戦闘
「左50mに……4体」
「ヤーサン行って!」
「……あいさー」
「すぐ近く、右から3体」
「スーサン戻って!」
「はいはいはいはい!」
絶賛戦闘中。
どうしてこうなったかって?
むーん。話せば長くなるな。
3行にまとめてあげようか。なに、ただの親切心さ。
『盗賊に追われていた商人を見つけた。
見つけたのはいいがすでに手遅れで助ける暇もなく殺されてしまった。
その盗賊たちをゴブリン共が襲った。
盗賊たちを壊滅させた流れでこっちにも襲い掛かって来た。』
4行になったのはお約束とご愛嬌。
最初は適当に戦って殲滅しようとしていたのだが、後から後からどんどん援軍が続いて森の奥へ逃げながら戦う羽目になったのだ。
数の暴力ここに極まれりってか。
しかも奴らのテリトリーにでも入ったのか四方八方から攻めてくる。
馬車を護りながら戦うのってかなり難しいんだぜ?
まぁ、俺ことファーストフェリちゃんは応援してるだけだが。
ああいや、大したことじゃないけど索敵を受け持ってるな。司令塔のマーサンに伝えるだけの簡単なお仕事です。
「4時の方向、6体来るよ」
「あぁあああああああああああぁぁぁもう! めんどくさいわね! ヤーサン下がってスーサンも早くそれ片付けなさいよ!」
「……了解」
「こっちだって手がまわらねぇんだよちょっと待、てっと。おぅ!?」
スーサンがゴブリンに挟み撃ちにされ手こずっている。
この面子は非戦闘員オンリーだがレベルが高いので個人のパフォーマンスでゴリ押しができていてどうにか持ちこたえているというのが現状だ。
うーん。手助けするのもやぶさかじゃないけど初戦闘がゴブリンってのはなー。
いまいちテンション上がんないんだよね。
もっとさ、ドラゴンとか、伝説級の奴をズババッとやって格の違いを見せ付けるってのがよくあるチートの流れでしょう?
俺は別にチートじゃないけどさ。まだまだ弱っちい子供で幼女だけどさ。
レベルが四桁とかでなければ結構戦えると思うがなー。
ちなみにゴブリン共はレベル100前後。駆け出し冒険者とどっこいどっこいな戦闘力だな。単体なら戦闘職からしてみればただの雑魚なんだけど、こいつら群れるからねぇ。1体見つけたら30体はいる~って黒い最優先撲滅対象のGみたいな存在で、ファンタジーのお約束を忠実に守っている強姦モンスター。捕まったら舌噛み切って死ぬね。俺ならきっとそうする。
「後方、120mに新手。数……7。その後ろにもいくらかついて来てる」
「もう流石に無理ゲーね!」
「諦めんなよ!?」
「無双ゲー……」
マーサンが匙投げてヤーサンがげっそりしてる。気持ちはわかるけど。
そろそろ討伐数が三桁に届きそうだもんなー。
てかそれでもまだ勢いが弱まらないってどういうことよ。
マーサンのボウガンの矢が尽きそうだ。
「仕方ない……私も戦うよ」
「ダメよ! もしフェリちゃんがあんなのに捕まったらあれやこれやされちゃうのよ! 醜い雄……絹を引き裂くような悲鳴……男を知らない柔肌……一方的な蹂躙……はぁはぁ」
なんか後半息が荒かったけどなんなの?
それはそれで興奮するとか言わないよな?
あとその場合マーサンも捕まっててアウトな状況だからな?
