力が強いですね。義父ことファインと良い勝負です。
「おい腐れ聖女。人のもんに手ぇ出すたぁ、えぇ根性しとるなぁ」
「スーサンスーサン、地が出てるから落ち着け」
あ、そっちが地なんですか。
堅気の口調じゃないですよね、それ。
「奴隷なんて野蛮で下劣な文化に縋るだけの不届き者が! 同じ日本人として恥ずかしい限りです。今ならまだ神もお許しになられるでしょうから一刻も早く悔い改めなさい」
「一緒にすんなや。人権無視は手前等の領分やろが」
「私たちが行っているのは保護ですよ。それこそ同列に扱われたくありません」
「拉致と洗脳を保護たぁ根っこまで腐っとるなぁおい」
このふたりは顔を合わせるたびにこうして罵り合っているのか、ふたりの青年は慣れた様子で蚊帳の外を決め込んでいます。
ここは私が割り込んでどうなるものでもないので、とりあえずふたりに感謝しておきます。
「ユーキさん、セオさん。止めてくれてありがとうございます」
「ん、流石に核はやばかったけどな。あっちはいつもお決まりのワンパターン魔法だから楽だったけど。それにしてもお前凄いよ。あんな魔法は初めて見た」
「あれは腐っても聖女だから魔法に関してはかなりの実力者なのね。それと遜色ない魔法力、これからが楽しみね。あと10年したらプロポーズしていいかね?」
「いえ、まずはいまから、お友達から始めましょう?」
「いいね。10年後の返事待ってるね」
「おいこらなに勝手に話進めてんのお前ら。俺も混ぜろよ」
(勇者のユーキ、魔王のセオと友達になった!)
(あ、起きたのですかファースト)
(そりゃティルトウェイトなんて使わされたら起きるだろうよ。あとなんかツッコミくれよ。寂しいから)
(いま忙しいので)
(そんなこと言うなよー(´・ω・`)しょぼーんってなるだろ)
ファーストがなにやら訴えかけてきますが無視です。
顔文字が頭の中に浮かぶのって変な感じです。これが同体思考だとしたら概念伝達ってどんなものなんでしょうね。いえ、母上様からの知識でしか知らないものですけど。想像もつきません。
それはひとまず置いておいて。
ユーキさんもセオさんもステータスがほとんど視えません。
かろうじて名前と職が視えるだけです。
きっとレベルの桁が違うんでしょうね。
結局。私よりも強いってことくらいしかわかりませんでした。
「フェリ、だったっけ?」
「はい。フェリちゃんですよ」
「あんま他人のことを覗き視するのは良くないぞ」
「にぇっ!?」
ばれてーら。
やはりある程度の実力者には隠し通せないのでしょう。
このふたり、ロキ並みに底が知れません。
そもそもロキはあれでまだ封印状態だったのですが、それでもこのふたりは人間ですし。人間世界の頂点に立っているだけのことはありますね。
「ま、俺は別に視られて困るもんでもないし、好奇心旺盛で可愛げがあると思うだけだけどな。怒る奴もいるから気をつけろよ」
「どれだけ強く視ようと思ったところで実力差があり過ぎて視えないね。神様でもないとボク達のステータスはわからないね」
「うん。ごめんなさい」
私、その神の子です。
神位? 知りませんよそんなもの。
低級とか下位とか、そのくらいでしょう。まだ幼児ですので。
まだまだこれから大きくなって強くなるのです。
「フェリはどうする? スーサンはああなると長くなるけど」
「ボク達と一緒にホームに行くね」
「おい、セオ。ホームには――」
「さ、さ、乗ると良いね。乗せるね」
「え、ぅわっ!?」
強制肩車されました。いえ、させられました?
視界が一気に開け、人がゴミのようです。
……嘘です。そこまで高くはなっていません。
口撃の応酬をしているスーサンと聖女を横目に、屋根までひとっ跳び。
この程度のジャンプ力は珍しくないのかそれともセオさんだからか、それほど騒がれずにその場を後にします。
ユーキさんも同じようにひょいと跳び上がり、追ってきます。
高さ5mはあるんですが……。
私だったら封印解呪して肉体強化をしないとできませんね。
勇者と魔王の力の片鱗を見せ付けられたような気がします。
世界は広いのですね。
半チートとか言って調子乗ってました。反省です。
白銀の長髪が、夕暮れの街を切り裂きます。
……うぅ、詩的過ぎて心にダメージが。
ですが、黒歴史にはしませんよ……。
フェリが半年間過ごしていた村って一番近い街からどのくらい遠いのか、読み返していてふと疑問に思いました。
……なんも考えてなかったからどうしようもねぇ! でも具体的な描写とかもしてないからどうにでもなる気がする。
なんて。その場限りの連続で構成されたお話ですが、まだまだ続けます。
第1章は来年からかなぁ、なんて。
これがまだ第0章だとかなんの冗談でしょうね。いやほんとに。
それでも読んでくださる読者様に感謝の気持ちを。
誤字脱字があったらビシバシ言ってやってください。