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最強黒竜は私の料理に弱すぎる~追放令嬢の魔境キッチン~  作者: 九葉(くずは)


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第9話 空飛ぶドラゴン便

「準備はいいか、アリス」


朝日が昇る前の薄暗い中庭で、レオナルド様が低い声で問いかけた。

彼は旅装束……ではなく、いつものラフな黒シャツ姿だ。

これから一国の王都へ殴り込みに行くというのに、近所のコンビニに行くような気楽さである。

ただ一つ違うのは、その瞳の奥で揺らめく、冷たい怒りの炎だけだ。


「バッチリです! お弁当も飲み物も、しっかり持ちました」


私は背中のリュックをポンと叩いた。

中には、早起きして作った自信作が詰まっている。

遠足気分だと言われても否定はしない。

だって、どうせあのクズ王子のことだ。

行ってみれば「やっぱり嘘でした、元気です」なんてオチかもしれない。

深刻に考えても損をするだけだ。


「よし。では行くぞ」


レオナルド様の体が光に包まれる。

瞬時に膨れ上がった光は、巨大な黒竜のシルエットへと変わった。

全長二十メートルを超える漆黒の巨躯。

何度見ても惚れ惚れするような、圧倒的な造形美だ。


彼は静かに頭を下げ、私が乗りやすいように首を差し出してくれた。

私は慣れた手つきで、角のような突起に足をかけ、背中へとよじ登る。

首の付け根、肩甲骨のあたりが私の指定席だ。

ここは鱗が安定していて座り心地がいい。


『しっかり掴まっていろ。……少し飛ばすぞ』


頭の中に直接響く念話。

その声色は、いつになく硬い。

彼は本気だ。

クロード王子の手紙が、よほど腹に据えかねたらしい。


「安全運転でお願いしますね!」

『善処する』


黒竜が翼を広げた。

バサッ、という一振りで突風が巻き起こり、周囲の木々が大きくしなる。

次の瞬間、強烈なGが全身にかかった。

景色が一気に下へと遠ざかる。

魔境の城が、あっという間に豆粒のような大きさになった。


私たちは雲を突き抜け、蒼穹そうきゅうの世界へと飛び出した。



上空数千メートル。

本来なら酸素が薄く、極寒の世界だ。

しかし、レオナルド様が展開してくれた『竜の結界』のおかげで、私の周囲は快適な室温に保たれている。

風も当たらない。

まるで、空飛ぶサンルームにいるようだ。


眼下には、白い雲海が広がっている。

その切れ間から、魔境の緑豊かな森や、荒涼とした岩山が見える。

空の旅は順調だ。


「レオナルド様! そろそろお昼にしませんか?」


出発から数時間が経過し、太陽が真上に来た頃、私は声をかけた。

腹が減ってはざまぁはできぬ。

それに、竜形態のままだと彼も食事ができないだろう。


『……そうだな。少し休憩するか』


レオナルド様は速度を落とし、雲の上に突き出た高い岩山の頂上へと降り立った。

断崖絶壁の狭い足場だが、私たち二人なら十分な広さだ。


着地と同時に彼は人の姿に戻った。

黒髪が風になびく。


「ふぅ……やはりこの姿の方が落ち着くな」

「お疲れ様です。はい、おしぼり」


私は濡れタオル(魔法で温めてある)を渡した。

彼はそれを受け取り、顔を拭う。

野性味あふれる仕草だが、どこか品があるのは元々の顔立ちのせいだろう。


「で、今日の飯はなんだ?」


彼の視線は、すでに私のリュックに釘付けだ。

怒っていても食欲は落ちないらしい。

健康的なことだ。


「今日は、移動中でも片手で食べられる『特製・極厚カツサンド』です!」


私はバスケットを開いた。

中には、きつね色に揚がったカツを挟んだ、分厚いサンドイッチがぎっしりと詰まっている。

パンの耳は落とし、断面を見せるように並べた。

美しい。

キャベツの緑、カツの黄金色、ソースの茶色、そしてパンの白。

完璧なコントラストだ。


「カツサンド……揚げた肉をパンで挟むのか」

「そうです。昨日のBBQで余ったハイオークのロース肉を使いました」


ハイオークの肉は、豚肉に似ているが、より筋肉質で旨味が濃い。

それを叩いて繊維を断ち切り、柔らかくする。

衣には、粗めの生パン粉を使用。

ザクザクとした食感を出すためだ。

そして、ソース。