……よし。軽く本気出そう。
下手に出すぎてもよくないし。
馬車から飛び降り、無手だとアレに触ることになりそうだったので勝手に荷台から借りた青銅のショートソードを構える。刃渡りおよそ40cmってとこか。微妙な長さだな。小さい俺には使いやすいからいいけど。
馬車の後ろから迫るゴブリン共に剣の切っ先を向け、
「爆ぜろ炎【ME - RI - TO】」
ボバっと先頭を走るゴブリンの頭が爆ぜた。辛うじて頭蓋骨らしきものを残し、残りを消し炭へと変えたのだ。
それはそうと、別に剣を向ける意味はない。雰囲気とか気分の問題だ。
魔法剣として、発動媒体として扱ったらあっという間に木っ端微塵になるであろう駄剣だし。
仲間が惨殺されたことを気にも留めず、他の残り6体のゴブリンが駆けて来る。木や石でできた粗末な剣や槍を持っているから動きは遅いが、それでも醜く近付いてくる姿には恐怖を感じることもあるだろう。息がかかるような至近距離でもなければ俺はまったく気にしないが。
とはいえ臭いのは嫌なので近付かれる前に続けて呪文詠唱。
「燃え上がれ大火【MA- HA - LI - TO】」
ゴォっと炎が巻き起こり、6個の火達磨が出来上がる。
不快な悲鳴を上げ、転げまわるゴブリン共。
森に延焼したらマダルトあたりをぶちかまして強制的に鎮火させようと考えていたが、攻撃対象であるゴブリン以外にはなかなか燃え移らない仕組みになっているようだった。原理とかはさっぱりわからんが。
生物を焼いたのは初めて(消したことは別として)だったので有意義な実験になった。
「んー……届くかな?」
ついでに100mほど離れたところで驚き足が止まっている一団に向け、
「風よ刃となれ【BA - NO - KA】」
不可視の刃に切り裂かれてあっという間にバラバラ死体となる。遠目からでも結構グロい。
「やっぱ詠唱入れた方が安定するかねー?」
(威力も上がっているように見えますね)
あ、サードだ。
おはよう、もとい、おそよう?
(ごきげんよう)
はいどうも。
(敵は浮き足立っていますね)
そりゃ、な。
俺が矢面に出ただけであそこにいる三人分の働きをしちゃったんだもんな。攻めるか退くか決めかねてるんじゃないか?
(ではさっさとお帰り願いましょうか)
あいよ。
サードの心のままに。
「汝が心の恐怖を呼び覚まさん【MOR - LIS】」
周囲から混沌とした悲鳴が上がり、生き物の気配が遠のいていく。
「こんぐらちゅれーしょんっ!」
十分チートじゃないかって?
うん。俺もちょっとだけそう思った。
今回みたいな低レベルの雑魚相手ならな。
最初のメリトはあと3回、その次のマハリトはあと1回、バノカはあの一発だけで打ち止め。最後に使ったモーリスはあと5回くらいなら発動できるだろう。
これはあくまでその呪文の残り回数であって俺の残りMPから算出したものでないことが重要だ。メリトとマハリトを撃ち切ったらモーリスを5回も使えないかもしれない、といった具合で。
別枠の魔法とか魔術を併用すれば精神力――魔力とは別の単純で純粋な心のエネルギー(意思力とでも言うのか?)――が続く限り戦えそうだが。
「フェリちゃん……いまの、なに?」
「呪文だよ?」
「トゥルーワードとは……また随分と懐かしいもん使うじゃねぇか」
スーサンとヤーサンは返り血を浴びて自身もいくらか傷付いてはいるが致命傷は避けている。マーサンは遠距離からのボウガンによる狙撃をしていたのでそもそも無傷。
俺もアウトレンジから一方的に殺戮しただけなので身奇麗なままだ。剣いらなかったわ。
「……かっこよかった」
「ああ。いかしてだぜ」
「そお? ありがとー」
礼を込めてお返し。
「癒しを与えよ【DI - AL】」
「おぉ……すげぇ」
「癒しの力【DI - OS】」
「ありがとう……」
ありこち傷だらけのスーサンには中位の治療呪文、鎧によって軽傷で済んでそうなヤーサンには下位の治癒呪文をそれぞれかける。節約は大事だぜ?
二人って範囲系使おうかどうしようか迷う中途半端な人数なんだよな。いっそのこと全員傷を負っていれば遠慮なく、躊躇なく使えるのにさ。
癒すために怪我をするというのも本末転倒な話だが。
「フェリちゃん……仲間だと思ってたのに」
「え?」
「なによ……十分強いじゃない」
「あー、そうかな?」
でも俺、レベル20くらいだぜ?
