第6話 国宝級の包丁で削る、最強の串焼きBBQ
地下宝物庫から帰還した私は、厨房で戦利品を並べてニヤニヤしていた。
これは、ただの調理器具ではない。
料理人にとっての「聖剣」だ。
まず、メインウェポンとなる包丁。
刀身は透き通るような青銀色をしており、触れれば指が切れそうなほどの冷気を放っている。
素材は恐らく「アダマンタイト」。
ダイヤモンドよりも硬く、オリハルコンよりも魔力親和性が高いとされる伝説の金属だ。
柄には「竜断」という物騒な刻印があるが、私にとっては「肉断」だ。
どんな筋張った肉も、これなら絹豆腐のように切れるだろう。
次に、鍋。
鈍い銀色に輝くこれは「ミスリル銀」製だ。
熱伝導率が異常に高く、鍋全体に均一に熱が回る。
しかも、焦げ付き防止の魔力コーティングが施されている。
煮込み料理に使えば、数時間かかる工程を数十分で終わらせられるはずだ。
「ふふふ……これがあれば、私の料理はさらに進化するわ」
私はエプロンを締め直し、気合を入れた。
今日の昼食は、BBQの王道にして原点、「串焼き(スキュア)」だ。
肉や野菜を串に刺して焼く。
単純だが、それゆえに奥が深い。
素材の組み合わせ、串打ちのバランス、そして焼き加減。
すべてが試される料理だ。
ドスーン!!
城全体が揺れるような地響きがして、私の思考は中断された。
何事かと思って窓の外を見ると、中庭に巨大な影が落ちていた。
「ただいま、アリス。持ってきたぞ」
人間の姿に戻ったレオナルド様が、涼しい顔で入ってくる。
その背後には、城の塔ほどの高さがある巨木が、根っこごと転がっていた。
「……えっと、レオナルド様?」
「なんだ? アイアンウッドだろ? ちょうどいいのが生えていたから引っこ抜いてきた」
「枝を数本、とお願いしたはずですが……」
「大は小を兼ねる」
彼は胸を張った。
まあ、足りなくなるよりはいいか。
しかし、アイアンウッドというのは名前の通り「鉄のように硬い」木だ。
普通の斧では傷一つつけられないという。
これを加工して串にするのは骨が折れそうだが……。
「やってみるわ」
私は中庭に出ると、アダマンタイトの包丁を構えた。
巨木の枝の一本に狙いを定める。
魔力を包丁に通すと、刀身が青白く発光した。
スパッ。
音がしなかった。
抵抗もなかった。
直径二十センチはある太い枝が、まるで大根のように切断された。
「……切れ味、怖っ」
私の腕が良いのではない。
道具がチートなのだ。
私は切り出した枝をさらに細かく割り、手際よく削っていく。
四角い断面を持つ、長さ四十センチほどの太めの串を二十本作成した。
普通の竹串だと、焼いている最中に燃え尽きたり、重い肉を支えきれずに回ってしまったりする。
だが、このアイアンウッドの串なら、直火に耐えうる耐熱性と、巨大な肉塊を支える剛性がある。
BBQ専用の最強串の完成だ。
「よし、調理開始!」
厨房に戻り、食材を準備する。
メインはやはり「ビッグボアのロース肉」。
そして「コカトリスのモモ肉」。
さらに、魔境の森で採取した「ポイズン・ピーマン(毒抜き済み)」と「マンドラゴラ・オニオン」だ。
名前は物騒だが、ポイズン・ピーマンは加熱すると毒素が甘味成分に変わる絶品野菜だし、マンドラゴラ・オニオンは切るときに悲鳴を上げるが、味は最高に甘い玉ねぎだ。
まずは肉のカットから。
BBQ串において最も重要なのは「サイズ感」だ。
小さすぎると焼いている間に干からびてジューシーさが失われる。
大きすぎると中が生焼けになる。
私は肉を五センチ角のサイコロ状に切り揃えた。
一口で頬張れば、口の中がいっぱいになるサイズ。
これが正解だ。
次に串打ち。
ここにもテクニックがある。
肉、野菜、肉、野菜、という順番で刺していくのが基本だが、私は一工夫加える。
一番先端と一番手元には、必ず「肉」を配置する。
これは、肉が縮んで野菜が抜け落ちるのを防ぐためと、最初と最後の一口を肉の満足感で締めるためだ。
