雨の多い夏
どうやら今年は冷夏ということらしい。
一日のどこかしらで雨が降って、空気はいつも湿り住宅街の中であっても緑の匂いが何処までも纏わりついていた。
時折、ひんやりとした風がカーテンを揺らして部屋を通り抜ける。
「来週頃からは、いよいよ暑くなるでしょう」
などと七月の始め頃までは、お天気お姉さんもそう言ってはいたけれど、いつまでも梅雨が明けないまま、この町は夏から置いてかれてしまったようだった。
確かに梅雨が一度は開けて、夏休みに入る前には暑くて仕方がなかったはずだったが、ある日を境に何処までも青かった空はいつまでもどんよりと曇るようになった。
それから時折に見せる青空の眩しさがレースカーテンの隙間から部屋にコソコソとやってくるのが一日に数回あった。
僕は、窓際に蚊取り線香を焚きながら、ゴロゴロと部屋の中心で横になって過ごしていた。
行っては帰ってくる扇風機の風が僕にとっての時間となって、長すぎる日中がただ流れるのを待っている毎日だった。
窓の外では近所の主婦らの井戸端会議が始まっていて、この異常気象に対して恐い恐いというばかりで、この町を囲うように流れる上黒川と支路川の水かさが上がり、もう少しで決壊するかもしれないという物騒な話も聞こえてきたが、川から離れた所にあるこの場所には関係の無い話だと対して気にも留めなかった。
僕にとっては町内の事と地球の裏側の物事に違いは無かった。
そんな風にして僕はただ一人で、のんびりと七月が終わるのをただ見守り、八月の第一週が終わろうとしていた。
17歳の夏とはいえ、こういう過ごし方もあるのだと、クラスメイトの連中にも教えてあげたかったが、何やら悲しい気持ちもあってきっと「寝て過ごした」と言って少しの笑いを貰うのが関の山だろう。
しかし、一体どうしたというわけか、何も予定がない。というわけではなく、何かが押し寄せてくる予感だけがあった。
だから僕は家を開けてはいけないと思うし、何か途中で投げ出さなければならないような事は避けて僕は何もしないように努めていた。
冷静に考えれば直ぐに何も予定なんて入りっこないし、僕を訪ねてくるような人に心当たりもないのだから。
何時だってこんな風にして僕は夏休みという長い長い空白を潰していたのだろうか?
空白が空白のまま消化され、ただ過去となりあらゆる物事の中から固定され、奥へ奥へと押しやられてしまうのだろうか。
けれども、僕の過去はそれほど空白でもなかったはずだった。
何処か何かが狂ってしまっているような気持があった。
僕のいるべき場所がわからなかった。自分自身がどこに居て、いつもどうやって歩いて、どうやって息をして、笑ったり、怒ったりしていたのだろうか。
僕はいつだって一人だったはずだ。
だって僕の周りには誰もいないのだから。
誰もいない?
誰がいない?
「ばいばい」
誰かが、僕にそう言った。
あの日、僕は一人でバスに乗り込んで押し込められた車内の中で夢を見た気がした。
そう、僕は夢を見た。
長い長い夢を見ていた。
今、僕は夢の中にいる。
そう気付いた時に、ひんやりとした風が吹き込んで四畳半の部屋に青い光が差し込んだ。
僕は誰かを探さなければならなかった。