表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強黒竜は私の料理に弱すぎる~追放令嬢の魔境キッチン~  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

第10話 断罪の広場

「さむッ……! さ、寒い……!!」


王宮前広場。

雪が降りしきる中、半裸の男の悲鳴がこだました。

フレイム王国第一王子、クロード殿下である。

レオナルド様の指パッチン一つで、彼の着ていた最高級のガウンや軍服は灰となり、今はシルクのパンツ一枚というあられもない姿を晒している。


本来なら悲劇的な光景のはずだが、不思議と喜劇にしか見えない。

彼が今まで私に向けてきた冷たい仕打ちを思えば、因果応報という言葉がこれほど似合う状況もないだろう。


「アリス! なんだその目は! 貴様、笑っているのか!?」


クロード殿下がガチガチと歯を鳴らしながら、私を指差した。

その指先は紫色に変色し始めている。


「滅相もございません。あまりに寒そうなので、心配しているのです」


私は無表情で答えた。

嘘ではない。

人間、極度の低体温症になると幻覚を見るというし、彼の頭がこれ以上おかしくならないか心配ではある。


「貴様……! 今すぐその化け物に命じて、僕に服を着せろ! そして暖炉に火をつけろ!」

「断る」


答えたのは私ではなく、レオナルド様だった。

彼はクロード殿下を見下ろし、ゴミを見るような目で鼻を鳴らした。


「俺はアリスの番であり、下僕ではない。貴様ごときが指図するな」

「ひぃッ……!」


レオナルド様が一歩近づくと、クロード殿下は情けなく尻餅をついた。

冷たい雪がお尻に直撃し、さらに体を震わせる。


その時、バルコニーから慌ただしい足音が近づいてきた。

衛兵に守られながら広場に出てきたのは、国王陛下だった。

分厚い毛皮のコートを着込んでいるが、その顔色は土気色だ。


「ま、待ってくれ! 黒竜公爵よ!」


国王陛下が叫んだ。


「余はフレイム国王だ! 息子の非礼は詫びる! だが、これ以上の狼藉は許さん! 我が国には騎士団も魔導師団もいるのだぞ!」


国王の合図で、広場を取り囲んでいた兵士たちが一斉に槍を構えた。

屋根の上には魔導師たちが杖を向けている。

数百対二。

普通なら絶体絶命の包囲網だ。


しかし、レオナルド様はあくびをした。


「騎士団? 魔導師団? ……ああ、あの焚き火にもならないマッチ棒どものことか?」


彼は軽く右手を払った。

ただそれだけの動作。

魔法ですらない、単なる風圧。


ドオオオオオオッ!!


暴風が巻き起こった。

構えていた兵士たちは木の葉のように吹き飛び、屋根の上の魔導師たちは雪崩のように転がり落ちた。

一瞬で、包囲網が崩壊する。


「な、なんだと……!?」


国王陛下が腰を抜かした。

これが、最強種の実力。

国一つを滅ぼせると言われる伝説の竜にとって、人間の軍隊など蟻の群れに等しい。


「さて、王よ。貴様らの国の『火』が消えた理由を、まだ理解していないようだな」


レオナルド様は私の肩を抱き寄せ、国王たちの前に突き出した。


「このアリスこそが、貴様らの国を支えていた『炉』そのものだ。彼女の追放により、契約は破棄された。貴様らは自らの手で、ライフラインを切断したのだ」


「そ、そんな馬鹿な!」


クロード殿下が叫んだ。


「アリスの魔法は『着火』だけだ! ただ火をつけるだけの無能だぞ!? そんな女に、国全体を温める魔力などあるはずがない!」

「そうだ! あたくしもそう思いますわ!」


後ろで震えていたミランダも便乗した。

彼女は私を睨みつけながら、必死に自分を正当化しようとしている。


「あたくしの方が魔力は高いはずです! アリス様なんて、いつもすすだらけで、料理ばかりしていた卑しい女じゃありませんか!」


「……卑しい、か」


レオナルド様の空気が変わった。

温度が下がる。

物理的に、周囲の雪が氷へと変わっていく。


「アリスの料理を、卑しいと言ったな?」


あ、これマズい。

地雷を踏んだ。

レオナルド様にとって、私の料理への侮辱は、自分への侮辱よりも重罪だ。


「アリス。あれを見せてやれ」

「あれ、ですか?」

「お前の『火』だ。この愚か者たちに、格の違いを教えてやれ」


彼はニヤリと笑った。

なるほど、実演販売ということですね。

私はため息を一つつき、一歩前へ出た。


「では、少しだけ。……『神の劫火ゴッド・イグニッション』、限定解放」


私は指先を天に向けた。

魔力を練り上げる。

今までは隠していたけれど、もう遠慮はいらない。

私の魔力回路を全開にする。


ボッ。


指先に灯ったのは、小さな火種だった。

クロード殿下が鼻で笑う。


「なんだそれは! やはりマッチ棒ではないか!」


「……展開」


私は囁いた。

その瞬間。


ズゴオオオオオオオオオオッ!!!


