04.
翌日出勤すると、オルブライトさんは終日不在になっていた。
他部署と合同の予算会議と視察に参加するらしい。顔を合わせずに済んでちょっとほっとした。
予想外のアクシデントがあったけど、いっぱい休んで充電満タンの今、仕事をしないでどうする。私はひたすら積み上げられた書類の計算をこなしていた。
女神祭りの翌日だからか、職場内もどこかふわふわした空気が漂っていた。
カップルになった人がそれなりにいるのだろう。若い女性職員の間では、いろんな噂も飛び交っていた。
よく耳にしたのが、オルブライトさんだ。
昨日町を歩いていたらしいが、腕にリボンを結んでいなかったから誰か決まった人ができたに違いないと。
直属の部下だから、何か知っていないかと何人かに声をかけられたけど、正直いろんな意味で「ちょっとわからないですねぇ。」と答えるのが精一杯だった。
さすがは人気者。多分ランチタイムの食堂でもこの話題が花を咲かせているんだろうな。なんとなくいたたまれなくなって、お昼は外でたべることにした。
本格的に寒くなるまでは、もう少し外ランチが楽しめそうだ。お昼の休憩時間は長いから、私は王宮の敷地を出て、王都モルフィーの真ん中を流れる川沿いまで行くことにした。
河べりには柳の木が植えられて、遊歩道として整備されている。ベンチも沢山あるし、土手の広いところはピクニックエリアになっていたりして、モルフィーっ子たちの憩いの場になっている。
私は人のいないベンチに腰かけるとやっと一息つけた。
今日のお昼はポテトチップスと蒸し野菜と茹で卵。休み中は当然買い出しにも行っていないので、家にあるものを集めた結果こうなった。
まずは野菜からと、塩をかけただけの人参をもぐもぐ食べていると、背後にひとの気配がした。
「あれっ、キミ確か冒険者食堂の…。」
「スミレです。いつもありがとうございます。」
背後に立っていたのはベテラン冒険者のクラトさんだ。
歳は30代前半くらいかな。こげ茶色の癖っけを1つに結んで、いつもアンニュイな雰囲気が素敵なんだと食堂の女性客からひそかな人気を集めている。
ひょろりとしているから冒険者としての存在感は薄いけど、ふらりとダンジョンに行ったかと思うと貴重なアイテムを持って帰ってきたりする。
自分の実力を鼻にかけることもせず、いつも「運が良かっただけだよ」と笑っている。
あの笑顔、くたびれたサラリーマンみたいだなっていっつも思ってたんだよね。
「隣、座ってもいい?」
「どうぞ。」
クラトさんと食堂以外で顔を合わせるのは初めてだけど、不思議と落ち着く人だった。
今日のお昼はバゲッドサンドとフィッシュアンドチップスらしく、揚げたての白身魚のいい匂い。
「美味しそうですね。それどこのですか?」
「これ?野兎亭。」
「あそこ、持ち帰りやってるんですか?」
思わぬ情報を得て身を乗り出すと、クラトさんはニヤリと笑った。
「そ。看板出してないけどね。言うと作ってくれんの。多分あんま数出してないから、内緒ね。」
「絶対内緒にします。貴重な情報ありがとうございます。」
これは良いこと聞いた。今度のお休みに絶対絶対買いに行こう。
クラトさんは品よくサンドイッチをほおばりながら、私の荷物に視線を落とした。
「そっちもいいもん持ってるね。のりしお味なんて超レアアイテムじゃん。」
さりげなく発したその一言を、私は聞き流さなかった。
ポテトチップスは異世界でもだいぶ浸透してきた。だからこれに反応しただけで転移者だ断定できない。だが、のりしおとなれば話は別だ。これに反応するのは日本人だけ。口ぶりから察するに、隠すつもりもないのだろう。私はたまらず声をかけた。
「もしやクラトさんも異世界転移を?」
「いや、俺は16で前世を思い出したの。中目黒の古着屋で働いててさ、久しぶりに渋谷に出たら交通事故に巻き込まれて死んだの思い出してね。最初はビビったけど、若かったからすぐに慣れたよ。」
種明かしを受けて、私は心の底から納得した。見た目こそ西洋系だけど、喋り方と佇まいで分かる。こういう人、ちょっとこだわりのある古着屋にいるよね。
「そうだったんですね。私元住吉に住んでたんですよ。意外と近所!」
「まぁこっちの世界からしたら東京なんてどこも近所みたいなもんよ。」
「確かに。ところで、女神祭りって、自由が丘思い出しません?」
「あー分かる。スイーツ食べたくなっちゃうよね。若い頃彼女に連れていかれたなぁ。」
遠い目をするクラトさんは、まぎれもなく中目の古着屋の兄ちゃんだった。
「この感覚を分かってくれる人にあえて本当にうれしい…!」
「ははっ。ローカルネタじゃ同じ日本人でも通じないわな。スミレちゃん、文官補佐と仕事掛けもちしてるって聞いたけど、すごいね。」
「はい。貯金しておかないと心配で。どうせ暇してるなら働いたほうが安心できるかなって。」
こっちの住人には分かってもらえないこの不安を、クラトさんは受け止めてくれた。
「わかるなぁ。俺は転生組だから恵まれてるほうだけどさ、ひとりでこんなとこ放り込まれたら貯めるもん貯めたくなるよな。」
「そうなんです。信じられるものはお金だけなんで。」
「ははっ。結婚しないやつの台詞だ。おじさん心配になっちゃうよ。俺、こんななりだけど身元は堅いっていうかさ、実家はそれなりの貴族だから、なんか困ったことがあったら声かけてよ。助けになれることがあれば助けるし、ダメそうだったら、まあ気慰めにビール一杯くらいはおごるよ。東横ユーザーのよしみってやつで。」
「それ、頼りになるんだかならないんだかわからないですね。」
「スミレちゃんには、実際そんくらいのほうがいいだろ。」
「わかってらっしゃる…!」
「そんじゃまた、食堂でね。」
「お疲れさまでーす。」
持参したものを気持ちよく食べきると、ひらひらとやる気なく手をふって、クラトさんは帰っていった。
クラトさんと別れてしみじみ思う。楽だ…。
コミュニティにずぶずぶと入り込むのが苦手な私にとって、ゆるっとその場限りの世間話ができる間柄はありがたかった。
おかげで朝から抱えていたいたたまれなさもすっかり消えていた。
よし、午後からも頑張ろう。私はのりしお味を堪能すると職場に戻った。




