01 対話
「えー、あなたたちの指揮官である公女エリシュカさんは、捕虜として拘束させていただきましたー」
風の魔法で魔女と兵士たちを元の場所までかき集めたのち、ステラはそのように宣言した。
そのかたわらでは、ロープで両腕をくくられたエリシュカが立ち尽くしている。エリシュカは深くうつむいて、その表情を金色の前髪で隠していた。
「今後のことはまだ決まっていないので、ちょっと相談させていただきまーす。あなたたちは、それまで待機していてくださーい。くれぐれも、乱暴な真似はひかえてくださいねー」
もとより兵士たちは、まだ雷撃の影響で立ち上がれずにいる。
そんな兵士たちににっこり笑いかけてから、ステラは魔女たちに向きなおった。
「ではでは、作戦会議を始めましょー。さっきの広場まで道案内をよろしくお願いしまーす」
「ふん……なんだか、おかしな具合になってきたねぇ……」
ミルヴァはにんまりと笑いながら、力なく身を起こした。
周囲の魔女たちも、次々とそれに続く。その姿に、ジェジェが「なるほど」とうなずいた。
「魔法を扱える人間は、魔法の攻撃に耐性があるようだね。まあ、しばらくは乱暴な真似をする余力もないだろうけどさ」
「それは何より! ではでは、しゅっぱーつ!」
ミルヴァが視線でうながすと、百名からの魔女たちは不明瞭な面持ちで森の内部へと引き返した。
ステラもエリシュカを引っ立てながら、それを追いかける。そうして広場に到着したところでステラがステッキを振りかざすと、ホウキにまたがったリューリの姿が空中にポンと出現して、魔女たちに驚きの声をあげさせた。
「リューリも、お疲れさまー! 何も危ないことはなかったかなー?」
「は、はい。わたしは遠くに追いやられたので、何が何だか……」
リューリはもじもじしながら、地面に降り立つ。すると、その頭上に浮いていた魔法陣の輪も魔法のホウキも、まとめて消失した。
「さてさて! ここなら安全だと思うんだけど、どーだろう?」
ステラが呼びかけると、うつむいていたエリシュカが毅然と頭をもたげて周囲を見回した。
「うむ。これだけ強力な結界が張られていれば、監視の目も及ばないだろう。貴殿の協力に、感謝する」
「いやいや! 困ってる人を助けるのが、魔法少女の使命だからね!」
ステラが魔法のステッキをエリシュカの肩にあてがうと、腕を拘束していたロープが消失する。
魔女たちの何名かが殺気立ったが、ミルヴァが手振りでそれを抑えた。
「それじゃあ、説明してもらおうか。こいつは、どういう茶番なんだい?」
「んー、実はわたしもエリシュカさんに頼まれただけで、事情はさっぱりわからないんだよねー」
ステラが視線でうながすと、エリシュカは決然たる面持ちで語り始めた。
「私には、父たる大公の監視がつけられている。その目の届かないところで言葉を交わしたかったので、捕虜という体裁を取っていただいたのだ」
「へえ。あんたはあたしたちをぶっ殺しに来たんだろう? 今さら、何を語ろうってのさ?」
「うむ。私はこの森に隠れひそんでいる魔女の一団を殲滅するようにと命令されていた。それで罪なき其方たちに刃を向けてしまったことは、何度でも詫びよう。だからどうか、私に釈明の機会を与えていただきたい」
そうしてエリシュカが金色の髪を揺らしながら頭を垂れると、周囲の魔女たちはいっそうざわめいた。
「さっぱり意味がわからないねぇ。どうして公女なんていう身分にあるあんたが、魔女なんざに頭を下げるのさ?」
ミルヴァが鋭く問い質すと、エリシュカは面を上げながら凛然と答えた。
「生まれながらに魔法を使える人間は、自らの意志で力を制御することができず、いつ魔法を暴発させるかもわからない。よって、魔女は即刻処分するべしと掟で定められているが……それは魔法の力を独占せんとする支配層の欺瞞に過ぎん。最初から、魔女たる其方たちに罪などは存在しないのだ」
「ふうん。どうして、そんな風に言い切れるのさ?」
「それは……私もまた、魔女であったためだ」
エリシュカの返答に、モンスター使いのラダが「はあ?」と目を剥いた。
