04 公都
「間もなく、公都に到着する」
エリシュカがそのように告げたのは、魔女の森を出立してから丸一日が経過した昼下がりのことであった。
船倉の片隅で、ステラとエリシュカは向かい合っている。エリシュカの顔は公都が近づくにつれてどんどん厳しく引き締まっていったが、ステラののほほんとした顔に変わりはなかった。
「公都に到着したならば、まずは公宮たる白翼宮におもむいて戦果の報告をする。その際に、捕虜として捕らえたステラ殿を大公に引きあわせることになるわけだが……くれぐれも、用心を願いたい」
「わたしのことは、心配いらないよー! 何があったって、切り抜けてみせるから!」
「うむ。しかし、白翼宮には魔法の行使を禁ずる禁呪の結界が張られているのだ。ステラ殿であれば、本当に禁呪の結界を無効化できるのであろうか?」
エリシュカの質問に「うん」と応じたのは、ステラの肩にちょこんと乗ったジェジェであった。
「君たちとステラでは、魔力の桁が違っているからね。ステラが魔法を使おうとしたら、どんな結界でも木っ端微塵になるはずだよ」
「そうか。では、身の危険を覚えた際には、なんとか魔法の力で逃げのびていただきたい」
「うん! でもでも、そうしたらエリシュカさんの作戦も台無しになっちゃうんじゃないの?」
「大事ない。何が起きようともその場は取り繕って、当初の計画を完遂させてみせよう。もとより、ステラ殿のお力を借りるというのは想定外の僥倖であるのだからな」
「うーん。それじゃあわたしが逃げることになったら、帰りがけに妹さんを助けておこうか?」
ステラの気安い提案に、エリシュカは厳しい面持ちで「否」と応じた。
「ことを起こす前に妹を救出してしまっては、その後の計画の完遂が難しくなってしまおう。逃げる際には、ご自分の安全のみを優先していただきたい」
「うん、そっか。じゃ、そんな事態にならないように、なんとかその場を丸く収めないとね」
ステラがにっこり笑うと、エリシュカも力強い表情で「うむ」と首肯した。
「面通しの場を無事にやりすごせたならば、ステラ殿の身柄はいずれかの別室に移送されるはずだ。そちらで日没を待ったのち、妹の救出をお願いしたい」
「りょーかい! でもでも、牢屋とかじゃなくて別室なの?」
「獄舎というものも存在するが、そちらには禁呪の結界が施されていないのだ。用心深い大公たちであれば、まず間違いなくステラ殿を宮殿内に留めるであろう」
「ふうん。普通は牢獄のほうこそ結界が必要であるように思うのだけれど、魔法を扱える人間が収監されることはそうそうないのかな?」
そんな質問をぶつけるのは、ジェジェの役割である。
エリシュカはどこか無念の気配を漂わせつつ、「うむ」と応じた。
「公都において魔法を行使できるのは、貴族と厳選された魔法士のみとなる。そういった者たちが罪を犯した際には、白翼宮に留められた上で処断されるのだ。禁呪の結界というのは高度な魔法であるため、獄舎にまでは手が回らないのであろう」
「なるほど。そうまでして、白翼宮という場所での魔法を禁じたいんだね」
「そう。しかし、大公と第一公子だけは解呪の秘石の力でもって魔法を行使することがかなう。そうしてあやつらは白翼宮にたてこもり、おのれの力を誇示したいだけであるのだ」
「なるほど」と繰り返しながら、ジェジェは肩をすくめた。
「禁呪の結界なんて、外からの攻撃には無意味だものね。それでどうして宮殿内の禁呪にこだわるのか不思議に思っていたのだけれど、ようやく理解が及んだよ」
「うむ。あやつらの頭には、浅ましき虚栄心しかないのだ」
そんな風に言ってから、エリシュカはふいに力強い微笑をたたえた。
「よってあやつらはステラ殿の審問などは後回しにして、祝賀の宴を優先させるだろう。その浅はかさが、身の破滅を招くというわけだな」
「にゃるほど。でもでも、魔法を使えない場所でエリシュカさんは大丈夫なの?」
「大事ない。同志たる第二公子が、宝物庫から解呪の秘石を持ち出す算段であるのだ。私さえ魔法を使えれば、大公と第一公子など敵ではない。必ずや、あやつらを捕縛してみせよう」
「そっかそっか! エリシュカさんも、頑張ってね! わたしもきちんと、妹さんを助けてみせるからさ!」
「うむ。ステラ殿には、心から感謝している。どうか妹のことを、よろしく願いたい」
そうしてステラとエリシュカが笑みを交わしたとき、軍船の動きが停止した。
ついに、公国バルツァードの公都に到着したのだ。ステラはいっそう朗らかに笑い、エリシュカは騎士の顔で勇ましく笑った。
◇
「ほへー、これが公都かー。やっぱ公都ってのは、なにもかも偉そうにしてやがるねー」
そんなつぶやきをこぼしたのは、モンスター使いのラダであった。
ステラから借り受けた魔法の馬車の車内においてのことである。天空の高みで静止した馬車の足もとに、公都の威容がさらされていた。
