翼竜
「ワイバーンッ!!」
もう一度、誰かがそう叫んだ。誰かは知らないしもうどうでもいい。
テンプレなちょい強やられ役が向こうから来てくれたんだ。ここで戦わずしていつ戦う?
そんな思考で死んでいった先輩方は数知れず。だが、それで退くくらいなら強い私は弱い俺を殺す。闘争本能が猛る。
俺の心が真っ赤に燃えるぅ!
この身を血で染め上げて魅せろと轟き叫ぶぅ!!
俺は素早く思考を戦闘モードへ移行する。
このままだと確実にぱくっと食われて死ぬからな。
(セカンド、サード、戦闘態勢! 封印開放よろしく!)
(ふぅん、美味しそうな羽蜥蜴ね。いいわ、遊んであげる)
(私としてはできるだけ戦いたくないのですが……)
乗り気なセカンドことベル様と引き気味なサード。なんとも対照的なふたりだ。
だが、論議する暇なんてないのでここは手っ取り早く多数決。
サードの意見は無視させてもらう。
「禁呪【グレイプニル】――解呪……よし。チェック。物理身体、問題なし。精神身体、異常なし。思考身体……正常。幽星身体……も、たぶん大丈夫だろ。駄目でも後から再調整すればいいし」
本当に大丈夫なのか、後遺症が残らないかなどの自信はないが、神力が漏れることさえ気をつけていればロキには感知されないだろう。
リミッターが外れて消え、この半年間押さえていた莫大で膨大な力の奔流に身を任せ、委ねる。体が内側から弾けないように微調節はするが。
さぁ、戦いだ。
ベットは命。互いの生存権。
勝てば生き、負ければ死ぬ。これ以上ない単純明快なルール。
血沸き肉踊る無差別バトル。
(楽しいなぁ……なんて思うのは俺が男の子だからかね?)
性別は関係ないような気もするが。
全身に闘気や魔力をじっくり練りこむようにして纏い、それをさらに溢れる力で上書きして塗り替え作り変えていく。
久々に、というか初めてかね。ここまで箍を外すのは。
いまなら、四桁レベルとだって殺り合えそうだ。
……ロキ? あれは別格だから。
「GLUAAAAAAAAAAAAAA!!」
威嚇、ではなさそうな咆哮。
弱者に対して、餌となる者へのちょっとした挨拶みたいなものだろうか。
「ハッ、余裕かましてないでさっさと仕留めないと駄目じゃんよ。だからこうやって不意を撃たれる。『ワード・トライ』ベル様は俺に合わせて攻撃、サードは支援よろしく」
『いつでもいいわよ』
『はーい』
ワイバーンがこちらを観察している。誰から食べようか選んでいるのか。
だが、それは油断大敵ってやつだな。
殺せるうちに殺さないと殺されるぜ?
なんてくだらないアドバイスを呟き、フェリひとりの身体から三人分の詠唱を引き出す。
「網よ捕らえろ【NA -GU -S】」
『大いなる天の怒り【LA -ZA -LIK】』
『速やかなる祝福の力【TIL -KI- OS】』
まず最初に俺が放った網状に練った魔力がワイバーンに絡みつき動きを止め、ほぼ同時にベル様が放った不可視の鉄槌が胴体を強く打ち付け地表に落とし、その勢いを弱めず叩き潰す。一拍遅れてサードの呪文が発動し、俺は青銅の剣を構えて馬車を飛び出す。
体が軽い。普段の倍以上の速さで景色が後ろへ流れていく。
竜に対してあまりにも貧弱な剣ではあるが、俺が狙うのは頭。唯一刃が刺さりそうな眼を目掛けて駆ける。ついでに叫ぶ。
「ぃぃぃいいいいいやぁっほぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぅッ!!」
ワイバーンは眼を白黒させ……てはいないが、混乱している。へぇ、ワイバーンの瞳って金色なんだ。
……目標まであと15m。
(美味しそうね)
(DHA含んでますかね?)
