表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強黒竜は私の料理に弱すぎる~追放令嬢の魔境キッチン~  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/15

第4話 魔王城大改革! 朝の目覚めは厚切りベーコンエッグと共に

石造りの天井を見上げて、私は瞬きをした。

ひんやりとした空気が頬を撫でる。

カーテンのない窓からは、魔境特有の紫がかった朝陽が差し込んでいた。


「……あ、そうだった。私、魔王城に就職したんだった」


寝ぼけた頭で現状を把握する。

昨晩は唐揚げ祭りの後、レオナルド様に案内された客室で泥のように眠ってしまった。

ベッドだけは最高級の羽毛布団だったおかげで、背中の痛みはない。

しかし、部屋の隅には綿埃がコロコロと転がり、壁には古びたタペストリーが今にも崩れ落ちそうにぶら下がっている。


「まずは、生活環境の整備ね」


私はベッドから跳ね起きた。

前世からの性分で、汚い部屋にいると落ち着かないのだ。

それに、美味しい料理は清潔な空間から生まれる。

これは料理人の鉄則である。


私は窓を大きく開け放った。

冷涼な風が吹き込み、淀んだ空気を入れ替える。

眼下には、見渡す限りの樹海が広がっていた。

絶景だ。

ここでコーヒーを飲んだら、さぞ美味しいだろう。


「よし、掃除開始!」


私は指先を鳴らした。

発動するのは『神の劫火』の応用編だ。

私の炎は、対象を選んで燃やすことができる。

木材や布を燃やさず、表面に付着した埃やダニ、カビの菌糸だけを焼き尽くす。

名付けて『熱消毒サーマル・クリーン』。


部屋中に極薄の熱波を行き渡らせる。

ジッ、という微かな音と共に、長年の汚れが瞬時に消滅した。

黒ずんでいた床石は本来の白さを取り戻し、曇っていた窓ガラスはクリスタルのような輝きを放つ。


「ふふ、完璧」


この調子で城中をピカピカにしてやろう。

私はエプロンの紐を締め直し、部屋を出た。


廊下を歩きながら、目につく汚れを片っ端から浄化していく。

蜘蛛の巣は一瞬で灰になり、錆びついた手すりは熱で酸化皮膜が剥がれて新品同様に。

私の魔法、本当に便利だわ。

実家では「火遊び」と馬鹿にされていたけれど、家事スキルとしては最強なんじゃないかしら。


大広間を抜けて、厨房へと向かう。

昨晩のうちにここだけは掃除しておいたが、朝の光で見るとまだまだ改善の余地がある。

だが、まずは腹ごしらえだ。

レオナルド様はまだ起きてこない。

今のうちに朝食の準備をしておこう。


「朝はやっぱり、スキレット料理よね」


私は『収納アイテムボックス』から愛用の鋳鉄製スキレット(六インチ)を取り出した。

キャンプの朝といえばこれだ。

鉄の蓄熱性を活かした、シンプルかつ豪快な焼き料理。


食材は、昨日の残りのコカトリスの卵。

そして、魔境に来る前に市場で買い込んでおいた「オークキングの燻製ベーコン」だ。

これは普通の豚肉ではない。

魔力を帯びたオークの肉を、桜のチップで一週間じっくり燻した逸品だ。

ブロックの状態で保存してあるので、好きな厚さに切ることができる。


「厚さは……そうね、一センチは欲しいわね」


ナイフを入れる。

ずっしりとした手応え。

断面は鮮やかな赤と白のストライプ。

燻製の芳醇な香りが鼻をくすぐる。


かまどに炭を組む。

私の魔法で一瞬で熾火おきびを作る。

五徳の上にスキレットを置き、プレヒート(予熱)を開始する。

白い煙がうっすらと立ち上るまで熱するのがポイントだ。

鋳鉄のフライパンは、十分に熱しておかないと食材がくっついてしまう。


「いい熱さね」


私は油を敷かず、そのままベーコンを投入した。


ジュウウウウウゥッ……!


小気味よい音が厨房に響く。

ベーコン自身の持つ脂が溶け出し、鉄鍋の上で踊り出す。

脂が透明になり、赤身の部分がカリッとしてくるまでじっくりと焼く。

焦げ目がつくかつかないかのギリギリのライン。

ここだ。


ベーコンを端に寄せ、溶け出した黄金色の脂の海を作る。

そこに、コカトリスの卵を割り入れる。


パカッ。


ボトッ、ジュワワワワッ!


