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イノサンスフェンリル  作者: 泉 燈歌
第0章 生誕迷走編
10/35

出立

(……うーみゅ。困ったなこれは)


 どうしたものか。私とともに悩むファーストの心の声が響いてきます。


「大白銀貨5枚でどうだ」

「い、いえ、困ります!」

「8枚でもか?」

「ぅ……」

「9枚でもいいぞ」

「……」

「キリよく10枚にするか」

「……」


 人身売買なう。


 いったいぜんたいどうしたのかというと。

 今日は顔馴染みの行商人が来るはずが見知らぬ男が来たのでした。

 で。

 馴染みの行商人がぽろっと漏らした銀狼族である私の情報に釣られた連中が来る前に急いで私を買いに駆けて来た第一の人間さんだそうです。

 スーサンと呼んでくれって言ってましたが釣りが好きなのでしょうか。綺麗に切り揃えられた茶髪と黒目でなんとなく日本人っぽいとは思っていましたが。


 ドナドナ歌えるならそれはそれで楽しそうですね。いえ、もちろん冗談ですけど。

 貨幣の価値がよくわかりませんが今までの会話を聞いた限りでは日本円に換算すると五百万円ってところですかね。安いのか高いのかは判断がつきません。自分の値段を知っても、ねぇ?

 円とウォンの中間を取ったような「ウェン」というのがこの世界でのお金の数え方らしいですね。貨幣でやり取りされているからあんまり使っていない単位らしいですけど。

 そうそう、貨幣の種類が12もあるのには驚きました。細かすぎるでしょうに。

 一番価値のある天貨が1億ウェン相当ってどれだけインフレさせる気なのでしょうか。


 ちなみに村全体の借金は三百万くらいです。たぶん。


 安いもんじゃないかって思うでしょう?

 私はそう思いました。


 お金になるものが少なくその上自給自足の生活しかしていないこの村にとっては大金なのですよ。

 駆け出し冒険者の基本装備セットが2,3万で買える世界ですからね。

 武具の値段は人伝に聞いただけですので定かではありませんが。


「おい! 俺はフェリを売りに出すなんて一言も言ってねぇぞ!」


 ファインが激昂して他の村人たちに抑えられています。10人掛かりでも動けるとか本当に普通の人間なのでしょうか。

 あ、レベルが24もあるので一般人とは言いがたいですね。元冒険者だったとか?


「ねぇねぇ、お肉、もっとちょーだい」

「ん、ほい」

「わーい!」


 かく言う私ことサードフェリちゃんはばっちり餌付けされています。

 なんの肉かはわかりませんが。鶏肉に似ているけど少し違和感があります。蛙に近いかな?


「フェリ! そんな奴の肉なんか食うんじゃねぇ!」

「んやー」


 ばりむしゃぁ、といった豪快な食べっぷりに周りの皆さんがドン引きしていますが私は気にしません。そんなことより次を口に運ぶほうが大切ですので。

 食べるのに邪魔な小骨や軟骨はスーラにくれてやります。久々の硬い食べ物にスーラもご機嫌です。溶かすのに時間のかかる物を好き好んで取り込む理由はよくわかりませんね。動物の歯が弱くなるようにスライムにもなにか溶解に関して鍛え方があるのでしょうか。