公都には、公国を支配する貴族と数十万名の領民が住まっている。その広大なる領地は、高さが二十メートルばかりもある頑強な城壁にまるまる囲まれていた。
普通であれば、このような城壁を築くのは並大抵の労力ではないだろう。これもまた、魔法の力の成果であるのだ。その城壁の威容こそが、公都の力の象徴であるとも言えた。
「ふん。それでも領地の端のほうは、辺境の町と大差のない有り様だねぇ」
と、束ね役のミルヴァは皮肉っぽく応じる。多くの魔女たちは好奇心を剥き出しにして窓にへばりついていたが、ミルヴァはひとりで背中を向けつつ横目で窓の下を見下ろしていた。
ミルヴァの言う通り、公都の家屋は外側に向かうにつれて見すぼらしくなっていく。城壁そばの家屋などは無機的な四角い建物がみっしりと建ち並び、リューリが生まれ育ったザドナの町と大きな違いも見受けられなかった。
いっぽう領地の中央には立派な宮殿や塔などがそびえ建ち、その区域もまた立派な城壁に囲まれている。貴族たちの住まう区域は、二重の城壁で守られているわけであった。
「けっきょく公都でも、甘い汁を吸ってるのはひとにぎりの人間だけってこった。潰し甲斐があって、何よりのことだねぇ」
「ま、そーかもね。……あ、軍船の連中が下りてきたよ」
ラダの言葉に、リューリはいっそう目を凝らした。その中には、水色の頭をした魔法少女も含まれているはずであるのだ。
巨大な軍船は城門の手前で停止しており、側面の出入り口から人影を吐き出している。しかし、こちらの馬車は上空数百メートルの場所に浮遊しているため、ステラの姿を見分けることはかなわなかった。
「よく見えないなー。もっと近づいたりできないの?」
「あの馬鹿でっかい領地はまるまる魔力感知の結界が張られてるって話なんだから、用心するに越したことはないよ。あたしたちが近づくのは、そいつを突き破って戦いを仕掛けるときさ」
ミルヴァの言葉に、魔女たちの何名かが表情を引き締める。決戦の刻限たる日没は、もう目の前に迫っているのだ。リューリは震えそうになる心を懸命になだめながら、ステラの無事と作戦の成功を祈るしかなかった。
◇
軍船から降ろされたステラは馬車に押し込められて、再び移送されることになった。
ジェジェは背中にもぐりこみ、ステラはお地蔵様のようにすました表情で馬車の振動に身をゆだねている。エリシュカは軍船を出た時点で行動を別にしており、馬車に同乗しているのは白装束の武官たちであった。
武官たちは、警戒心に満ち満ちた目でステラの姿を見据えている。ステラはあと二日間は魔法を使えない無力の身であると報告されていたが、スカイブルーにきらめく髪と瞳をしているだけで十分にあやしげであるのだろう。また、百名もの魔女を返り討ちにしたという一件も、警戒心に拍車を掛けるはずであった。
そうして気まずい静寂の中、馬車は延々と街路を駆けていく。
なにぶん数十万名の領民が住まう地であるため、中央の宮殿までの道のりは数十分がかりであった。
やがて第二の城門に到着したならば、跳ね橋が下ろされて、さらに突き進む。そこから数分が過ぎたところで、ついに「到着だ」という声があげられた。
「出ろ。おかしな真似をしたら、その場で叩き斬るぞ」
ステラは無心で一礼し、しずしずと馬車を降りた。
そこは、巨大な宮殿の前庭である。
目の前に、白い宮殿が鎮座ましましている。タマネギのような屋根をした、ちょっとアラビア風の宮殿だ。その入り口には、甲冑姿の守衛たちが槍を掲げて立ちはだかっていた。
ステラは四名の武官に前後と左右をはさまれて、粛々と歩を進めていく。
そして、巨大な両開きの扉をくぐった瞬間、ステラのこめかみにぴりっと小さな刺激が走り抜けた。
(なるほど。今のが禁呪の結界に足を踏み入れた合図であるようだね)
ステラの頭の中に、ジェジェの声が響きわたる。
ステラはお地蔵様のような顔のまま、小首を傾げた。
(この中では、魔法が使えないんでしょ? どうしてジェジェのテレパシーが聞こえるのかな?)
(これは、魔法じゃないからね。キミはボクの存在と同期することで宇宙線のエネルギーを吸収してるんだから、意識の一部が融合しているんだよ)
(ふーん! よくわかんないけど、便利だねー! ずーっと黙りっぱなしだったから、退屈だったんだー! 何をおしゃべりしよっかー?)
(まずは、現状を把握することだね。ボクの想定通り、この禁呪の結界にキミを制御するほどの力は存在しない。キミが魔法を発動させれば、一瞬で粉々に砕け散るはずだよ)
(ほうほう! やっぱり魔法少女の力って、すごいんだねー!)
(当然さ。だからキミには、分別というものが必要になるんだよ。くれぐれも、軽はずみな行為はつつしむようにね)
(わかってるってば! ステラにおまかせあれー!)
ステラが脳内で元気な声を張り上げると、その背中にもぐりこんでいるジェジェは人知れず溜息をついた。




