01
「スミレ、3番テーブルにこれね。」
ごとり、と大きな皿がカウンターに乗せられて、私はそれを手際よく運ぶ。
ここは冒険者ギルド併設の食堂。
もとはギルド職員のための食堂だったのを一般にも開放しているらしいのだけど、場所がら冒険者食堂と呼ばれている。メインターゲットももちろん荒くれ者で屈強な男たち。
テーブルの間を縫うようにして湯気のあがっている大皿を運ぶのはなかなかの重労働だ。
「はいっ!お待たせしました一角水牛のスペアリブです。片手で食べられるように切り分けてありますので。」
常連のゼノさんは先日の魔獣討伐で右手を噛まれて手に痺れが残ってしまったらしい。
ポーションも毒には効かないみたいで、しばらくナイフとフォークを使うのは大変そうだからと、一口大にカットしてもらった。
「スミレちゃん、そんな優しいことしてくれるなんて。結婚して。」
「しません。優しいとかじゃなく仕事なんで。伝票ここにいておきますね。」
2メートルはあろうかという大男のゼノさんは、30歳を過ぎているはずなのに子どものようにがっくりとうなだれた。
この世界では日本以上に筋肉が男前の条件に入るし、冒険者として活躍しているならかなりモテるだろう。
なにも食堂の地味な女にお世辞を言わなくてもいいのに。そんな私の気持ちを察したのか、連れのトマさんが憐れみの目でゼノさんの肩を叩いた。
「あきらめろゼノ。異世界人なら他にもいるって。」
「ううっ、嫌だ。俺は異世界人だからじゃなくて、スミレちゃんがいいのに。」
「伝票ここに置いておきますね。」
私はそれ以上取り合わずカウンターへ戻った。
こういう輩を相手にしてたらキリがないし、ピークタイムの食堂は一分一秒を争う戦場だ。私は大皿を両手に、各テーブルを渡り歩く。
忙しければ忙しいほど「生きてる!」って実感できる。私の好きな時間だ。
「おつかれさま~。」
ランチタイムの営業を終えた食堂で、私は同僚のベッティと遅い昼食をとりはじめた。
今日のまかないは残り野菜で作ったスープとパン。ラビオリの上にホワイトソースとチーズ、それに卵を乗せてオーブンで焼いたカロリー的に罪深い逸品だ。
半熟の卵をくずしながら絡めて食べるのが最高に美味しいんだよね。
週に2日ランチタイムから閉店まで、ここで働く理由の半分と言ってもいいくらい、料理長の作ってくれるまかないは美味しい。
収入源のメインである王宮文官補佐の仕事では、いつもパンにとにかく家にある残り物をはさむだけという残念弁当を持参しているので、週に2回のこのまかないは貴重な生命線になっている。
「そういや今日もゼノさんに口説かれてたね。こないだはBランクのカーゴさんに声かけられてたじゃん。最近ここらじゃ有名だよ。」
完全に野次馬目線なのだろう。ベッティは楽しそうだ。
「異世界人っていうだけで、珍しがられてるだけだよ。じゃなかったら私みたいなのに声かけないって。」
「そうでもないと思うけどなぁ。」
「あーあ。百年前だったら私も聖女様だったのになぁ。」
「それ、転移者みんな一度は言うよね。」
ベッティはラビオリをほおばりながらあきれ顔だ。
「だってさぁ、異世界から来た人間の扱いが今と昔じゃ違いすぎない?」
「しょうがないじゃん。増えちゃったんだもん。」
そう、この国で異世界人は『なんか遠くの国から来た珍しい外国人』くらいの扱いだ。
でも、働きやすさでいえばこちらのほうがいいんだろうなと思う。チートも無双も特別な力もないけど、残業も終電もSNSもない。
ということで、ディナータイムも頑張ろうと気持ちを切り替える。
「ごちそうさまでした!これ洗っとくからベッティはカトラリーのセットよろしく。」
「了解っ!」
私は2人分の食器を手早く洗うと、エプロンのリボンをぎゅっとしめ直した。
百年前、この地に初めて異世界転移してきた女性は、聖女として特別な力で国を護ったらしい。
それが、ぽつぽつと転移者が増え、現地の人と結婚して子孫が増えたりした結果。
今や異世界転移者は特別の力もない、ただの人だ。
ある日突然トラックに跳ねられたり心臓発作を起こしたりしてこっちに飛ばされてきただけの人たち。なぜか全員日本人。
そういうのが、例えていうなら各小学校に1人はいる感じ、かな。
国のあちこちに日本人コミュニティが出来て、異世界もだいぶ暮らしやすくなっているらしい。
私も最初は先住転移者の人たちに声をかけてもらったけれど、コミュニティ独特の空気が苦手で遠ざかってしまった。
中二病だったり、狭いコミュニティでセクハラ・匂わせ・マウント・恋愛のいざこざとかさ、色々あるんだわ。
一番苦手なのは、異世界にきたことでキラキラし始めた人。
いろんなアイディアを出して日本人でも暮らしやすくしようとしてくれることには本当に感謝するけど
やる気に満ち溢れすぎてて私にはちょっと圧が強かった。
「せっかく異世界にきたのに、どうしてこのチャンスを活かさないの?」
って言われたけど、ここから先はおまけの人生だと割り切って生きることにしたんだもん。
『この世界で私にしかできないこと、俺が呼ばれた意味』なんてさ、誰もが見つけられるわけじゃない。
異世界だろうが、毎日淡々と働いて暮らしていくだけ。それってそんなにダメなことなのかな。
キラキラした人達は、恋人ややりがいを見つけられない私みたいな人間は可哀そうだと口をそろえて憐れんでくる。突然そんな風に意識高くなっちゃう人たちも嫌だし、異世界転移って事故にあっただけじゃん?って冷めた目で見てしまう自分も嫌。
とにかく私は、転移者コミュニティの誰にも頼らず自分で仕事を見つけて、現地の人に混じって日々つつがなく生きている。