「んっ、しょっ」
アイアンウッドの串に、肉と野菜を交互に刺していく。
一本あたりの重量は五〇〇グラムほど。
ずっしりとした重みが心地よい。
合計二十本。
総重量十キロの肉の山が築かれた。
「タレはどうする?」
レオナルド様が、つまみ食いを狙う子供のように横から覗き込んでくる。
「二種類用意しました。一つは、王道の『特製甘辛醤油ダレ』。もう一つは、サッパリ系の『ネギ塩レモン』です」
醤油ダレは、醤油、酒、みりん、砂糖、そしてすりおろした玉ねぎとニンニクを煮詰めたもの。
少しとろみが出るまで煮詰めることで、肉によく絡むようになる。
隠し味に、少しだけインスタントコーヒーの粉を入れる。
これでコクと香ばしさが深まるのだ。
ネギ塩レモンは、刻んだネギをごま油と塩、レモン汁、黒胡椒で和えたもの。
脂っこい肉を無限に食べられる魔法の薬味だ。
「さあ、焼き場へ行きましょう」
私たちは再び中庭へ出た。
天気は快晴。
BBQ日和だ。
私は焚き火台に炭をセットする。
今回は串焼き用に、「二列型」に炭を配置した。
中央を開け、両サイドに炭を積む。
こうすることで、落ちた脂が炭に直接当たって燃え上がるのを防ぎつつ、両側からの遠赤外線でじっくり焼くことができる。
『神の劫火』で着火。
炭が白く熾ったのを確認し、アイアンウッドの串を並べる。
ジュウゥゥッ……。
静かな始まりだ。
まだ脂が落ちていないので、派手な音はしない。
だが、肉の表面が熱で収縮し、内部の水分が沸騰を始める微かな振動が伝わってくる。
私はうちわを片手に、じっと肉を見守る。
BBQ奉行としての血が騒ぐ。
肉の汗(肉汁)が出てきたら、ひっくり返す合図だ。
コロコロと串を転がす。
四面を均一に焼く。
表面がきつね色になり、脂がしたたり始めた頃合いで、タレの出番だ。
刷毛を使い、甘辛醤油ダレをたっぷりと塗る。
ジュッ! ジュワァァァッ!!
タレが炭に落ち、焦げた醤油の香ばしい煙が爆発的に立ち上る。
これだ。
この匂いだけでご飯が食べられる。
タレが焦げてキャラメリゼされ、肉の表面に照り輝くコーティングを作っていく。
「……アリス、まだか?」
「あと少しです。タレは二度塗りすることで、層の厚みが出るんです」
焦るレオナルド様を制し、私はもう一度タレを塗り、軽く炙った。
完璧な照り。
完璧な焼き色。
「完成です! アリス特製、魔境ジャンボ串焼き!」
私は焼き上がった串を二本、レオナルド様に手渡した。
彼は待ちきれない様子で、串にかぶりついた。
ガブッ!
豪快な音がした。
彼は串を横に引き抜き、肉と野菜をまとめて口の中へ放り込んだ。
モグモグと咀嚼する。
その動きが、ピタリと止まる。
「……」
ゴクリ、と喉が動く。
「……凄まじいな」
レオナルド様が、恍惚の表情で天を仰いだ。
「肉は柔らかく、噛めば脂が弾ける。だが、その脂っこさを、間の野菜が吸い取ってくれている。特にこの黒い野菜……苦味があるかと思いきや、焼かれて甘みが増し、肉の味を引き立てている」
「でしょう? 肉汁を吸った野菜こそが、BBQの真の主役なんですよ」
私も自分の串を手に取った。
まずは『ネギ塩レモン』の方から。
ビッグボアの肉の上に、たっぷりとネギ塩を乗せてかぶりつく。
カリッ、ジュワッ、シャキッ。
表面の香ばしさ、肉の旨味、そしてネギの食感。
ごま油の香りが鼻を抜け、レモンの酸味が脂をサッパリと切ってくれる。
「ん〜〜っ! 最高!」
青空の下で食べる焼きたての肉。
これ以上の幸せがどこにあるだろうか。
冷めたスープを啜っていた王宮時代が、まるで前世の記憶のように遠く感じる。
レオナルド様は、一本目を瞬殺し、二本目(甘辛ダレ)に取り掛かっていた。
「こっちは……味が濃いな。だが、それがいい。甘いタレが焦げた香ばしさが、俺の本能を刺激する」
「このタレには、白米が合うんですよね」