(銀狼族は戦闘民族なので十分強者足り得るのでは)
あの島基準で強さを測るような世界なら人類はとっくに滅んでるか。
俺はまだまだひよっこなのになー。
幼児だぞ幼児。成長速度がちょっとおかしいけど。
(このままだとどこまで成長するんでしょうね?)
さてな。15歳くらいの身体までいけばあとはゆっくりでいいんだけど。
「やっぱり獣人ってみんなこれくらい強いものなのかしら」
「私が規格外なだけだと思うけど……」
俺が一般基準だったら獣人は戦争に負けないと思うぞ。それだったら数の差なんて十倍くらいまでならひっくり返せそうだし。
『戦いは数だぜアニキー』
スーラが喋った!?
(そういえばすっかり忘れてましたね)
うん。ごめん。
身体の中で細かい調整とかしてくれてたのには助かってたぞ。
エネルギー効率とか熱量保存とか。言っても俺はよくわからんが。
「フェリ。助かった。高い買い物をした甲斐があったぞ」
「ん。お買い得……掘り出し物」
「んへへー」
一同は馬車に乗り込む……前にスーサンとヤーサンはボロ布で身体や武具に付いた血を拭い取る。
シルバーは特に興奮も恐怖も感じさせずただ待っていた。
「いつも護衛は雇わないの?」
「最終手段があるからいざとなればそれで逃げるのよ」
「どんなもの?」
「マーサンは光魔法が使えるんだが、それを凶悪なものに改造した視覚破壊魔法【ブレンドミッテル】を使う。瞼を閉じていても網膜が焼けて潰れるほどの光量を生み出すんだ」
「うわぁ……危ないね」
「ああ。特製のサングラスが必要だし周りに他の味方がいると使えないんだ」
俺の所為っすか。
「さて。血の匂いに引かれて厄介なのが来る前に出発だ」
「れっつらごー」
街道へ向けて進路を取る。
ゴブリンは討伐証明部位以外に回収するものがなくて実入りが少ないそうだ。
1体分の討伐報酬が500ウェン……だったっけ?
まぁ塵も積もればなんとやら。今回回収できた分だけでも8000ウェンは数えられるだろう。
かろうじて宿に1泊できる分しか稼げないと考えるとやっぱり安いのかなぁとも思うが。薬草とか摘んできた方がまだ稼げるんじゃね?
『アニキー。進路上、上空に生物反応でっせー』
スーラの報告を確かめるため目を凝らすが、そもそも木が邪魔で空がほとんど見えない。
「スーサン。あっちになにかいるみたい」
「ん? どこだ?」
「空、上を見て」
がたごとがたごと。
「見えん」
「……見えないね」
視界悪過ぎだろう。燃やそうかね。
『直線距離で1kmっす。対象はなおも接近中』
「……あれは」
「やばいやばいやばい! なんなんだよ今日は厄日か!?」
「……わお」
「あー、なんかもう色々嫌になってきたわ……」
マーサンのテンションが駄々下がり中。
矢もないしもう戦力外だな。
そんな暢気に構えていたところで奴は来た。
人間はおろか動物なんかとは比べ物にならない圧倒的な生命力と威圧感。
木々の隙間からちらっとだけ見えたのは緑色の鱗、一対二枚の巨大な翼、猛々しく天を衝く角、しなやかに揺れる棘の付いた尻尾。
ろくに速度も保たず羽ばたきもしない、どうやって飛んでいるのかまるでわからない航空力学を馬鹿にしたような存在。
「ワイバーン!」
フェリ「ワイバーン!」(歓喜)
トゥルーワードが意外と使いやすい……他系統の出番がないですわ。
そういえばその手の他所様の名前を勝手に使ってもいいのか伏字にするべきところがあるのか、どうなんでしょう?
2014/11/04 回り→周り