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魔法少女は異世界を救済(蹂躙)する  作者: EDA
第4話 公都の騒乱

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03 錯綜

「よし! ならば、金貨二十枚に公国マサラガから買いつけた銀の短剣も献上いたしましょう!」


 貴族のひとりが蛮声を張り上げると、周囲の貴族は落胆のうめき声とひやかすような歓声を合唱させた。

 ついに、エリシュカの値段が決められたのだ。エリシュカは仮面のように表情を殺しながら、色欲に歪んだ貴族の顔をにらみ据えた。


「金貨二十枚か。……それで貧しき民たちがどれだけ救われるか、あなたは想像したことがあるのか?」


「ふふふ。それでもあなたを一夜の伴侶として迎えられるのならば安いものですぞ、公女殿下」


 エリシュカの身柄を落札した貴族は、なめ回すような視線を向けてくる。

 最奥の座席に陣取った大公は、悦に入った様子で聞き苦しい笑い声を響かせた。


「金貨二十枚に銀の短剣か。貴様もようやく大公家に貢献できたな、エリシュカよ。その金貨で買いつけた花を、貴様の不義なる両親の墓前に供えてやろう」


 大公の両隣では、第一公子と第二公子もへらへらと笑っている。

 赤黒いフードつきマントを纏った老騎士マロシュは、死人のような無表情だ。その虚ろなる瞳には、何の感情も宿されていなかった。


「それでは其方には、思うさまこの一夜を楽しんでもらいたく思うが……しかし、どうであろうな? この場に集まった面々にも、多少ながら其方の幸福を分け与えてみては如何であろうかな?」


 大公にそんな言葉を投げかけられた貴族は、恐れ入った様子で「と、仰いますと……?」と反問した。


「余興だ、余興。マサラガの踊り子さながらに、舞でも披露してもらおうではないか」


 愉悦の中に深甚なる憎悪の念をちらつかせながら、大公は舌なめずりをする。

 エリシュカは懸命に怒気を抑えつつ、そちらをにらみ返した。


「あなたの品性はそこまで地に落ちてしまったのだな、大公よ。あなたが君主としてのさばる限り、公国バルツァードに未来はあるまい」


「ひひひ。もはや貴様には、そのような悪態をつくだけが精一杯であろう。自慢の魔法が使えなければ、貴様など色香しか取り柄のない小娘よ」


 浅ましい顔で笑いながら、大公は解呪の首飾りをまさぐる。この場において魔法を行使できるのは、その首飾りをさげた大公家の三名のみであるのだ。


「それでは、諸卿の目を楽しませてもらおうか。例の品を、くれてやれ」


 エリシュカの背後に立ち並んでいた武官のひとりが立派な衣装箱を持ち上げて、その中身を足もとにぶちまけた。

 金の鎖で編まれた胸あてと、絢爛な刺繍が施された腰巻、玉虫色に輝くヴェール、そして数々の装飾品――それは、淫猥な舞を踊る踊り子の装束であった。


「さあ、とっとと召し替えるがいい。せいぜい、皆々を楽しませるようにな。……其方たちも、手伝ってやれ」


 大公がたるんだ顎をしゃくると、同じ武官が長剣を引き抜いて、エリシュカに突きつけてきた。

 その顔もまた、色欲に歪んでいる。大公に手厚く遇されている人間は、のきなみ悪徳の気質が伝染してしまっているのだ。


 エリシュカは、無言で長剣の切っ先を見据える。

 そのとき――宮殿が大きく揺れ動いた。


「な、なんだ? 地震か?」


 貴族たちは、仰天した様子で腰を浮かせる。

 二名の武官も、うろんげに周囲を見回した。


 その間隙を突いて、エリシュカはこちらに剣を向けた武官の手首を取り、長剣をもぎ取った。

 もう片方の武官が慌てて剣を抜こうとしたので、そちらに容赦なく剣を振りおろす。さらに返す刀で徒手の武官をも斬り伏せると、並み居る貴族たちが幼子のような悲鳴を響かせた。


