☆番外編☆『ふざけるな。異世界転移者、みんながみんなチートでざまぁでスローライフしてると思うなよ。』より一部抜粋
本編でスミレが愛読していた
『ふざけるな。異世界転移者、みんながみんなチートでざまぁでスローライフしてると思うなよ。』の抜粋です。
ごめんなさい、本編全く関係なく、スミレもノエルも出てきません。
作中の本を読んでみたい、という感想をちらほらいただいたので書いてみました。
楽しんでいただければ幸いです!
ランチパックが食べたい。日本じゃどこのコンビニにも当たり前に置いてあって、白くてふわっふわした正方形のパンに、色々挟まってるあれね。
俺のテッパンはツナマヨとピーナッツで、ランチじゃなくておやつに食べるもんだった。
限りなく低いハードルで確実に入手できる俺たちのランチパックが、今はどうしたって入手できない。なぜか?ここが異世界だからだ。
異世界というだけで俺たち日本人に基本的人権はない。ランチパックを選ぶ権利も、人違いだと訂正する権利もだ。
俺は小一時間ほど一度も行ったことのない飯屋のババァに説教され続けていた。
これまで未払いのツケを支払えと。誓っていうがこの店どころかこの町にも今日到着したところだ。
初めての場所で起こるトラブルっていやあ、可愛い女の子とぶつかるのが定石ってもんじゃない?
「ちゃんと前見て歩きなさいよねっ!」ってさ。そんで後日どこか改まった場所でばったり再会して、「アンタあの時のー!?」ってなるやつじゃないの?
何が悲しくてトレンディ要素ゼロどころかマイナスのいかついババァにこれまでの生き方を全否定されなきゃいけないわけ?つーか、異世界に飛ばされた人生なんか俺が一番否定したいって。
道端で俺を見るなり首根っこをつかんで飯屋に引きずり込んだババアの説教はまだ続く。ミュージックステーションの特番よりも長く続きそうだ。
さっきから狂った距離感でわめいてるから、俺の顔にはババァのつばが飛びまくっている。
マジでこの世界の衛生観念なんなん?俺は顔を拭いたいのをじっとこらえて、ひとまずババァの怒りが収まるのをただただ待ち続けた。
「いい歳こいて人違いだなんて嘘ついて逃げようなんだね、恥ずかしくないのかいランドルフ?」
ババァはため息をつくが、この黒髪の薄い塩顔がなにをどうしたらランドルフになるんだよ。
めちゃくちゃかっこいい名前なのにツケ踏み倒しとか何やってるんだよクソドルフ。
「奥様、よく見てください。私は本当にランドルフではなく、ゲン・ヤマダです。」
死ぬほど真剣にババァを見つめたけど、効果はなかった。もしかしたら視界が呪われてるのかもしれない。
「まったく、あんたが小さい頃はこんなチャラ男じゃなかったんだけどねぇ。いくら顔が良くたってまともに働いてなけりゃ意味ないんだよ。冒険者やってるなんて言うけど、あたしからいわせりゃ無責任な日雇い労働者だよ。」
なんかもうさ、異世界こんなんばっかだよ。全然人の話聞かねぇの。顔だけいいチャラ男って、それ俺の真反対だろ。アンタの目の前にいるのは、吊るしで買ったスーツを着た陰キャリーマン山田玄だよ。
俺は反論するのも疲れて、諦めの境地に入っていた。
「…わかりましたよ。払えばいいんでしょう?だけど今の俺に現金はないんで、どこか働き口を紹介してくれませんか?」
「金がないって、最初からそう言やよかったんだよ。しょうがないね。きっちり働いて返してもらうよ。」
ババァはそう言って俺にエプロンとバンダナを投げつけた。
ホールをさばけってことか。上等だよクソババァ。学生時代ブラック居酒屋でバイトリーダーまで上り詰めた俺の実力を見してやんよ。俺はネクタイを外すときっちりとエプロンをしめた。
「らっしゃいやせー。ご来店ありがとうございまーす!!」
ヤケになった俺は両手にジョッキを3つずつ持ちながら酒場カササギ亭のホールを動き回っていた。
どうやらここは女将の人格に反して人気店らしく、開店と同時にひっきりなしに客が入ってきた。
どうせならきっちり働いて、店の隅で寝泊まりさせてもらえばとりあえず宿は確保できる。収入も支出もゼロだが、異世界人の相場なんてそんなもんだと気持ちを切り替える。
