表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強黒竜は私の料理に弱すぎる~追放令嬢の魔境キッチン~  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/15

第12話 魔王の独占欲

城が騒がしい。

俺はテラスの椅子に深く腰掛け、眼下の光景を眺めながらそう思った。


かつて、このドラグニル城は静寂に包まれていた。

俺という災厄の竜が住まう場所。

近づく者は死を覚悟した勇者か、命知らずの冒険者のみ。

それらも俺の咆哮ひとつで塵となり、再び静寂が戻る。

それが数百年続いた日常だった。


だが、今はどうだ。


「おい、そこの窓ガラス! まだ拭き跡が残っているぞ!」

「イエッサー! すぐに磨き直します!」

「庭の草むしり班、配置につきました! アリス様のために花壇を作ります!」

「おう、気合い入れろよ! 昼飯はアリス様の特製サンドイッチらしいからな!」


中庭では、薄汚れた鎧を脱ぎ捨て、作業着(ボロボロの衣服を縫い合わせたもの)を着た男たちが走り回っている。

数日前まで「フレイム王国精鋭騎士団」などと名乗っていた連中だ。

今では完全に、アリスの信者兼、城の清掃員と化している。


本来なら、俺の縄張りに人間ごときが住み着くなど許し難いことだ。

ブレスで焼き払って肥料にするのが竜としての作法だろう。

だが、俺はそれを黙認している。

理由は単純だ。


「レオナルド様〜! 窯の温度、いい感じに上がりましたよ!」


中庭の隅から、明るい声が響いた。

アリスだ。

すすで頬を少し汚し、白いエプロンをつけた彼女が、俺に向かって大きく手を振っている。

その笑顔を見た瞬間、俺の中にある破壊衝動や苛立ちといった負の感情が、春の雪解けのように消え去っていくのを感じた。


アリスが喜んでいるなら、まあいいか。

それに、雑用係がいれば、アリスが掃除や洗濯に時間を割く必要がなくなり、その分、俺のために料理をする時間が増える。

合理的だ。


俺はテラスから飛び降り、ふわりと着地した。

アリスの元へ歩み寄る。


「ご機嫌だな、アリス」

「ええ、ついに念願の『石窯』が完成しましたから!」


彼女が指差した先には、耐火レンガと魔境の赤土で作られた、ドーム型のかまどがあった。

騎士たちが必死に石を運び、アリスが魔法で土を焼き固めて作った即席の石窯だ。

窯の口からは、メラメラと赤い炎が見える。

中で薪が爆ぜる音が心地よい。


「これで何を作るんだ?」

「ピザです! ナポリ風の、本格的な石窯ピザを焼きますよ!」


ピザ。

聞いたことのない料理名だ。

だが、アリスが作るのだ。

間違いなく美味い。

俺の口内に、条件反射で唾液が溢れてくる。

竜としての尊厳が揺らぐほど、俺はこの小さな娘に餌付けされていた。


「生地はもう発酵させてあります。見てください、このモチモチ感」


彼女は作業台の上にある白い塊を指で押した。

ぷにゅ、と柔らかく弾き返される。

小麦粉を練ったものらしいが、パンとは違うのか?


アリスは粉を振った台の上に生地を置くと、手際よく伸ばし始めた。

麺棒は使わない。

指先とてのひらを使い、空中で回転させながら、遠心力で薄く円形に広げていく。

まるで曲芸だ。

あっという間に、直径三十センチほどの綺麗な円盤が出来上がった。


「まずは王道、『マルゲリータ』からいきます」


彼女は生地の上に、真っ赤なソースを塗り広げた。

トマトソースだ。

完熟したトマトを煮詰め、オリーブオイルと塩、そしてニンニクで味を整えたシンプルなソース。

その上に、白いチーズをちぎって乗せていく。

『モッツァレラチーズ』。

水牛の乳から作った、淡白だがミルキーなチーズらしい。

最後に、緑色の葉を数枚散らす。

バジルだ。

赤、白、緑。

鮮やかな色彩が食欲をそそる。


「焼きます!」


アリスは木製のヘラ(パーラーというらしい)にピザを乗せ、勢いよく窯の中へ滑り込ませた。


石窯の内部は、四〇〇度を超える高温になっているらしい。

アリスの『神の劫火』で着火された薪は、理想的な熱対流を生み出している。

俺は窯の口から中を覗き込んだ。


ジュウウウウッ……!