暢気なふたりだが、同時詠唱による負荷でなにもできないのだから仕方がない。せめて思考分割の手伝いでもやってほしいのだが。
あと10m。
ワイバーンが俺を捉えた。
慌てて起き上がろうとしているが、もう遅い。
中途半端に持ち上がった頭に向けて突進。
野生の勘か、咄嗟の反射か、奴は俺が狙った左目の瞼を閉じた。
――ッキィィィィン!
「まじかっ!?」
渾身の力を込めて瞼を突いた青銅の剣は、弾かれて剣先が欠けた。
(おいおい、薄皮一枚で鉄板並みの硬度を誇る生き物ってなにさ?)
(竜でしょ)
(竜ですよ)
「GLLAAAAAAAAA!!」
弾かれ、不恰好な体勢で宙に浮いた俺を金色の瞳が貫く。
左目が少しだけ赤く濁っている。刃は通らずとも衝撃はいくらか伝わったようだ。
「あ」
これ避けないと死ぬな、とわかったが、生憎空中で動けるほど俺はまだ常識から外れてはいない。
まだ、ね。
ごしゃ、なのか、ぐしゃ、なのか。
そんな音が聞こえた。
景色が白から黒、そして赤へとぐるぐるぐちゃぐちゃ変わる。
浮遊感は一瞬。
全身から途轍もない激痛が走り、次に目を開くと赤い地面が見えた。
「げ……っが、ご」
意識が飛んだのは刹那。
俺はショック死する痛みにすら耐えられるようにできている。
筆舌に尽くしがたいほど痛いんだけどな?
(まったく。油断していたのはどっちかしらね)
『癒しの奇蹟を現したまえ【DI -AL -MA】』
(はい、すんません。あざっす)
ベル様の治癒呪文によって怪我は八割方治った。即効性すげぇ。
「フェリ! 生きてたら返事しろ!」
「フェリちゃん大丈夫!?」
スーサンとマーサンが駆けて来る。
そういやここにいるのは俺だけじゃないってことをすっかり忘れていた。
戦いに呑まれちゃいかんね。
御しきれないようならファースト失格だ。
反省猛省。
「だい、じょぶ」
足がガクガク震え、剣はどっか飛んでいった。
「逃げるぞ! 勝てる相手じゃねぇ!」
「早く!」
だが。
やはり命を賭けた戦いは本能が望むのか。
勝ちたい!
生き残りたい!
奴は、俺が狩る。
「くは、はは。あはははははははははははははっ!」
天を仰ぎ、高らかに笑おう。
謳え。
我は、俺は、私は。
死を齎す神の子であるぞ!
(趣味じゃないわ)
(いまいちです)
……そっすか。
テンション下げないでほしい。
痛かったんだし。
このままだとみんな死ぬし。
「笑ってる場合か!?」
「はは、はぁ……逃げ切れないよ。あれは仕留めないとね」
「無茶よ! レベルが違いすぎるわ!」
「へぇ」
そういや、俺の【分析】は前情報があるといいんだっけか。レベルの目安にしか使ってなかったから忘れてた。
【ワイバーン ♂ Lv.693
HP:79275/79800
MP:319/375
ATK:1037?
DFE:556?
SPD:681?