ウスターソースをベースに、ケチャップ、ハチミツ、すりごま、そして和辛子を混ぜた特製ソースだ。

これを揚げたてのカツにたっぷりとくぐらせ、キャベツの千切りと共にパンで挟む。


「どうぞ、召し上がれ」


レオナルド様は、私の顔ほどの大きさがあるサンドイッチを手に取った。

ずっしりとした重量感。

ソースがパンに染み込み、しっとりとしている。


ガブッ。


豪快にかぶりつく。


ザクッ、シャキッ、モチッ。


衣の歯ごたえ、キャベツの瑞々しさ、パンの柔らかさ。

三つの異なる食感が、口の中でハーモニーを奏でる。

そして、噛み切ったカツから溢れ出す肉汁。


「……んぐっ」


レオナルド様が目を見開く。


「肉が……柔らかい! あの硬いハイオークが、歯がいらないほど解けていくぞ」

「叩いて筋を切ったのと、揚げた後に余熱でじっくり火を通したからです。それに、このソースの酸味が、脂っこさを消してくれるんです」


和辛子のピリッとした刺激が、味全体を引き締める。

これが大人のカツサンドだ。


「パンも美味いな。肉汁とソースを吸って、これ単体でも料理として成立している」

「パンは今朝焼きました。少し甘めの食パンにしたので、しょっぱいソースと合うはずです」


レオナルド様は無言で頷き、猛烈な勢いで食べ進めた。

片手にはサンドイッチ、もう片方の手には私が用意した「冷たいお茶(ジャスミンティー的な薬草茶)」を持ち、交互に口へ運ぶ。

無限ループだ。


「アリス、お前も食え」

「はい、いただきます」


私も一つ手に取った。

頬張る。

ん〜〜っ、美味しい!

やっぱり揚げ物は裏切らない。

冷めても美味しいように、脂身の少ない部位を選んだのが正解だった。

空の上で、絶景を眺めながら食べるカツサンド。

これぞピクニックの醍醐味だ。


「……美味かった」


あっという間にバスケットが空になった。

レオナルド様は満足げに指についたソースを舐め取った。


「腹も満ちた。行くぞ、アリス。あの愚かな王子に、デザート代わりの絶望を届けてやる」

「表現が怖いですけど、行きましょう」


私たちは再び空へ舞い上がった。



「……あれ?」


異変に気づいたのは、出発から一時間ほど経った頃だった。

眼下の景色が変わったのだ。

魔境の緑や岩肌が消え、一面の銀世界が広がっていた。

最初は雲かと思った。

けれど、高度を下げて雲の下に出ても、景色は白いままだった。


「雪……? まさか」


ここはフレイム王国の領空だ。

「炎の王国」の名が示す通り、温暖な気候が売りの国である。

冬でもコートがいらないほどの常春の国。

それが、見渡す限り雪に埋もれている。


「レオナルド様、これ……」

『ああ。国中の熱源が消滅しているな』


レオナルド様の冷静な声が響く。


『お前という「火の根源」を失った結果だ。この国は、建国以来の魔力貯金を使い果たし、本来あるべき寒冷地の姿に戻っただけだ』


本来の姿。

そうか、忘れていた。

この大陸の北部は、本来なら極寒の地なのだ。

フレイム王家が代々受け継いできた「聖火」の結界によって、無理やり温暖な環境を維持していたに過ぎない。

その聖火の維持管理を、私が一人で担っていたのだということを、改めて思い知らされた。


「ここまで酷いとは……」


私は絶句した。

森は凍りつき、川は氷結している。

街道を行く馬車も見当たらない。

全てが凍りついた死の世界。


そして、王都が見えてきた。

かつては赤レンガの屋根が美しく並び、活気に溢れていた首都。

今は、屋根の上に分厚い雪が積もり、煙突から煙も上がっていない。

街全体が、巨大な氷の棺桶に閉じ込められたようだ。


『広場に降りるぞ。派手にな』

「えっ、ちょっ、心の準備が!」


レオナルド様は返事を待たずに急降下を開始した。

王宮の正面にある、中央広場。

そこには、寒さに震える民衆たちが集まり、兵士たちに詰め寄っているのが見えた。

暴動だ。

食料と薪を求めて、人々が殺気立っている。


「どけええええええッ!!」


レオナルド様が咆哮した。

それは物理的な衝撃波となって広場を襲った。

民衆も兵士も、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


ズドオオオオオオン!!