生地の縁が、熱に反応して瞬時に膨らみ始める。

焦げ目がポツポツと現れ、香ばしい小麦の香りが漂ってくる。

チーズが溶け出し、グツグツと沸騰して泡立つ。

トマトソースの水分が飛び、凝縮された旨味の香りが立ち昇る。


「まだだ……まだ早い……」


アリスが真剣な目で窯の中を見つめる。

その横顔は、戦場に立つ戦士のように凛々しい。

ピザ焼きはスピード勝負だと言っていた。

わずか一分半。

その短い時間に、全てを懸ける。


彼女はパーラーを巧みに操り、ピザを回転させ、均一に焼き色をつけていく。


「今!」


サッ、と引き出す。


現れたのは、黄金色の芸術品だった。

コルニチョーンと呼ばれる縁の部分は、こんがりとした狐色に焼け、所々に薪の灰を被ったような黒い焦げ目がついている。

中央では、紅白の海が混ざり合い、トロトロに溶けたチーズがマグマのように輝いている。

バジルの爽やかな香りが、熱気と共に鼻腔を直撃した。


「完成! 焼きたてをどうぞ!」


アリスはピザを木のボードに乗せ、ローラーカッターでザクザクと六等分に切り分けた。

チーズが糸を引き、湯気が立ち昇る。


俺は一切れを手に取った。

熱い。

だが、竜の皮膚を持つ俺には心地よい温度だ。

先端が重みで垂れ下がり、そこからトマトとチーズの雫が落ちそうになる。

それを逃さぬよう、俺は大きく口を開けてかぶりついた。


サクッ、モチッ。


「……ッ!!」


衝撃が走った。

生地の表面は驚くほどクリスピーで香ばしいのに、中は水分を含んでモチモチとしている。

噛み締めた瞬間、小麦の甘みが口いっぱいに広がる。


そして、具材の奔流ほんりゅう

熱々のトマトソースの酸味と甘み。

モッツァレラチーズの濃厚なミルク感とコク。

それらが口の中で混ざり合い、バジルの香りが爽やかな風を吹き込んでいく。

シンプルだ。

肉も魚も入っていない。

なのに、なぜこれほどまでに美味いのか。


「生地が……生きている」


俺は呻いた。

高温で一気に焼くことで、素材の水分と旨味を瞬時に閉じ込めているのだ。

噛むたびに、チーズがキュッキュッと音を立て、トマトジュースが溢れ出す。

飲み込んだ後も、薪の香ばしい余韻が残る。


「どうですか、レオナルド様?」

「……罪だ。これは罪の味だ、アリス」


俺は二切れ目を掴みながら答えた。


「これを一度知ってしまえば、もう普通のパンなど泥と同じだ。お前は俺の舌をどこまで贅沢にすれば気が済むんだ」

「ふふ、最高の褒め言葉ですね。次、『クアトロ・フォルマッジ』いきますよ! 四種のチーズとハチミツのピザです!」


次々と焼かれるピザ。

ゴルゴンゾーラの刺激的な香りと、ハチミツの甘みが絶妙にマッチしたクアトロ・フォルマッジ。

アンチョビとオリーブの塩気が酒を呼ぶシチリアーナ。

そして、半熟卵を乗せて焼き、最後に崩して食べるビスマルク。


俺は無心で食らいついた。

周囲の騎士たちも、アリスから「失敗作(形が歪んだもの)」を恵んでもらい、涙を流して食べている。

平和だ。

ここは魔境の最奥地、死と絶望の地だったはずだが、今は世界で一番幸福な場所かもしれない。


ふと、俺はフォークを止めた。

森の方角から、微弱だが不快な気配を感じたからだ。


『……寒い……腹減った……』


風に乗って、虫の鳴き声のような思考が届く。

クロードだ。

数日前に城から追い出した元王子。

奴はまだ生きていたのか。