白身の縁が、高温の脂で揚げ焼きになり、レースのようにチリチリと泡立つ。

黄身はぷっくりと盛り上がり、鮮やかなオレンジ色をしている。

「フライドエッグ」だ。

目玉焼きには二種類ある。

水を入れて蒸し焼きにするしっとりタイプと、多めの油でカリッと焼くクリスピータイプ。

BBQやキャンプなら、断然クリスピータイプが正解だ。

香ばしさが違う。

白身のカリカリ感と、黄身のとろりとした濃厚さのコントラストを楽しむのだ。


仕上げに、空いたスペースにスライスしたライ麦パンを放り込む。

ベーコンの旨味をたっぷりと吸った脂で、パンをトーストするのだ。

これを「背徳のトースト」と呼んでいる。

カロリーなど気にしてはいけない。

朝だから大丈夫、という謎の理論で自分を納得させる。


最後に粗挽きの黒胡椒をパラリ。

完成だ。


「……ん」


背後で気配がした。

振り向くと、厨房の入り口にレオナルド様が立っていた。

寝癖で黒髪が爆発し、不機嫌そうに目を細めている。

上半身は裸だ。

相変わらず素晴らしい筋肉だが、今の彼は覇気がない。


「おはようございます、レオナルド様」

「……ああ。いい匂いがして目が覚めた。……眩しい」

「朝ですからね」


彼はのっそりとテーブルにつき、頬杖をついた。

どうやら低血圧らしい。

魔境の支配者にも弱点はあるようだ。


「朝ごはんです。熱いうちにどうぞ」


私は木製の鍋敷きの上に、熱々のスキレットを直接置いた。

ジュウジュウという音はまだ続いている。

その音が、レオナルド様の眠気を刺激したらしい。

彼は片目を開け、スキレットの中身を覗き込んだ。


「……なんだこれは。昨日の肉とは違うな」

「『魔王城特製、厚切りベーコンエッグのスキレット朝食』です」


彼はフォークを手に取り、まずはベーコンを突き刺した。

そのまま口へ運ぶ。


カリッ、ジュワッ。


「……ッ!」


レオナルド様の目がカッ! と見開かれた。

覚醒したようだ。


「美味い……! なんだこの塩気と、鼻に抜ける煙の香りは!」

「燻製ベーコンです。炭火で炙ったので、香りが倍増しているんですよ」


ベーコンの塩気は強烈だ。

だからこそ、淡白な卵との相性が抜群なのだ。

彼は次に、半熟の黄身にナイフを入れた。

とろり、とオレンジ色のソースが流れ出し、カリカリに焼けた白身とベーコンに絡みつく。

それをパンに乗せて、一気に頬張る。


「むぐっ……!」


言葉にならない呻き声。

カリカリのパン、ジューシーなベーコン、濃厚な黄身。

それらが口の中で渾然一体となり、暴力的なまでの旨味ラッシュを引き起こす。


「パンが……肉の味がするぞ!?」

「ベーコンの脂を吸わせましたからね」

「天才か……! お前はやはり天才なのか!?」


レオナルド様は猛烈な勢いで食べ始めた。

さっきまでの不機嫌さはどこへやら。

フォークが止まらない。

合間に、私が淹れたてのコーヒーを差し出す。

酸味を抑え、深煎りの豆を使った苦味の強いコーヒーだ。

脂っぽくなった口の中を、ビターな香りがリセットする。


「はぁ……生き返る……」


あっという間に完食し、彼はコーヒーを啜りながら満足げに息を吐いた。


「アリス。俺は数百年生きているが、朝に飯を食ったのは初めてだ」

「えっ、そうなんですか?」

「竜は一度食えば数ヶ月は持つからな。だが……こんなに美味いものなら、毎日でも食いたい」


彼は真剣な眼差しで私を見つめた。


「毎日作れ。三食だ。いや、おやつも入れて四食でもいい」

「ふふ、材料がある限りは作りますよ。あ、そういえば」


私は城の現状について切り出した。


「このお城、少し汚れていますよね。勝手ながら掃除させていただいてもよろしいですか?」

「ああ、好きにしろ。俺は住めれば何でもいいが」

「ありがとうございます。それと、調理器具や食器が足りません。どこか倉庫のような場所はありますか?」


レオナルド様は少し考え込み、首から下げていた鍵を外して私に投げ渡した。


「地下の宝物庫だ。人間たちが『国宝級』とか呼んで置いていったガラクタが山ほどある。金貨も宝石も魔道具も、好きなだけ使え」

「えっ、宝物庫の鍵を!? こんなあっさりと?」

「俺にとっての宝は、今はお前だけだ。お前が快適に過ごせるなら、城ごと燃やして建て直しても構わん」


さらりと重いことを言う。

竜族の求愛行動はスケールが大きすぎて、いまいち現実味がない。

私は「あはは、冗談がお上手ですね」と軽く流し、鍵を受け取った。


「では、お言葉に甘えて。今日はお城の大掃除と、キッチンのリフォームをします!」

「手伝うことはあるか?」

「いえ、レオナルド様はゆっくりしていてください。……あ、でも」


私は思いついた。

強力な物理攻撃力を持つ彼にしかできない仕事がある。


「昼食は『串焼きBBQ』にしようと思うのですが、ちょうどいい串がないんです。裏の森から、鉄のように硬い『アイアンウッド』の枝を数本、へし折ってきてくれませんか?」

「串か。安い御用だ」


彼はニヤリと笑い、立ち上がった。

その背中には、朝の不機嫌さは微塵もなく、むしろ「昼飯のために働く」という強い意志が感じられた。


彼が森へ向かった後、私は一人で地下へと向かった。

渡された鍵は、ずっしりと重い黒金でできている。

地下階段を降り、巨大な扉の前に立つ。

鍵穴に差し込み、回す。


ゴゴゴゴゴ……。


重苦しい音と共に扉が開く。

その先には、目がくらむような光景が広がっていた。


「うわぁ……」


山積みの金貨。

煌めく宝石の山。

壁一面に飾られた伝説の剣や杖。

だが、私の目はそれらには止まらなかった。

部屋の奥、埃を被った棚に置かれた、一式の道具セットに釘付けになったのだ。


「あれは……ミスリル銀の鍋!? こっちはアダマンタイトの包丁!?」


かつて伝説の勇者パーティが置いていったのだろうか。

錆びず、欠けず、魔力伝導率も最高の、夢の調理器具たち。

さらに、氷結石が埋め込まれた『魔導冷蔵庫』まである。


「すごい……! これがあれば、アイスクリームも作れるし、熟成肉も管理できる!」


私は金貨の山よりも嬉しくて、その場で小躍りした。

これで私の料理ライフはさらに加速する。

待っててね、レオナルド様。

あなたの胃袋、二度と他の料理に戻れないように、徹底的に甘やかしてあげるから!


意気揚々とミスリルの鍋を抱え、私は地上へと戻った。


一方その頃、祖国フレイム王国では、朝になっても寒さが厳しく、薄暗い曇天の下で人々が震え上がっていることを、私はまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