 長剣の血を振り払いながら、エリシュカは大公の座席に向きなおる。

 それと同時に、足もとから炎の柱がたちのぼった。


 むやみに膨らんだ宴衣装の裾に引火してしまったため、エリシュカは即座に長剣を突き立てて、引火した部分を引き千切りながら横合いに跳びすさった。


 宴衣装が大きく裂けて、エリシュカの右足が剥き出しになる。

 それにもかまわずエリシュカが中腰で剣をかまえなおすと、大公の下卑た笑い声が響きわたった。


「つくづく、浅はかな娘よの。剣一本で、魔法の力にあらがえるとでも思うておるのか?」


 大公はにたにたと笑いながら、右の手の平を顔の脇にかざしている。その手の平に、真紅の炎の玉が浮かんでいた。

 純白の宴衣装に返り血を散らした凄愴なる姿で、エリシュカは「ふん」と鼻を鳴らす。


「魔法とて、しょせんは武器にすぎん。すべては、扱う人間の器量次第であろうよ」


「ほざけ!」と、大公は右腕を振り下ろす。

 その手を離れた炎の玉が、エリシュカに肉迫した。


 エリシュカは絨毯が敷きつめられた床を蹴り、横合いへと逃げる。

 そうして大公のもとに向かおうとすると、今度は第一公子の放った風の魔法が襲いかかってきた。


 エリシュカが身を屈めると、颶風の槍は頭上を通りすぎていく。

 エリシュカの豪奢な金髪を勢いよくなびかせたのち、颶風の槍は背後の壁に掛けられていたタペストリーをずたずたに引き裂いた。


「まるでそよ風だな。まったく修練が足りていないようだぞ、第一公子よ」


「やかましい、魔女め! 貴様など、何の苦労もなく魔法の力を授かった身ではないか!」


「そ、そうだ! いつも僕たちを見下しやがって!」


 気弱な第二公子までもが、怒りの形相で腕を振り上げる。

 そちらから繰り出された雷撃を回避するために、エリシュカは床を転がることになった。


 このていどの魔法であれば、大公家の人間は呪文の詠唱もなしに発動させることができるのだ。

 しかしそれも、数々の供物を捧げた洗礼の儀式の結果に過ぎない。彼らは持って生まれた身分と富によって、魔法の力を授かったのだった。


(なんとか接近して、解呪の首飾りを奪うのだ。さすれば、残りの連中はどうとでもできる)


 絨毯の上で膝立ちになったエリシュカは、決死の面持ちで大公家の三名をにらみあげる。


 その瞬間――何か重々しい轟音とともに、突風が吹き抜けた。

 貴族たちの悲鳴を聞きながら、エリシュカは乱れる髪をおさえて頭上を仰ぎ見る。

 その端麗な顔が、驚愕に凍りついた。


「これは……!」


 宮殿の天井が消滅して、黄昏刻の空が覗いている。

 そして、そこに浮かびあがるのは――漆黒の巨大な影であった。


 途方もなく巨大な怪物の影が、円形に切り取られた天井の向こう側から大広間を覗き込んでいるのだ。

 それは影が実体を得たような漆黒の姿であり、ただ目の部分にはこの世を呪う真紅の炎が爛々と燃えさかっていた。


                  ◇


 百名からの魔女の一団は、魔物と衛兵が繰り広げる乱戦の場に飛び込んだ。

 全員が地面に降りた時点で、黒馬と馬車とミルヴァの頭上に輝いていた魔法陣の輪は消失している。もはや彼女たちは、自力で生き延びるしかなかった。


 当面の敵は、三体のグール・ロードと無数のグールだ。

 ミルヴァは口の中で呪文を詠唱しながら、グール・ロードの眼前に躍り出た。


「風の精霊よ、我にひとしずくの恩恵を……猛き翼を牙と化し、敵を喰らえ!」


 ミルヴァが風の魔法を繰り出すと、颶風の槍がグール・ロードの腹に風穴をあけた。

 しかし、腐った肉片や骨が四散するだけで、あいた穴はすぐにふさがってしまう。その不気味な光景に、ミルヴァは「ふん」と不敵に笑った。


「こいつは地道に削っていくしかないねぇ。取り囲んで、波状攻撃を仕掛けるんだよぉ」


「わかってるけど、こいつらが邪魔なんだよ! もー、魔法が使えないやつは引っ込んでろってば!」


 ラダの言う通り、魔法を使えない衛兵たちは邪魔にしかなっていなかった。長剣や槍による攻撃など、グール・ロードには何の効果もないのだ。ミルヴァは他の魔女に最前線を譲りながら、声を張り上げた。


