03.
休暇最終日、朝風呂に入ってのんびりブランチを取っていると、誰かがドアをノックした。
あれ、大家さんかな?家賃の支払いは来週のはずだけど。
そう思いながらおそるおそるドア越しに返事をすると、外から「スミレちゃん、無事?」という声が聞こえた。
声の主は、上司のオルブライトさんだった。
私が働く王宮外交総務室の室長で、一級書記官というエリート上司。
異世界人の私にも気さくに声をかけてくれる人懐っこい性格と、文官というより舞台役者かと思うほど整った顔だちに栗色のサラサラの髪の毛。
ヘーゼル色の切れ長の瞳で本気で見つめられたら落ちない女性はいないとか。仕事のできる遊び人で、実はとんでもなく高位貴族の跡取りらしい。
本人が嫌がるから実家の話はしないけれど、会話の端々から出る富裕層ムーブがすごい。よくお菓子をくれるんだけど、それが全部高級品なんだよね。ありがたい…。
私より4つ年上の30歳だけど、きっと家では長年仕えてる執事やメイドさんから坊ちゃまって呼ばれてるんだろうな。それで、いつまでも坊ちゃん呼びはやめてくれよ、とか言ってるのを想像すると微笑ましいのは内緒だ。
そんなすごい人がわざわざ祝日に非常勤の部下の家までくるなんて、よほどのミスがあったに違いない。ヤバい。何をやらかしたんだ私。
思いっきりすっぴんに部屋着だけど、一級書記官を外に立たせておくわけにもいかず、私はそっとドアをあけた。そこには相変わらず整った顔立ちのオルブライトさんがいた。
「大丈夫?」
突然がしっと肩を掴まれて、至近距離で顔を覗き込まれる。
これはなんの拷問だ、私服姿もまぶしい…と思いながら後ずさると、オルブライトさんは悪びれる様子もなく謝った。
「ごめん。掴みかかったりして。でも元気そうでよかった。」
やらかしたのは私じゃなくてオルブライトさんのようだ、良かった。
「あの、さっきから何をそんなに心配しているんですか?」
「スミレちゃんが規定日以で休むなんて初めてだし、昨日冒険者食堂に寄ったらそっちも休みだっていうからさ。よほど体調が悪いのかと思って。」
むしろ絶好調なんだけど、この格好では誤解を招くだろうなぁと小さくため息をついた。
「…私、先週休暇申請出しましたよね?」
「うん、だけどこんなに休みを取るなんて、慢性的によほど体調が悪かったのか、俺が知らず知らずのうちに無理させちゃったんじゃないかと思ってさ。」
色々と勝手が違う異世界。忘れられたらいやだなと思って直前に申請出したのが仇になってしまったらしい。
「ご足労いただいて大変申し訳ないのですが、この通り元気です。休みをとったのは、本当にただの休暇なので。」
「でも、その恰好は…」
「はい。だからそういう休みなんです。」
「…ん?」
ベッティに続いて、エリート貴族様にもちょっと意味の分からない休み方だったらしい。
狭くて雑然とした家にオルブライトさんをあげてお茶を出しながら、私は休暇をどう過ごしたかを説明した。
ヤマダがドワーフに誤解されてるのを笑ってる場合じゃなかった、と思いながら。
「つまり、日々の疲れを癒やすための休暇であり、女神祭りにも参加しないってこと?」
「はい。」
「体調が悪いわけでも、特定のパートナーがいるわけでもない、と?」
「ええ、ご覧の通り。」
オルブライトさんは、私の部屋を見渡して首を傾げた。
「せっかくの休暇を、一人で過ごすなんて寂しくない?」
「せっかくの休暇だから、一人でのんびりしたいんですよ。」
理解されないだろうなぁ。この後ステレオタイプな価値観押し付けてきたりするのかなと身構えたけど、意外にもオルブライトさんは納得したみたいだった。
「なるほど、そういう休みがあるとは知らなかった。やっぱすみれちゃんって異世界人なんだね。」
世の中には知らなくていいことが沢山あるんだよと、心の中で上司の肩をポンと叩いた。
「ご理解いただけましたか?」
ではお引き取りを、とドアへ案内しようとした私の手を、オルブライトさんの骨ばった大きな手が包んだ。
「スミレちゃんの考えは尊重するけど、俺は休暇は好きな子と一緒に過ごしたいんだよね。」
「そうですか。」
独身で顔がよくて身分も収入も高いオルブライトさんのことだ。どんな貴族のご令嬢も選びたい放題だろうな。
そう思っていると、椅子から立ち上がったオルブライトさんが私の前に跪いた。すっぴんで、部屋着姿の女の前に。
「うすうす気付いていると思うんだけどさ、俺がパートナーにしたいと思っているのはスミレちゃんだけなのね。」
あまりの衝撃に一瞬頭が真っ白になったけど、そこは社会人なのですぐに立て直した。
「申し訳ありません、全く気付いていませんでした。オルブライトさんのことは非常に優秀な上司としか。」
この姿と部屋を見た上で好きだとか、よほど仕事が大変か結婚のプレッシャーがすごいのだろうか。
何のしがらみもない、後腐れのなさそうな身近な異世界人に気持ちが逃げてしまうのもわからないでもない。きっと縁談も山ほどきてるんだろう。
気の毒に思っていると、オルブライトさんは私の手をとって口づけを落とした。
「なっ…!」
「その顔は、本当に気付いてなかったんだ…。いきなり来ちゃってごめんね。でも、いい機会だから明日からはちゃんと俺の気持ちを伝えていくよ。職場で会えるのを楽しみにしてるね。ああ、そうだ。化粧してない顔も可愛いね。」
ふわりと、いい匂いと爽やかな笑顔を残してオルブライトさんは帰っていった。
上司が住所も教えていないのにアポなしで家に突撃してくる。この現実にありえない状況、普通に考えたらヤベー奴だよ。
私知ってる。これはアレ『※ただしイケメンに限る』ってやつだ。
こうして、私の自堕落で最高な休暇は、衝撃の結末を残して終わったのだった。