俺の感覚センサーが、森の中を這いずり回る小さな熱源を捉える。

奴は森の浅い部分で迷い、寒さと飢えで衰弱しきっている。

魔物に襲われていないのは奇跡に近いが、おそらくあまりに汚らしく、魔物さえもエサとして認識していないのだろう。


「……」


俺はピザの耳を齧りながら、思考を巡らせた。

今すぐブレス一発で消し飛ばすこともできる。

あるいは、アリスに伝えて、トドメを刺しに行くか。


俺は隣で生地を伸ばしているアリスを見た。

彼女は鼻歌を歌いながら、楽しそうに次のピザ(テリヤキチキンらしい)を作っている。

その横顔には、クロードへの未練はおろか、憎しみさえも残っていないように見えた。

彼女にとって、あの男はもう「どうでもいい過去の遺物」なのだ。


ならば、俺がわざわざ話題に出して、この楽しいピザパーティーの空気を濁す必要はない。


「レオナルド様? どうしました?」


アリスが俺の視線に気づき、首を傾げた。


「いや。……ただ、このテリヤキチキンの匂いが、あまりに芳醇だったものでな」

「でしょう? 醤油と砂糖を煮詰めたタレが、マヨネーズと合わさって最強なんですよ」


俺はニヤリと笑い、彼女の頬についた小麦粉を指で拭った。


「そうだな。だが、俺にとって一番の御馳走は、ピザではなく、それを焼いているお前自身かもしれんぞ」

「……またそういうことを! ほら、焼けますから離れてください!」


アリスが顔を真っ赤にして、俺を押し返した。

照れている。

可愛い奴だ。

この反応が見られるなら、森の害虫など放置しておいても構わない。

どうせ、この寒さだ。

放っておけば、遠からず土に還るだろう。

それが、あの男に相応しい末路だ。


「さあ、焼けましたよ! 日本人の心、『テリヤキチキンピザ』です!」


アリスが窯から取り出したピザは、茶色いタレが焦げて輝き、マヨネーズが網目状にかかっている。

刻み海苔が散らされ、和風の香りが漂う。


俺はそれを受け取り、大きく口を開けた。

甘辛いタレ。

ジューシーな鶏肉。

そしてマヨネーズのコク。

これらが口の中で暴れ回る。

美味い。

やはりアリスは天才だ。


その時、森の奥で「ギャアアアッ!」という短い悲鳴が聞こえた気がした。

おそらく、クロードが雪穴にでも落ちたか、あるいは野良犬にでも噛まれたか。

俺は咀嚼する音でその悲鳴をかき消し、冷たいエールで流し込んだ。


知らぬ。

俺の耳には、アリスの楽しげな声と、ピザが焼ける音しか届かない。


「アリス」

「はい?」

「次はデザートピザだ。チョコレートとバナナ、そしてマシュマロを乗せろ」

「うわぁ、カロリー爆弾ですね。……了解です、最高に甘いやつを作ります!」


アリスが笑う。

俺も笑う。

騎士たちが「アリス様バンザイ!」と合唱する。


魔境の午後は、甘く、香ばしく、そして温かい。

俺はアリスの腰を引き寄せ、自分の膝の上に乗せた。

彼女は「重いです!」と抗議したが、俺は離さない。


「俺のピザだ。俺が一番美味い状態で食う」

「それ、ピザのことですか? 私のことですか?」

「両方だ」


俺は彼女の耳元で囁き、そして甘いチョコレートピザを口移しで食べさせた。

アリスの顔が茹でダコのように赤くなるのを見て、俺は満悦した。


世界がどうなろうと知ったことか。

俺の世界は今、この中庭で完結しているのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