「魔法を使えないやつは、女子供の避難でも手伝ってやりなぁ! それだって、立派な仕事だろうよ!」


「お、お前たちこそ、何なのだ? その姿は、まるで魔女のようではないか!」


 衛兵のひとりが惑乱した声を返すと、ミルヴァはにんまり微笑んだ。


「あたしらは第一公女様の指揮で動く、特別魔法部隊だよぉ。そうじゃなきゃ、宮殿の鼻先まで踏み入ることを許されるわけがないだろう?」


「エ、エリシュカ公女殿下の? しかし、そんな話は聞いた覚えが……」


「公女様もこの騒ぎに気づいたら、顔を見せるだろうさぁ。あんたたちは、せいぜい職務を全うしなぁ」


 衛兵を適当にやりこめてから、ミルヴァはラダのほうに向きなおった。


「ラダ、あんたもね。もう出し惜しみはしてられないよぉ」


「ちぇっ。あいつを呼んだら、明日まで寝込むことになるんだからね!」


 ラダはむくれた顔で指先を組み、呪文を詠唱し始めた。

 その頭上に巨大な魔法陣が浮かびあがり、赤く明滅する。半眼になったラダの目が虚ろになり、変性意識トランス状態に陥った。


 そのタイミングで、グール・ロードの一体が風の魔法を発動させる。

 数多くの魔女と兵士が薙ぎ倒されて、ラダの眼前がぽっかりと無人になった。

 その道を通って、グール・ロードがずるずると前進する。グール・ロードが通った道には、なめくじが這った後のように腐汁が石畳にしみを作った。


 ミルヴァは「ちっ」と舌打ちをしてから呪文を詠唱して、颶風の刃をグール・ロードに叩きつける。

 それで頭部に該当する部位が寸断されて撥ね飛ばされたが、グール・ロードは痛痒を覚えた様子もなくラダに肉迫した。


 すると――リューリが決死の表情で、グール・ロードの眼前に立ちはだかった。

 リューリはかちかちと奥歯を鳴らしながら、両腕を広げてラダを守ろうとする。

 グール・ロードは全身に浮いた顔から怨嗟のうめき声をあげながら、丸太のような腕を振りかぶった。


 次の瞬間、グール・ロードの巨体が炎に包まれる。

 グール・ロードはいっそうおぞましい絶叫をあげながら、苦悶にのたうち回った。


「……魔法の操作もできないくせに、無茶するんじゃないよ」


 正気を取り戻したラダが、不機嫌そうな声で言い捨てる。

 それと同時に、頭上の魔法陣から巨大なモンスターが生まれ出た。鷲の上半身と獅子の下半身を持つモンスター、グリフォンである。


 グリフォンは勇壮なる雄叫びとともに巨大な翼で羽ばたき、悶え苦しむグール・ロードの巨体を獅子の足で蹴り飛ばした。

 地面に倒れたグール・ロードは、なおも豪炎に包まれたままびくびくと痙攣する。そこに、さらなる炎撃や雷撃が周囲から叩き込まれた。


 残る二体も魔女と魔法士の波状攻撃によって、じわじわと弱っている様子である。

 無数のグールは動きが鈍いため、魔法を使えない兵士たちや魔犬パーゲストの働きで一体ずつ片付けられていく。

 それらのさまを見回してから、ミルヴァは「ふふん」と鼻を鳴らした。


「この調子なら、問題なく始末できそうだねぇ。あとは、あいつら次第か」


「ほんとだよ。これであいつらが、しくじってたら――」


 ラダの言葉が、重々しい轟音によってかき消された。

 多くの人間が頭上を振り仰ぎ、愕然とした。遥かなる天空に、ありうべからざる光景が現出していたのだ。


 太陽は没したため、空は深い藍色に染まりつつある。

 そこに屹立した塔の天辺に、巨大な怪物が出現していた。

 グール・ロードよりもさらに巨大な、漆黒の影――それは昨日、エリシュカが生み出した『破戒物ブレイカー』なる怪物と同じ不気味さと威圧感を有していた。


               ◇


 崩落した鍾乳洞から脱出したステラは光の魔法で姿を隠しながら、エリシュカの妹が捕らわれている塔に向かって飛翔した。


 全長百メートルはあろうかという、石造りの塔である。

 しかし、飛行能力を持つステラは何の苦もなく、最上階まで到達することができた。


「とうちゃーく! さてさて、どうやってお邪魔しようかなー?」


 魔法のホウキに横座りになったステラは、手近な窓を覗き込んだ。

 窓は大きく切られているが、頑丈そうな鉄格子が嵌め込まれている。