私は『収納』から、あらかじめ炊いておいたご飯を取り出し、おにぎりにして渡した。
肉をかじり、追いかけるようにおにぎりを頬張る。
炭水化物と脂と塩分。
悪魔の定食だ。
「アリス、お前は本当に……」
レオナルド様が、串を持ったまま私をじっと見つめた。
その口元にはタレがついている。
最強の竜にしては、なんとも無防備で可愛らしい姿だ。
「俺の心を乱すのが上手いな」
「胃袋を乱しているの間違いでは?」
「同じことだ。心も体も、今の俺はお前で満たされている」
彼は私の頬に伸びた手を、ふと止めた。
そして、親指で私の口元をぬぐった。
そこには、自分では気づかなかったタレがついていたらしい。
彼はその指を、ペロリと自分の口に入れた。
「……甘いな」
心臓がドキンと跳ねた。
それはタレの味の感想なのか、それとも。
彼の瞳は、肉を見るときよりもずっと深く、熱い色をしていた。
距離が近い。
串焼きの煙の向こうで、彼の整った顔立ちが揺らめく。
「あ、あの! 次の串! 焼きますね!」
私はたまらず目を逸らし、新しい串を網に乗せた。
顔が熱いのは、炭火のせいだ。
絶対にそうだ。
その時だった。
ガサガサッ、ガサガサガサッ!
中庭の周囲にある茂みから、無数の気配がした。
風に乗って、獣臭が漂ってくる。
「……チッ、邪魔が入ったか」
レオナルド様が不機嫌そうに眉を寄せた。
私も包丁を構える。
魔物の襲撃か?
肉の匂いにつられて、凶暴な獣たちが集まってきたのだろうか。
茂みを割って現れたのは、二足歩行の狼たちだった。
『ウェアウルフ』の群れだ。
鋭い牙と爪を持ち、集団で狩りをする危険な魔物。
その数、およそ三十体。
彼らは涎を垂らしながら、私たちを取り囲むように展開した。
「グルルルゥ……」
リーダー格と思われる、一際大きな銀色の狼が一歩前に出た。
レオナルド様が立ち上がり、殺気を放とうとした瞬間。
狼のリーダーが、地面に頭を擦りつけるように平伏した。
『その芳醇なる香り……! 我らにも、どうかお慈悲(おすそ分け)を!』
「「「お慈悲を!!」」」
群れ全員が土下座した。
「……はい?」
私は目をパチクリさせた。
襲撃じゃなかった。
ただの腹ペコ集団だった。
「消えろ雑種ども。この肉は全てアリスが俺のために焼いたものだ。貴様らにやる端肉はない」
レオナルド様が冷酷に言い放つ。
しかし、狼たちは涙目で訴えてくる。
『お願いします! 一口! 焦げたタレがついた石ころでも構いません! その匂いだけで、我々の理性は崩壊寸前なのです!』
必死すぎる。
どうやら私の料理(と匂い)は、魔境の魔物たちにとって抗いがたい麻薬のようなものらしい。
「レオナルド様、さすがに石を食わせるわけには……」
「放っておけ。一度やると図に乗るぞ」
「でも、食材ならまだありますよ。アイアンウッドの串も余っていますし」
私は『収納』を確認した。
ビッグボアの残りと、大量の野菜。
これなら、彼らにも振る舞えるかもしれない。
それに、彼らを餌付けして手懐ければ、城の警備や食材集めの人手(獣手?)として使えるのではないか。
元ブラック企業社員としての計算高さが顔を出す。
「……はぁ。お前がそう言うなら仕方ない」
レオナルド様は渋々承諾してくれた。
ただし条件として、「俺の分を確保した後、余った分だけだ」と釘を刺すのを忘れなかった。
「よーし! みんな並んで! 今から『魔境BBQ大会・予選』を始めるわよ!」
『うおおおおおおっ! アリス様バンザイ!』
狼たちの歓声が上がった。
こうして、私とレオナルド様の優雅なランチは、急遽、魔物たちを巻き込んだ炊き出しイベントへと変わってしまった。
けれど、大勢で囲む焚き火も悪くない。
みんなが「美味い、美味い」と言って食べてくれる姿を見るのは、料理人として最高の喜びだからだ。
一方その頃。
極寒の王国で、クロード王子が「冷たいパンしかないのか!」と食器を投げつけていることなど、私は知る由もなかった。




