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魔法少女は異世界を救済(蹂躙)する  作者: EDA
エピローグ

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20/20

蒼穹の面影

「あーもー、かったるいなー」


 そんな不平をこぼしたのは、石段の上であぐらをかいたモンスター使いのラダであった。

 ちょうどそのかたわらを通りすぎようとしていたリューリは、きょとんと小首を傾げる。


「ラ、ラダさん、どうしたんですか?」


「どーしたもこーしたも、あたしらはいつまでこんな場所でうだうだしてなきゃいけないのさ?」


 そこは公国バルツァードの公都、かつて第二公女が幽閉されていた塔の足もとであった。

 そのすぐ眼前に建てられていた獄舎は崩落してしまったため、すでに撤去されている。現在は、その場所から宮殿の前庭にまで広がる地盤沈下の補修作業に取り組んでいるさなかであった。


 働いているのは、おもに百名の魔女たちである。もっとも役に立っているのは大地の魔法を使える者で、次点は風の魔法を使える者、あとはのきなみ自前の肉体で奉仕していた。


 そんな魔女たちは相変わらず黒ずくめの姿であるが、少々趣が変化している。黒いフードつきマントではなく、黒い修道女の姿であるのだ。魔女の一団は新たな大公エリシュカの直轄である特別魔法部隊という身分を授かっていたが、帝都の目を眩ますために表向きは修道女ということにされていた。


「で、でも、地面をこのままにしていたら、いつ崩れるかもわかりませんし……他には、やることもないのですから……」


「あたしらの目的は、帝国をぶっ潰すことでしょ? だったらとっとと他の公国に手を回して、帝都に攻め入ればいいんだよ」


「そ、それに関しても、エリシュカ様があれこれ頑張っているさなかですし……」


 リューリがあわあわしていると、黒いウィンプルをかぶった頭を背後からぽんと叩かれる。リューリが振り返ると、そこには同じ格好をしたミルヴァと、新大公エリシュカ、その妹ヨハナ、そして老騎士のマロシュが並んでいた。


「あんたたちは、何をのんびりしてるのさぁ? まだ休憩の時間には早いだろ?」


 ミルヴァが皮肉っぽい笑みを浮かべると、ラダは「へん」と口もとをねじ曲げた。


「ミルヴァはいいよねー。ひとりで大公の側近づらしちゃってさー。あーあ、魔女の頭目もけっきょく権力には逆らえなかったかー」


「あたしの考えに、変わりはないよ。帝国をぶっ潰すためだったら、大公だろうが何だろうが利用するだけさぁ」


 ミルヴァの豪気な物言いに、エリシュカは気分を害した様子もなくゆったりと笑う。ヨハナはびっくりまなこ、マロシュはしかめっ面だ。リューリにとっては、それももはや見慣れた光景になっていた。


「ミルヴァは、頭が切れるのでな。かなうことなら、宰相に任命したいぐらいだ」


 エリシュカが鷹揚に声をあげると、ミルヴァは恐れ入った様子もなく「はん」と鼻を鳴らした。


「馬鹿なことを言ってるんじゃないよ。素性も知れない女なんざを宰相にしたら、ますます帝都の連中に目をつけられちまうだろうさぁ」


「うむ。今は、雌伏の時期であるからな」


 エリシュカは穏やかな表情のまま凛々しい眼差しとなり、ラダの仏頂面を見据えた。


「いざ蜂起の際には、其方たちの力こそが何よりの武器となろう。どうかその日まで、しかと力を蓄えてもらいたい」


「ふん。そんな日が、本当に来るんだかね。あんた、このままあたしたちを飼い殺しにしようって考えなんじゃないの?」


「おい。大公殿下に何という口のききかたを――」


 マロシュが眉を吊り上げると、エリシュカが「よい」とたしなめた。


「帝都を落とすには、決して短からぬ歳月がかかろう。しかし我々は、着実に前進している。……ついさきほど、公国マサラガの特使と会談する日が決定されたのだ」


「マサラガ? 五大公国の中でも、最弱の小国じゃん。あんなやつらが、役に立つの?」


「弱小であろうと、国は国だ。すべての五大公国が手を携えない限り、帝都を落とすことはできなかろう。焦りは禁物だぞ、ラダよ」


 ラダはぎょっとした様子で、ジト目をぱちくりとさせた。


「……あんたがどうして、あたしなんかの名前を知ってるのさ?」


「特別魔法部隊員の名は、すべて記憶している。何も驚くような話ではあるまい」


 エリシュカの沈着なる返答に、ラダは「ちぇっ」と頭をかく。

 すると、修道女たちの働く場を見回していたヨハナが感じ入った様子で息をついた。


「もう何日もかからずに、元の美しい姿を取り戻せそうですわね。……本当に大変なのは、これからなのでしょうけれど」


「うむ。何せ、大公と公子たちをまとめて投獄してしまったのだからな。それ以外にも、数十名に及ぶ貴族を粛清してしまったし……国政を立て直すだけで、数ヶ月がかりであろう」