隕石が落ちたような轟音と共に、私たちは広場の中央に着地した。

石畳が砕け散り、土煙が舞い上がる。

巻き起こった突風が、広場に積もっていた雪を一瞬で吹き飛ばした。


土煙が晴れると、そこには漆黒の巨竜が鎮座していた。

その背中には、暢気のんきにリュックを背負った私。

周囲を取り囲む兵士たちは、腰を抜かして動けないでいる。

槍を構える手さえ震えていた。


『クロードを出せ』


黒竜の口が開く。

その声は、広場だけでなく王宮全体を揺らすほどの大音量だった。


『我が名は黒竜公爵レオナルド。我が番、アリス・バーネットへの不敬な呼び出しに応じ、こうして来てやったぞ。さっさと顔を見せろ、この下種げす王子が』


兵士たちがざわめく。

「こ、黒竜!?」「伝説の魔境の主か!」「アリス嬢を連れているぞ!」


王宮のバルコニーの扉が開き、数人の人影が現れた。

真っ青な顔をした国王陛下。

震えるミランダ。

そして、状況が飲み込めていないような顔をした、クロード王子だ。


彼はガウンを重ね着し、鼻水を垂らしながら叫んだ。


「な、ななな、なんだその化け物は! アリス! 貴様、魔物を連れて帰ってきたのか!?」


相変わらずの第一声だ。

私はレオナルド様の背中から飛び降り、ふわりと地面に着地した。

(着地魔法も習得済みだ)


「お久しぶりです、殿下。お元気そうで何よりですね」


私はにっこりと営業スマイルを向けた。

寒さで頬が引きつっている彼とは対照的に、私はレオナルド様の結界の余韻と、美味しいカツサンドのエネルギーでポカポカだ。


「アリス……! 貴様、その格好はなんだ! 随分と血色がいいではないか!」

「ええ、おかげさまで。魔境はご飯が美味しくて、肌ツヤも良くなりましたわ」


私はわざとらしく頬をペチペチと叩いた。

ミランダが悔しそうに歯ぎしりするのが見える。

彼女の肌は乾燥してガサガサだ。

かわいそうに。

美味しい脂質カツサンドが足りていないのね。


「ふざけるな! さっさとそのトカゲを追い払って、城の暖炉に火をつけろ! 命令だ!」


クロードがわめく。

トカゲ。

言っちゃった。

一番言ってはいけないワードを。


背後で、空気がピキリと凍る音がした。

レオナルド様が人の姿に戻る。

その顔には、絶対零度の笑みが浮かんでいた。


「……トカゲ、か」


彼はゆっくりと一歩を踏み出した。

ただそれだけで、王宮のガラス窓が一斉にガシャンと割れた。

圧倒的な魔力の放出。

覇気だけで物理干渉を起こしている。


「アリス、少し下がっていろ。……教育の時間だ」


レオナルド様が指を鳴らした。

パチン。

その乾いた音と共に、クロード王子の着ているガウンが、一瞬で発火した。


「うわあああああっ!?」

「安心しろ。燃やしたのは服だけだ。貴様のような汚い肉を焼く趣味はない」


レオナルド様は冷酷に見下ろした。

半裸になり、雪の中でガタガタと震える王子。

その姿は、あまりにも滑稽で、哀れだった。


「さあ、話し合いをしようか。もっとも、俺が一方的に判決を下すだけだがな」


王都の中心で、前代未聞の公開裁判が始まろうとしていた。

私はリュックから水筒を取り出し、温かいお茶を一口飲んだ。

特等席での見学だ。

クロード殿下、どうか私の食後のデザートとして、楽しませてくださいね?

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