「そいつは、どういう意味なのさ? あんたたちは洗礼とかいうやつを受けて、魔法の力を授かるってんでしょ?」
「うむ。しかし私は洗礼を受けるまでもなく、幼き頃から魔法を行使することがかなった。それで公宮の奥深くに隠されながら、ひそかに魔法の正しい扱い方を教示されることになったのだ」
魔女たちは困惑しきった様子で、どよめきをあげる。
そんな中、エリシュカは懸命に言いつのった。
「よって私は帝国の掟が間違っていることを、最初からわきまえていた。それでも大公の命令には逆らえず、其方たちに刃を向けることになったのだ。この罪は、いずれどうにかして償う覚悟なので……どうか許してもらえないだろうか?」
「うん。エリシュカさんはそれで『破戒物』を生み出すぐらい、この世に絶望しちゃったんだもんね。本当に、苦しい決断だったんだろうと思うよ」
ステラが天使のような笑顔で口をはさむと、エリシュカはいくぶん眉を下げながら振り返った。
「その件に関しては、私もステラ殿におうかがいしたかったのだが……あれはいったい如何なる現象であったのだろうか? 『破戒物』とは、いったい……?」
「この世を憎む気持ちがあまりに強いと、『破戒物』が生まれちゃうの。でも、『破戒物』はやっつけたから、エリシュカさんもすっきりしたでしょ?」
「うむ……今も窮地であることに変わりはないのに、心は晴れ渡っている。これもまた、ステラ殿のおかげであったのだな」
エリシュカは澄みわたった微笑みを浮かべてから、すぐに表情を引き締めた。
「ステラ殿には、感謝の言葉もない。私は二度と絶望することなく、この窮地を乗り越えてみせよう」
「うん、頑張ってねー! ……でもでも、あなたはどうしてそんなに追い詰められちゃったの? あなたは、お姫様なんでしょ?」
「公国バルツァードにおいて、公女などは道具に過ぎん。権力の座は大公や公子が手中にして、公女は道具として使い捨てられる運命であるのだ」
エメラルドグリーンの瞳に気迫の炎を燃やしながら、エリシュカはそう言った。
「それで私は遠征軍の指揮官、第二公女たる妹のヨハナは……自由を奪われ、牢獄のような部屋に幽閉されている。私が任務に失敗したならば、妹の身が危ういのだ」
「つまりあんたは父親に妹を人質に取られて、いやいや働かされてるってわけかい。やっぱりこの帝国は、腐り果ててるねぇ」
「うむ。父たる大公も、帝国の悪習に感化されてしまったのだ。強きには媚びへつらい、弱きを虐げる、こんなものは貴族の正しき姿ではない。私は何としてでも公国バルツァードを立て直し、ゆくゆくは帝国の支配を打ち砕いてみせよう」
「へえ。ずいぶんな大口を叩くもんだねぇ」
と、ミルヴァは探るようにエリシュカの顔を見据えた。
「それじゃあ、聞かせてもらおうか。あんたはいったいどんな手管で、帝国をぶっ潰そうってんだい?」
「うむ。バルツァード一国で叛乱を起こしても、勝ち目はない。まずは国内で秘密裡に力を蓄えて、他なる公国と同盟を組む。然るのちに帝都を落として、聖皇国ドラグリアを解体するのだ」
「ふむふむ。基本の考えは、ミルヴァさんと一緒みたいだねー」
「うん。なおかつ国際的な情勢をわきまえている分、リアリティと説得力が増すようだね」
ステラとジェジェの呑気なやりとりに、ミルヴァは憎々しげに「ふん」と鼻を鳴らした。
「だけどあんたは妹を人質に取られて、父親の言いなりだってんだろ? それでどうやって、国を動かすってのさ?」
「私は、兄たる第二公子と志を同じくしているのだ。今回の任務から戻った折には、かねてより準備を進めていた作戦を遂行し……大公と第一公子を捕縛する算段だった」
「へえ。父親と長男をぶっ潰して、次男と長女で頭の座をいただこうってわけかい。志が、聞いて呆れるよ」
「……私と第二公子の是非は、のちの歴史家が決めるだろう。今はどのような悪名にまみれようとも、私は理想の国家を築いてみせる」
エリシュカの瞳には、猛々しいまでの決意の輝きが宿されている。そしてそれは悪念が完全に除去されたために、魔女たちを怯ませるほどの清廉さに満ちみちていた。