 そんな風に答えてから、エリシュカは凛然と微笑んだ。


「だが、怠惰に過ごしていた貴族どもを一掃することで、領民に豊かな暮らしを与えることがかなった。国の基盤は領民が支えているのだから、まずはここからだ。何も案ずることはない」


 ヨハナはうっとりと目を細めながら、「はい」とうなずく。

 すると、マロシュが恐縮しながら声をあげた。


「ですが、大公殿下……どうして私はこのようにして、殿下のおそばにあることを許されているのでしょう? 私こそ、真っ先に粛清されるべき立場でありますのに……」


「其方もまた、孫娘を人質に取られて大公の命令に従っていたにすぎん。であれば、かつての私と同様ではないか。そんな其方を罪に問う資格など、私にはない」


「ですが殿下は、ご自分のお力で運命を覆されました。何も成していない私が、のうのうと過ごすというのは……」


「私の力ではない。皆の助けがあってのことだ」


 そんな風に応じながら、エリシュカはリューリのほうに視線を移す。

 リューリは自分の胸もとにきゅっと手を押し当てながら、懸命に笑顔を返した。リューリとエリシュカはとある人物に心を浄化されたからこそ、新たな運命に足を踏み出すことがかなったのである。


(正義と秩序の魔法少女……あなたは本当に、この地を救ってくださいました)


 リューリは涙がこぼれないように、燦々と太陽が輝く頭上を見上げる。

 そこに、武官のお仕着せを纏った若者が駆けつけてきた。


「殿下! 公国アルデより、緊急の使者が到着いたしました!」


「公国アルデから? いったい何事であろうか?」


「は……それは、場所をあらためるべきかと……」


「よい。この場で、耳をはばかる必要はない」


「し、失礼いたしました。公国アルデより届けられたのは、救援要請にてございます」


 その言葉に、エリシュカばかりでなくマロシュやラダも眉をひそめた。


「あの武勇で知られる公国アルデから救援要請とは、只事ではあるまいな」


「はい。どうやら公国アルデは、亜人族の急襲を受けたようです。すでに辺境の領地は陥落し、公都にまで迫る勢いであるとか……」


「亜人族? 公国アルデを脅かすほどの軍勢は、如何なる亜人族にも存在すまい」


「それがどうやら、複数の亜人族が結集したようです。エルフやドワーフや獣人族のみならず、ゴブリンやオークまで集まっているらしく……」


「馬鹿な!」と、マロシュが声を張り上げた。


「エルフとドワーフが結託するだけでもありえんというのに、その上、ゴブリンにオークだと? いったい何がどうなったら、エルフとゴブリンが手を携えるというのだ?」


「そ、それは小官にもわかりかねるのですが……どうやら水色の髪をした異国の魔法士というものが、亜人連合軍の指揮を取っているようで――」


 その言葉に、リューリは愕然と立ちすくむ。

 そしてエリシュカは、「ありえんな」と言い捨てた。


「そのようなことが、ありえるわけはない。公国アルデの者たちは、事実を見誤っているのであろう」


「で、ですが使者は、確かにそのように――」


「それでも、ありえんのだ。あの御仁が、軍勢の指揮などを執るわけはないからな」


 そう言って、エリシュカは何か眩しいものでも見るように目を細める。

 すると、ミルヴァが「ははん」と鼻を鳴らした。


「どうせまた、わけのわからない御託を並べて首を突っ込んだんだろうさぁ」


「それにしても、今度は亜人族かー。ま、あいつらしいと言えばあいつらしいけどねー」


 ラダはぴょんっと身を起こすと、その勢いでリューリの肩を小突いた。


「ね? あいつがそう簡単にくたばるわけはないって言ったでしょ?」


「はい」とうなずいたリューリの目から、ひと粒の涙がこぼれ落ちる。

 そしてエリシュカは、毅然と声をあげた。


「では、特別魔法部隊は総員、出陣の準備を。指揮は、私が執る」


「た、大公殿下がおん自ら指揮を執られるのですか?」


「うむ。こればかりは、余人に任せるわけにはいかんからな」


 そのように語りながら、エリシュカは戦いの女神のように勇ましく笑った。


「ことと次第によっては、公国アルデの栄華もここまでとなろう。我々は、それを見届けなければならん」


「えっ! まさか、亜人族と手を結ぶのですか?」


「亜人族に、正義があるのならばな。我々は、正義のために戦うのだ」


 この世に、絶対の正義などは存在しない。

 しかし、正義を具現化したような人間は存在する。その存在を追い求めれば、絶対的な正義に近づくことはできる――少なくとも、リューリとエリシュカはそのように信じていた。


(わたしたちは、あなたを見習います。待っていてくださいね、ステラさん)


 リューリは胸を詰まらせながら、再び頭上を仰ぎ見る。

 そこには、魔法少女の髪や瞳のように澄みわたったスカイブルーの空がどこまでも広がっていた。

2026.1/10

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

当作は、これにて第1部完結となります。第2部に着手した際には、またよろしくお願いいたします。

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