こっちに飛ばされてきてから最底辺冒険者として薬草や素材の採取といったちまちました仕事しか請け負ってこなかった俺にとって、酒場での仕事は予想外に楽しかった。そういえばこんなに大きな声を出したのも久しぶりだ。
「あんた、それだけ動けるのにどうして今までその日暮らしなんてしてたんだ?」
ババァはすっかり俺のバイトリーダーっぷりに感心したようで、厨房の中から次から次へと大皿やジョッキを流してきた。俺はそれを即座に客の前に届け、厨房に戻る際には、ジョッキが空になった客におかわりとおすすめ料理を提案し、あいた皿をさっと片付け笑顔でテーブルを離れる。
「おいランドルフ、お前一体どうしたんだよ。人が変わっちまったみたいだな。」
大柄の冒険者がガハハと笑う。こいつの視界も呪われているらしい。
結局、店に来たランドルフの顔なじみで、俺が別人だということに気付いたのは遅い時間にやってきたギルド職員ただ一人だけだった。
「ランドルフ?ランドルフ…ではないですよね?」
「はぁ?マットお前何言ってんだべ。」
「いえ、確かに髪の色は同じですが、別の方ですよ。」
途端に周りの客が集まってきて俺の顔を凝視する。
「言われてみれば、確かに…。」
「ランドルフはもっと目が大きかったような。」
異変に気付いた客の一人がババァを呼び出して、俺はようやくランドルフから山田へと戻ることができた。
「いやぁ、悪かったねぇ。あたしもすっかりランドルフだと思い込んじまって。」
思い込みすぎだろう。全力で突っ込みたかったが、そこは社会人9年目のスキルで微笑んで流した。
「いえ、私ももう少し強く訂正すればよかったのですが。つい、勢いに流されてしまって。」
「勢いであれだけの仕事ができるなんてアンタただもんじゃねぇな。何やってるんだ?」
「あの、冒険者の方を少々ー」
俺は冒険者ライセンスを見せた。
「Fランク?マジか。あの察知能力と対応スキルは確かに手練れの冒険者だったぞ。」
そんなやりとりを聞いていたギルド職員がぽつりとこぼした。
「あの…人違いを訂正したいのであれば、こちらのライセンスを提示すれば良かったのでは?」
騒々しい酒場の一角が、一瞬無音になった。そして一斉に「確かに」と頷いた。
たしかにぃ~。
俺はがっくりとうなだれた。
「人違いなのにこんなに働いてくれて、本当に申し訳ない。」
ババァは俺の身の上話を聞くと急にしおらしくなった。
「ヤマダ、あんたさえよえりゃあしばらくここで働いていかないかい?なに、ちゃんと給金は出すよ。これだけ店を回してくれる給仕なんざそうはいないよ。行くあてがないなら、うちにくるといい。独り立ちした息子が使っていた部屋が空いてるよ。」
「よろしいんですか?では3ケ月だけ、ぜひお願いしたいです。」
「決まりだね。そうだ。ヤマダ、あんた朝から何も食べていないんだろう?客足も落ち着いてきたし、うちの自慢の料理を食べてきな。詫びの代わりだ、なんでも好きなものを頼むといい。」
ババァの提案に、俺よりも周りの客のほうが盛り上がった。
それぞれおすすめメニューを教えてくれて、店が一つになった瞬間だった。
色々あるけどさ、あったかい料理と気のいい奴ら。異世界も捨てたもんじゃないな。俺はババァの好意に甘えて肉の煮込みとインゲン豆のソテー、白身魚のフライを頼んだ。
湯気を立ててテーブルに運ばれてきたカササギ亭自慢の料理は、どれも絶妙に…そう、驚くほど絶妙に、まずかった。
なんでこの味で人気店なのかマジで意味が分からない。それでも俺は悲しき社畜。本音と建て前を使いこなし、美味しいですといいながら完食した。
翌日から正式に店に入ると、新入りなのでとゴリ推しして、まかないはすべて俺が作った。
そのまかないたちが看板メニューになるまでそう時間はかからず、店はますます繁盛した。
ツケを払い倒したランドルフの行方は最後まで分からなかった。大方、仕事を求めて王都でくすぶっているんだろうと言うのが常連たちの予想だが、案外冒険者としてそれなりに活躍しているのかもしれない。知らんけど。
今日もカササギ亭は満席だ。最近じゃ新たに給仕を雇い、俺はバイトリーダーとして後進の育成にあたっている。満足げな客や、活き活きと働く新入りたちの顔を見ながら俺はしみじみと思う。
あぁ、マジでランチパック食べたい。