別名:翼竜。
成体で全長約15m、全高約3m。体重は不明だが空を飛ぶためそれほど重くはないと思われる。10tあるかどうかといったところか。
竜種の中でも戦闘力は下の上辺りに位置する。
翼によって浮力を得ているわけではなく、風魔法を主体とし、重力魔法の補助などを行って飛行するものと思われる。空気抵抗の消失や慣性の相殺などを利用すれば亜音速までなら出せるのではないかと予想される。
ブレスは炎属性と推測。火力は不明。
爪、牙、角などに魔力を纏わせ巨体を生かした肉弾戦、尻尾の毒棘による持久戦、ブレスでの中距離攻撃など戦術は多岐に亘る。
多くの竜が苦手とする雷はワイバーンにとっても当然弱点である。
言語を忘れた竜の末裔であるため知能はそれほど高くない。
よく群れるがそれは番を探しているだけであり、普段は単独行動を取っている。
孵化してから2,3年で独り立ちをし、部位ごとの細かな脱皮を繰り返し10年ほどで成体となる。
寿命は数百年と言われている】
(なぜか途中から生態図鑑みたいな説明文になってるんだけど?)
(継承知識からちょこちょこっとワイバーンに関して引っ張り出してきましたのでそれの影響ではないですか?)
(……)
いやまぁ助かるけどさ。
てか重力魔法なんてあるのか。
「ワイバーンは竜の中でも弱い部類だけど人間が殴り合えるほど弱くはないのよ!」
「でも勇者や魔王ならできるんでしょ?」
「それで死んだ勇者もいるがな」
そりゃそうだよなー。
俺も闘気と魔力防護がなかったらあの一撃でミンチになっていたかもしれん。
産まれ故郷の毛皮は相変わらず頑丈だ。ワイバーンと同レベルの奴から剥ぎ取ったものだからかね。このジャケットにしてるのは熊っぽいナニカだったけど。
ちなみに。
スーラに汚れとかを食わせてるから綺麗な一級品の毛皮になってるぜ。臭いのは嫌だし。
「あれは、私の獲物」
「馬鹿言うな! 己惚れるのもいい加減にしろよ!」
スーサンの怒声に反応してこっちに意識を向けたワイバーン。
追撃せずに俺の様子を見ているが、警戒するくらいならさっさと始末しておかないと危ないぞ?
「術式変更、”エウロスペル”――穿ち貫き打ち上げろ【ドゥーニャ・カズィクル】」
ワイバーンの足元から土の大槍が突き出し、腹を強く打ち据える。鱗に阻まれ貫通しないのは織り込み済み。さすがにそこまで硬度を上げるのはしんどい。
スーサンとマーサンの制止を振り切り、拍手ひとつ。
地面に両手を当てて【アルケミスト】発動。地中に存在する僅かな鉱物を集め、1mほどの両刃両手剣を作成。更に炭素や窒素による硬化処理を施す。これは魔法や魔術の理を無視してこの世界の法則を歪めて行っているため相当効率が悪いし、なにより頭痛が酷い。全身の、それも特に脳内の血管があちこち破裂してそうだ。スーラを取り込んで身体を造り変えてなかったら普通に死んでたな。それでも俺みたいな痛覚耐性持ちじゃないとショック死するけど。
これでもう俺には魔力がほとんど残っていない。神力を魔力に変換すればまだまだ余裕だが、それはたぶんロキに見つかるからやらない。
ワイバーンが落ちてくるタイミングに合わせて首元へ一閃。
鱗が割れ、中の肉へと少なくはないダメージを与える。
「GLUAAAAAAA!?」
まさか物理攻撃でここまで傷を負うとは思っていなかったのか、悲痛な叫び声を上げる。
「くふ。かは、ははははははは!」
ねぇねぇいまどんな気持ち? 餌としか見ていなかった幼女に切りつけられてどんな気持ち?
ざっくざっくと同じところを連続して切る。
いやいやするようにワイバーンが首を振って抵抗するが、容赦はしない。
「GAAAAAA!」
「うはぁッ!?」
うなじの辺りがピリッとしたので横っ飛びに転がるとワイバーンのムーンサルトによって俺がいた地点を尻尾が通り、地面が抉れていた。
危ねぇ。予備動作がほとんどなかった。
本調子ならその勢いのまま空へと逃げることもできたんだろうが、翼を傷めたのかそのまま落ちてくる。
もちろんその首を狙って叩き切る。
鱗は剥げ、何度も斬られた肉からは絶えず鮮血が流れ落ちる。
それでも骨までは届かない。
練金によって作った剣は切れ味がいまいちで叩き潰すようにしか使えないのが問題だ。
「GOOOOA!」
「わっちゃっちゃ!?」
熱い熱い!