「……ステラさんは、こうやって世を正しているんですね」
リューリは感服しきった面持ちで、ステラに囁きかける。
ステラは無邪気そのものの笑顔で、「うん!」とうなずいた。
「わたしも全力で、エリシュカさんを応援したいと思ってるよ! ……でもでも、わたしが戦う相手は『破戒物』だけなの。それでも、お役に立てるかなー?」
「ふむ? ステラ殿はそれほどの力を持ちながら、誰とも争う意思はない、と?」
「うん! わたしは、部外者だからさ! すごい力を持っているからこそ、むやみに干渉しちゃいけないんだよ! ……ね、ジェジェ?」
「うん。キミがいつでも理性的に振る舞えたら、世話はないんだけどね」
「もー! わたしだってわたしなりに頑張ってるんだってばー!」
ステラは楽しげに笑いながら、ジェジェの頬をふにふにとつつく。
いっぽうエリシュカは「そうか……」と目もとを和ませた。
「それこそが、力ある人間の正しき振る舞いであるのだろう。世の貴族たちがステラ殿のような信念を携えていれば、この世もこうまで乱れはしなかったのであろうな」
「いやいや、そんな大したもんじゃないってばー! それより、わたしでも何かお手伝いできることはあるかなー?」
「うむ。私は魔女の殲滅を達成したという報告を公都に持ち帰らなければならない。そのために、ひと芝居打っていただきたいのだ」
エリシュカの返答に、ステラはきょとんと小首を傾げた。
「それだけ? 公都って場所に戻ってからは?」
「うむ? そうまでステラ殿のご厚意に甘えることは許されまい。我々は、自らの手で公国バルツァードを再建しなければならないのだ」
「いやいや! わたしも帝国のルールっていうのは間違ってる気がするから、エリシュカさんをお手伝いしたいよー! それで平和な世の中になったら、リューリも安心して暮らせるだろうしね!」
ステラに笑顔を向けられたリューリは感じ入った様子で目もとを潤ませながら、「はい」とうなずく。
「それなら、わたしも協力したいです。いまだに魔法を制御できないわたしでは、なんのお役にも立てないでしょうけれど……」
「そんなことないよ! 大事なのは、気持ちだからね! わたしはエリシュカさんの気持ちにキョーメイしたのです!」
ステラに純真なる眼差しを向けられたエリシュカは、返答に窮した様子で口をつぐむ。そこにミルヴァが、横から割り込んだ。
「それで? あんたはあたしたちのこともほっぽりだしたまま、自分だけで国をどうこうしようってのかい?」
「うむ。いわれなき迫害を受けてきた其方たちに、これ以上の助力を願うことは許されまい」
「へえ。ずいぶん安く見られたもんだねぇ」
ミルヴァはぐっと身を乗り出して、鼻先が触れそうな距離からエリシュカの瞳を覗き込んだ。
「あんたには、あたしがどこの生まれかわかるかい?」
「うむ。黒き髪と瞳に、白き肌というのは……公国バルツァードの辺境領地、タリシュラではなかろうか?」
「ああ、そうさ。あんたたちが帝国のクソッタレな掟に従ってるから、あたしは故郷をおん出されることになったんだよ。それで十年をかけて、これだけの同志を募ることになったのさ」
ミルヴァの黒い瞳には、怨念の炎が燃えさかっている。
それを見返すエリシュカの瞳も、それを浄化したいかのように鮮烈な輝きをたたえていた。
「あんたが本気で帝国をぶっ潰そうってんなら、黙って眺めてられるもんかい。あんたがぶざまな死にざまをさらすようだったら、あたしが真っ先に笑い飛ばしてやるよ」
「……そうか。この世でもっとも帝国を打倒したいと願っているのは、いわれなき迫害を受けてきた其方たちなのだろうな。相分かった。どうか其方たちも同志として、我々の戦いに力を添えていただきたい」
エリシュカは戦いの女神のように笑い、ミルヴァは妖艶なる魔女の顔で笑った。
2025.12/31
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