 テスラはそばに人影がないことを確認してから、「テュール・コン・フオーコ!」と呪文を唱えた。


 すると、躍動感にあふれかえったオーケストラの演奏とともに空間に赤い亀裂が生じて、そこから真紅の音符が噴出する。

 真紅の音符は炎の隻腕と化して、鉄格子に巨大な手の平をあてがった。

 やがて待つほどもなく、鉄格子は飴細工のように融解した。


「これでよしっと! ではでは、お邪魔しまーす!」


 ステラは魔法のホウキの上で縮こまり、薄暗い塔の内部へと侵入した。

 そこは質素な居間のような空間であり、木のテーブルにティーセットが配置されている。リューリの家と大差のない、実にうらぶれた様子であった。


「妹さんだってお姫さまなのに、こんなところに閉じ込められてるのかー。これじゃあエリシュカさんが心配するのも当然だよー」


「まあ、身分の高い人間は、優遇と冷遇の差が極端なんだろうね。こんな封建社会では、なおさらにさ」


「よくないねー! きっとエリシュカさんなら、もっと素敵な国にできるはずだよ!」


 魔法のホウキから降りたステラは、それを片手に抱えながら部屋の出口を目指した。

 木造りのドアを開くと、石造りの回廊が左右にのびている。そして、壁にいくつかのドアが設置されていた。


 ステラは片方の耳に手の平をあてがって、魔法少女の知覚能力を発揮する。

 すると、ドアのひとつの向こう側から、(ねえさま……)という弱々しい声が聞こえてきた。


「妹さんも、エリシュカさんを心配してるみたいだねー。早く安心させてあげないと!」


「果たして安心していいのか、なんとも判断はつかないけどね」


「エリシュカさんなら、きっと大丈夫だってば! ジェジェは、心配性だなー!」


 ステラは光学迷彩の役割を果たしていた光の球体を消し去ったのち、意気揚々とドアをノックした。


「こんばんはー! 魔法少女のステラと申しまーす! エリシュカさんからのお頼みで、助けに参りましたー!」


 しかし、反応はない。

 ステラは小首を傾げつつ、そっとドアを押し開けた。


「お邪魔しまーす。あのー、エリシュカさんの妹さんですよねー?」


 そこは狭苦しい寝所であり、粗末な寝台の上にひとりの少女の姿があった。

 とうてい公女とは思えないような粗末な夜着を纏っており、格子の嵌まった窓に取りすがっている。ステラの位置からは、エリシュカよりもくすんでいる金髪とほっそりとした背中しか見えなかった。


「あのー、もしもし?」


 ステラは忍び足で近づいて、横から少女の顔を覗き込んだ。

 少女は華奢な指先で鉄格子を握りしめ、はらはらと涙をこぼしている。その茶色と緑色が入り混じったヘーゼル・アイには、どうしようもないほどの悲哀の感情が渦巻いていた。


「ひがしずんじゃった……ねえさまは、これからひどいめにあわされるんだ……」


「エリシュカさんは、きっと大丈夫ですよー。二番目のお兄さんと一緒に、あれこれ計画を立てたみたいですからねー」


 ステラがそんな声をかけると、少女はがっくりとうつむいた。


「にいさまも、ねえさまをうらぎった……だれもとうさまにはさからえないんだ……」


「あのー、だいぶマズい雰囲気ですよー? きっとエリシュカさんは何とかしてくれますから、希望を持って生きましょうねー?」


「きぼうなんて、ない……」


 少女の瞳が、漆黒に染まった。

 ステラは「あちゃー」と後ずさる。


「まいったなー。これって、わたしのせい?」


「しかたないよ。魔法少女が発散する宇宙線の波動は、『破戒ブレイク』を促進するものだからね。手っ取り早く世界を浄化するための、基本仕様さ」


「うーん。まあ、遠い場所で『破戒ブレイク』されるよりはいいけどさ!」


 ステラは『破戒ブレイク』の衝撃に巻き込まれないように、魔法のホウキに乗って居間へと飛び去った。

 そうしてステラが焼け崩れた窓から飛び立つと同時に、第二公女たる少女ヨハナは『破戒ブレイク』し――塔の天井を突き破って、漆黒の巨人を生みだしたのだった。

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