そろそろ動きが鈍ってくる頃だと思うのだが、足元にブレスを吐かれると俺は距離を取るしかない。ロキみたいな物理無視の熱耐性があれば突っ込めるけど、いまはまだ無理。髪が焼けちまう。
ワイバーンは炎の中でもなんともない。当然だ。炎を吐く竜が火に弱いなんてことはないだろう。
「GRRRRUUU」
「うがー!」
お互い満身創痍になりつつも、牽制の意味合いを兼ねた威嚇の応酬。
幼女がやっても可愛らしいだけとか言ってはいけない。
「GOOOOOAAAA!」
ワイバーンは悔しげに一鳴き。
空へと羽ばたきこちらを一瞥するとフラフラと飛んでいった。
傷だらけになっていても翼竜の名は伊達じゃないか。
追撃したいが、空への攻撃手段は限られるし魔力が尽きかけているのでどうしようもない。
俺も疲れて動けないし。
あのまま戦っていたらどっちが死ぬか、わからなかった。
逃げてくれて助かったという思いと死ぬまでやりあいたかったという気持ちがぶつかり合う。
「でも、ま。勝ったぞー……ぅ」
拳を突き上げ勝利のポーズ。
……そこからの記憶はない。
俺が意識を落としたから。
痛覚を一手に引き受けたことによる疲労で俺はしばらく活動できそうもない。
後のことはサードに任せればいいだろう。
とりあえずいまは、寝かせてくれ。
(おやすみ)
(おやすみなさい、ファースト)
(おやすみですか。早めに戻ってきてくださいね)
(おーう……)
……ぐぅ。
レイアちゃんを意識したかって?
い、いやぁ……ナンノコトカナー?
ステータスの数値はかなり適当なので書き換えることもあるでしょうが、普通のレベル10の冒険者の数値をここに書いておきます。それすらも適当ですが。
一般的な下の上くらいの冒険者 男 Lv10 18歳
HP:200
MP:10
ATK:50
DFE:40
SPD:30
備考。装備:武器……青銅のロングソード。
防具……皮の帽子、皮の鎧、皮の盾、皮の籠手、旅人のズボン。
HP(0になると死ぬ。大怪我を負ってHPが少し残っていたりしても出血などの要因でガンガン減っていくので1%を切ったらまず間違いなく死ぬ)
そもそもHPは致命傷回避の数値だという話を思い出したが、まぁ細かいことは気にしないでほしい。
MP(魔法を使うと減るが、気などの管理もMPが関係するがSPやPPなどの別枠もある。いまのところファーストはMPで統一している。数値が0に近付くと理性も薄れていく。0になると軽くても二日徹夜状態。時間経過で回復していく。5分で最大MPの1%回復[最大値が100以下の場合回復量は1固定]し、最終消費から約1時間毎に現在魔力残量の1割を回復)
ATK(攻撃力。腕力や握力、武器などによって変動する。ファーストフェリがなんとなく数値化しているだけなのであくまで目安程度にしかならない)
DFE(防御力。どれだけ硬い鎧を着ていても衝撃によって中でミンチになることもあるのでやっぱり目安にしかならない)
SPD(別名AGI。素早さ。判断力や決断力などの速度にもなっているのかもしれない。大きいから低いとは限らない)
……思いつきで数値化するもんじゃないな!
インフレしないように祈っておきましょう。
12/05 ワイバーンの体重1t→10tに変更。木製の航空機よりも軽い竜ってそりゃないわ、と思ったので。
あとMP回復に関するところも変えてみました。どのみちその場限りの思いつきですが。