第1話
誰が最初に言い出したのか。
何時しかそれはこの学校に通う者の常識となって、削ったり足されたりしながら代々語り継がれている。
君はその手の話が好きで、よく僕を連れまわして裏山にある旧校舎や、存在しないはずの第2図書室、入口の無い中庭などと言った見つかりそうにない物を探すのに付き合わされたものだった。
どれも信憑性のないありきたりな話ばかりではあったけれど、この学校の妙に長い歴史や、人気のない所にひっそりと建つ立地が後を押してか、誰もがそれらの伝説を信じたがっていた。
大抵の者は無意識にそれらの修正、伝達作業に携わるだけで卒業してしまうものだが、中には新たな証人として伝説に加わる者もいるのかもしれない。
けれど、僕のように経験に対してただ沈黙を保ち、それを憎む者もいるのは事実だった。
17歳、という響きに秘かにも自分達が何もせずとも特別な存在であるような錯覚に酔いしれる高校2年生。
目前に控えた夏休みからもたらされる熱く甘ったるい風が吹きこんで、ジメジメと暑苦しい教室を更に一息でもつけばクラクラしてしまいそうな空気で満たしていた。
そんな空気にただ耐えるだけの僕はといえば、夏休み中に何の予定が入っているわけでもなく、無感動に段々と早まる下校時間を無為に喜んでいた。
窓際前列の席に固まるクラスメイト達は大きな声で大げさに笑って見せたり、時々大きな音で机を叩いて辺りの者をはやし立てようと必死で、それがとても楽しげに見えた。
彼らはこの夏に何か特別で、劇的な催しがあるに違いない。
逆に、僕は彼らと違って退屈に決まっている夏休みという虚無な時間を自宅という牢獄の中で自由を叫ばなければならないのが憂鬱だった。
話を聞き流しながら僕は教室の隅でため息をついた。
「今日これからどうしようか?」
君が、バス停まで続く学校前の長く終点の見えない坂を下り始めた頃、正門を潜ってから続いた沈黙を破って言う。
君は僕の手を引いて僕を見上げているが、直ぐに僕の手を引いて僕の景色は君の背中に変わる。
「帰って寝るよ」
何気なく、僕はそう言って君の手を振り払った。
この動きは自分でも驚くほどに自然なものだった。
素っ気ない僕の反応に、君は振返って立ち止まり眉を曲げた。
「折角の午前終わりなのに」
そう言って君は笑うだけで、それはとても奇妙な事だという事を僕は良く知っていた。
君とは、ずいぶん小さい頃から今まで続く縁であって何かと因縁深く、一方的に強引にそれを切りでもすれば、切れ端をガッチリと結び直してより丈夫にされてしまう程に、君という人は何かと僕の近くにいるのが当たり前だった。
だからその日、あっさりと誘いを折れた君に何か裏があるのではないかと疑いもしたが、やたらと煩い蝉の声や、容赦なく降り注ぐ光の熱さから逃れるために、僕一人だけバスに乗り込んだ。
「乗らないの?」
「ちょっと用事があるんだよ」
何だ、そういう事か。と胸中呟いて納得する。
「そう、じゃあ、またね」
「うん。ばいばい」
そう言って君は手を振って笑っていた。
君がいつもと違うのを僕は知ってはいたが、長い付き合いに甘えて僕はバスの扉が閉まるのをただ待っているだけだった。
君はその瞬間を境に僕の前から姿を消した。
定期的に更新します。