小さな火種が、爆発的に膨張した。

それは天を焦がす巨大な火柱となり、雲を突き抜け、王都の上空に太陽のような熱球を作り出した。

一瞬にして、広場から雪が消える。

石畳が乾き、周囲の気温が急上昇する。

真冬から真夏へ。

いや、灼熱の砂漠へ。


「あ、あつい……!?」

「な、なんだこの熱量は!?」


兵士たちが鎧を脱ぎ捨て、魔導師たちが杖を取り落とす。

クロード殿下もミランダも、汗だくになってへたり込んだ。


「これが私の『着火』です。対象の燃焼効率を極限まで高め、万物をエネルギーに変える力。今までこの国の聖火台に注いでいたのは、この力のほんの残り・・・ですよ」


私は淡々と告げた。

炎を制御し、私たち(とレオナルド様)の周囲だけを適温に保ちつつ、クロード殿下たちの周りだけサウナ状態にする。

嫌がらせの微調整も完璧だ。


「う、嘘だ……こんな……こんな力が……」


クロード殿下は絶望の表情で私を見上げた。

信じたくない現実。

自分が見下していた「無能」が、実は国を支える「神」だったという事実。

それが今、圧倒的な熱量となって彼を焼いている。


「アリス様……! アリス様だ!」


広場の外から、民衆の声が上がった。

暴動を起こしかけていた人々が、柵を乗り越えて雪崩れ込んできたのだ。


「この温かさ……間違いねえ! アリス様が戻ってきてくれたんだ!」

「おお、アリス様! どうか我々をお救いください!」

「あの馬鹿王子が追放したせいで、俺たちは凍え死ぬところだったんだ!」


民衆の手のひら返しは早かった。

彼らは私に向かって祈りを捧げ、そしてクロード殿下たちに向かって石や雪玉を投げ始めた。


「国賊め!」

「王子を捕らえろ!」

「無能はどっちだ!」


「ひぃっ! やめろ! 僕はこの国の王子だぞ!」

「きゃああっ! 服が汚れるじゃない!」


クロード殿下とミランダは、民衆の怒りの波に飲み込まれていく。

王である父に助けを求めるが、国王自身も民衆の殺気に怯え、柱の陰に隠れている始末だ。

統治機能の完全な崩壊である。


「……ふん。見苦しい」


レオナルド様は興味を失ったように吐き捨てた。

そして、私の方を見て、少し期待したような顔をした。


「アリス、喉が渇いたな」

「あ、そうですね。私も少し小腹が空きました」


私はリュックを下ろした。

周囲が阿鼻叫喚の地獄絵図となっている中で、私たちは優雅にティータイムを始めることにした。

これが一番の「ざまぁ」になるからだ。

余裕を見せつけることこそ、最大の復讐である。


取り出したのは、保温機能付きの魔法瓶と、二つの木製カップ。

蓋を開けると、ふわりと甘い香りが漂った。


「これは?」

「『超濃厚コーンポタージュ』です。魔境のトウモロコシ『ゴールドラッシュ』を裏ごしして、生クリームとバターをたっぷり使いました」


トポトポトポ……。

黄金色の液体をカップに注ぐ。

湯気が立ち昇る。

その香りは、殺伐とした広場にはあまりにも不釣り合いなほど、平和で、甘美なものだった。


「クルトンの代わりに、カリカリに焼いたベーコンビッツを浮かべますね」


パラパラとトッピング。

私はレオナルド様にカップを手渡した。


「いただきます」

「……うむ」


私たちは並んでスープを口にした。


「……ッ」


濃厚だ。

トウモロコシの自然な甘みが、口の中で爆発する。

生クリームのコクが全体をまろやかに包み込み、バターの塩気がアクセントになっている。

そして、時折カリッと弾けるベーコンの旨味。

冷え切った(はずの)体に、温かさが染み渡る。

まあ、私は最初から寒くなかったけれど、精神的な温かさが違う。


「美味い。……やはりお前の料理は、心を溶かすな」


レオナルド様がほうっと息をつく。

その吐息は白く、甘い香りがした。


その光景を、民衆に揉みくちゃにされていたクロード殿下が見ていた。

彼はあざだらけの顔で、私たちを呆然と見つめていた。

口の端からよだれ……いや、空腹による胃液が垂れている。


「ス、スープ……」


彼がかすれた声で呟いた。


「温かい……スープ……よこせ……」


彼は這いつくばって、こちらへ手を伸ばした。

王族の誇りもプライドもない。

ただの、飢えた哀れな男だ。

かつて高級レストランで「冷たい」と料理をひっくり返していた彼が、今は一杯のスープを求めて泥を這っている。


私はカップを持って、彼の方へ歩み寄った。

彼は期待に目を輝かせた。


「ア、アリス……やはりお前は優しい……僕を愛して……」

「殿下」


私は冷徹に見下ろした。

そして、残っていたスープを飲み干した。


ゴキュッ、プハァ。


「……美味しい」


私はわざとらしくカップを逆さまにした。

一滴、残りのしずくが地面に落ち、ジュッと音を立てて蒸発した。


「残念。売り切れです」

「あ……あぁ……」


クロード殿下の目から光が消えた。

彼はガクリと崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

気絶したようだ。


「……行くぞ、アリス」


レオナルド様が私の肩を抱いた。


「この国にはもう、用はない。俺たちがいるべき場所はここではない」

「そうですね。食材も現地調達できましたし(カツサンドのこと)、帰りましょうか」


レオナルド様は再び巨大な黒竜の姿へと戻った。

私もその背中に飛び乗る。

民衆たちが「待ってください!」「行かないで!」と叫ぶが、もう遅い。

私は一度捨てられたのだ。

都合よく戻るつもりはない。


『さらばだ、愚かな人間ども』


黒竜が翼を広げた。

その風圧で、王宮の屋根瓦が全て吹き飛ぶ。

私たちは空高く舞い上がった。


眼下には、再び雪に閉ざされつつある王都が見える。

私が消した残り火が尽きれば、今度こそ永遠の冬が訪れるだろう。

クロード殿下とミランダがどうなるか。

王家がどう責任を取らされるか。

それはもう、私の知ったことではない。


「さあ、帰りましょう! 今夜はシチューにしませんか?」

『いいな。肉をたっぷりと入れろ』

「ホワイトシチューもいいけど、ビーフシチューも捨てがたいですね」


私たちは楽しげに会話をしながら、魔境の空へと消えていった。

後ろを振り返ることは、一度もしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