「で、俺としちゃあフェリちゃんに決めてもらうのが一番手っ取り早いんだが」

「んー」


 食ってんだから焦らず少し待てよ早漏野郎と口には出さず罵ります。

 ……これは私のキャラではありませんね。反省です。

 フラストレーションが溜まり過ぎですね。やっぱり常日頃から運動していないとダメだったようです。運動不足とタンパク質欠食でイライラマックスでした。


「村のみんなが助かって幸せになるにはこの方法が一番良いと思うがな」

「ふざけんな! なにもわからない子供に!」

「後見人は黙っててくれよ」

「てめっ! この、離せよてめぇらぁ!」


 ファインがさらに暴れて若い男が何人か吹き飛ばされていきます。ギャグでしょうか、いいえ、コミカルです。


 せっかく娘が命懸けで助けた幼女を見ず知らずの人間に借金のかたに売るなんて許せないのでしょう。なんて正義感の強いおじさまだこと。


「行く」

「お、言ってくれたな」

「20枚で」

「……本気か、譲ちゃん」

「こっちのセリフ」

「乗ったぜ。後で泣いても知らないからな」

「ぬかしおるー」


 二人して「はっはっはっは」と笑いあう。

 向こうもこちらの素性に気がついたようです。

 私からはなんのアプローチもしていないのですが、なぜ気付かれたのでしょうか。

 こっそり耳打ちして訊いてみます。


「譲ちゃんのレベルが視えねぇんだよ。レベルだけじゃねぇ、ステータスもスキルも一切が不明だ。同郷の勇者を視た時と同じなんだよ。譲ちゃんは確実に俺よりも強い」


 なるほど。

 でもスーサンのレベルは61なのですが。


 封印していても神獣の補正は働いているようです。

 暇な間に演算して打ち出した私のレベルは20前後のはずですが、種族によって元々の強さが違うのでアテにならないんでしょうね。

 人間の61よりも獣人の20の方が強者認定されるってどうなんでしょうね。


 ……封印された神獣で2200オーバーだったロキってどれだけ強いんでしょうね。封印が解けた時のことを考えただけでも冷や汗が止まりません。


「フェリ、早まるんじゃね、ぐぉっ!?」

「すまんファインさん!」

「怨んでくれて構わない!」

「もうすぐ娘が生まれるんだ!」


 村にいる男のほとんどが死に物狂いでファインに襲いかかっています。

 借金の返済期限が今日だったんですよね。

 払えないと活きの良い男は戦場か鉱山に、同じく女は性奴隷にでもされる契約だそうで。


 契約に期限があることを知っていたのが村長だけでそれに気付いたのがつい先日たまたま契約書を見てって、ダメやん。

 ちなみにその村長は歳を考慮されて冷たい視線を受けるだけに留まっています。


「あ? あぁ、安心しろよ。別に幼女に欲情したりはしねぇって」

「そういう問題じゃねぇ!」


 どかーんと男衆を投げ飛ばしたり蹴飛ばしたりしながら近付いてきます。重傷人が出ないようにしているのはいいですけどSTRとかVITがおかしいですよね。

 見るからに純戦士系のパワーファイターなのでおかしくはないと言われますが。それでも少しは物理を考えさせてほしいのです。


「どうしてもフェリを買いたければこの俺を倒しt」


 ――どずむぅっ!


 ファインの鳩尾に必殺……だと死んでしまうので割と本気の肘鉄を打ち込みます。

 空間転移による間合い無視の奥義です。一撃で沈めないと反撃で私が負ける特攻仕様ですが。


「おいおい、空間転移なんて上位魔法使えるとか聞いてないぞ」

「スーサンもアイテムポーチ持ってる」

「いやいやいや、俺のこれはデフォルト特典で上位魔法とかは無理だし」

「へぇー」


 そんな便利なサービスがあるんですか。

 てか転生や召喚に神様が関わるのってお約束なのでしょうか。

 私たちには何もないような気がするのですが、なにこれイジメ?


(そもそも俺たちはイレギュラーなんじゃないのか)


 そうですか。

 まぁ、そういうことにしておきましょう。


「いいのか、それで」

「いーの」


 気絶したファインを村人たちに託す。起きたときどうなるか……恐ろしいことになりそうです。さっさと逃げておきましょう。


「フェリ……行っちゃうの?」

「フィール」


 義姉のフィールはそろそろ野草摘みに出られるでしょう。てかいい加減外に出て光合成してほしいです。不健康ですし、それも合わさって体力の回復が遅いのではないでしょうか。


「元気でね」

「フェリこそ……病気や怪我に気をつけるのよ」

「ん」


 抱き合います。

 ……ハグですよ?


 止めようとかファインを倒したことについて何かしら言ってくれても良いと思うのですが、フィールは何も言いません。


「貴女にこの村は小さすぎるもの」

「……そう」


 見抜かれていました。何が、どうしてかはわかりませんが。

 フィールなりの優しさと受け取っていいのでしょうか。


「よし、行くか」

「もう?」

「あと1時間もしないうちに他の連中が村を荒らしに来るぞ。1本道だからすれ違いざまに見せ付けて振り切ればいい」

「……わかった」

「乗れ」


 立派な馬……ですけど、どうして鬣と尾っぽがロールというかカールというか、なんとも言えないシャレオツなものになっているんでしょうか。

 毛並みはすごく良いんですけど。

 目付きも優しそうで温和な雰囲気が伝わってきます。


「大白銀貨20枚、渡したぞ。確認しておけ」


 小袋を無造作に投げます。

 もう少し丁寧にできないのでしょうか。


「舌噛むなよ」

「ん」

「行くぞ。ハイヨー、シルバー!」

「ヒヒーン!」


 私を前に抱えるようにしてスーサンが手綱を取り、猛スピードで駆け出します。

 シルバーって、あーた……まぁ、気にしたら負けなのでしょう。スルー安定です。


 がっくんがっくん揺れるものだと思っていましたがなかなかどうして、快適で快調です。

 鞍が数ミリほど浮いているのが理由でしょうか。磁石でも仕込んでいるのでしょうか。訊いてみたいのですが慣れるまで口は開きません。口内流血なんて嫌ですので。


 門番さんはファインに吹き飛ばされていたので結局フューリにしか別れを告げられませんでした。みんな私と目を合わせようとしませんでしたし。なんなんでしょうね。的外れな罪の意識でもあったんでしょうか。


 しばらく無言で揺られていましたが、前から複数の馬車が見えました。道が無駄に広いので通り抜けるスペースには困りません。そういえばこの世界でもやっぱり馬車は右側通行なんですよね。

 すれ違う人は全員こっちを見て驚いていました。

 見えないだろうと思いながらもにっこり微笑みかけてあげました。

 駆け抜けた後ろから玉突き事故のような悲惨な音が聞こえてくるのですがきっと気のせいでしょう。余所見運転は事故の元ですよー。


「他人を出し抜くこの瞬間が俺は最高に気持ち良いんだよなぁ、あっはっはっはっは、ざまぁざまぁ!」

「わ、かりゅー」


 舌を噛まないように気をつけていたら今度はまともに喋れませんでした。

 笑って誤魔化します。


「街に着いたらすぐに俺の馬車に乗り換える。仲間もそこで待ってるからそん時に改めて自己紹介するか」

「あ、い」




 土煙を巻き上げながらシルバーは駆ける。

 その背に銀を乗せて。


 太陽は、まだ高い。


「レベルなんて飾りです。強い人はそれがわからんのです」

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