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最強黒竜は私の料理に弱すぎる~追放令嬢の魔境キッチン~  作者: 九葉(くずは)


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第1話 史上最低の婚約破棄

夜中にお腹空かせながら書きましたー!

飯テロ注意です!笑

「アリス・バーネット! 貴様との婚約を、この場で破棄する!」


王宮の大広間。

シャンデリアが煌めく舞踏会の最中、耳をつんざくような怒声が響き渡った。

声の主は、このフレイム王国の第一王子、クロード殿下だ。


金髪をオールバックにし、仕立ての良い白の軍服に身を包んだ彼は、本来ならば見目麗しい王子様のはずである。

しかし今の彼は、顔を真っ赤にして青筋を立て、まるで癇癪を起こした子供のようだった。

彼の隣には、小柄な少女がへばりついている。

ピンク色のドレスを着た男爵令嬢、ミランダだ。

彼女は私の顔を見て、大げさに身を震わせてみせた。


「きゃっ、怖い……。クロード様、アリス様が睨んでいますぅ」

「大丈夫だ、僕の愛しいミランダ。この性悪女には指一本触れさせない!」


私は瞬きをした。

睨んでなどいない。

ただ、目の前のテーブルに並んだローストビーフが、焼きすぎてパサパサになっているのを残念な気持ちで見つめていただけだ。

もう少し低温でじっくり火を通せば、赤身の旨味を閉じ込められたのに。


「おい、聞いているのか! この役立たずの『着火係』が!」


クロード殿下が私の目の前まで歩み寄り、手に持っていたワイングラスの中身を、私のドレスにぶちまけた。

冷たい液体が、薄紫のシルクを赤黒く染めていく。

周囲の貴族たちから、ヒッと息を呑む音が漏れた。


「……殿下。これはどういうおつもりでしょうか」


私はハンカチを取り出し、ドレスのシミを軽く押さえながら尋ねた。

声は震えていないはずだ。

むしろ、抑揚を消すのに必死だった。

ここで笑い出してはいけない。

まだ、耐えるのだ。


「どういうつもりも何もあるか! 貴様のような無能は、次期王妃にふさわしくないと言っているんだ!」


クロード殿下は勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「貴様の魔法適性は『着火』のみ! マッチ一本程度の火しか出せない出来損ないだ。我が国は『炎の王国』。強大な火力を操る者こそが尊ばれる。貴様のような、暖炉の火付け役しかできない女など、王家の恥さらしなのだよ!」


知っている。

この国では火の魔法の強さがステータスだ。

爆発魔法や火炎放射のような派手な魔法が使える者が優遇される。

対して私の魔法は、指先に小さな火を灯すだけ。

実家の公爵家でも「面汚し」と罵られ、使用人以下の扱いを受けてきた。


「それに比べてミランダは素晴らしい。彼女には『癒やし』の力がある。僕の疲れを優しく癒やしてくれる、真の聖女だ」


ミランダが殿下の腕に胸を押し付け、媚びるような上目遣いを送る。

癒やしの力?

私が知る限り、彼女が使っているのは単純な幻惑魔法の一種だ。

男の判断力を鈍らせ、気分を高揚させるだけの媚薬のようなもの。

けれど、今の殿下に何を言っても無駄だろう。


「アリス、貴様を国外追放とする! 行き先は北の魔境『グラトニー』だ!」


会場がざわめいた。

魔境グラトニー。

強力な魔物が跋扈し、有毒な瘴気が漂う死の土地。

普通の人間なら、足を踏み入れて一時間と持たずに命を落とすと言われている場所だ。

それは実質的な死刑宣告だった。


「……本気ですか?」

「当然だ! 今すぐ出て行け。荷物をまとめる時間などやらん。その汚れたドレスのまま、魔物の餌になるといい!」


クロード殿下は下卑た笑みを浮かべ、私の胸元に手を伸ばした。

ブチッ、と乱暴な音がして、首にかけていたペンダントが引きちぎられる。

亡き母の形見である、小さなルビーのネックレスだ。


「ああっ!」

「これはミランダへの慰謝料として没収する。貴様がいじめたせいで、彼女は心を痛めたのだからな」

「素敵ですぅクロード様! ちょうど新しいアクセサリーが欲しかったんです!」


ミランダが私の母の形見を奪い取り、自分の首に当てる。

私は拳を握りしめた。

怒りで体が震える……わけではない。

これは、武者震いだ。


(やった……!)


私は心の中でガッツポーズをした。

ついに、この時が来た。

役立たずと罵られる実家での生活。

高慢ちきな王子のご機嫌取り。

堅苦しい王妃教育。

それら全てから、今この瞬間、解放されたのだ。


「承知いたしました」


私は深く頭を下げた。

顔を上げた時、私の表情は晴れやかだったに違いない。

クロード殿下が「なんだその顔は」と不審げに眉を寄せるのを無視し、私は踵を返した。


さようなら、美味しいご飯ひとつ満足に作れない石頭の国。

私は行くわ。

未知の食材と、自由な火遊びが待つ楽園へ!



王都から馬車で揺られること三日。

国境の砦の前に、私は放り出された。

護送してきた騎士たちは、私を憐れむような、あるいは厄介払いができたと安堵するような目で見ていた。


「ここから先は魔境だ。生きて帰れるとは思わないことだな」

「ご苦労様でした」


私は笑顔で手を振り、重厚な鉄の門が閉まるのを見送った。

分厚い扉が閉じた瞬間、私は大きく伸びをした。


「ん〜〜〜っ! 自由だー!!」


叫び声が荒野に吸い込まれていく。

空はどんよりとした紫色の雲に覆われ、空気はピリピリと肌を刺す。

これが瘴気というやつだろう。

普通の人間なら呼吸をするだけで肺が焼けるらしいが、私には関係ない。

なぜなら、私の『着火』魔法の本質は『燃焼の制御』だからだ。

肺に入ってくる瘴気を、体内で瞬時に燃焼させ、無害なエネルギーに変換している。

むしろ、体がポカポカして調子が良い。


「さて、まずは拠点設営ね」


私は周囲を見渡した。

岩と枯れ木ばかりの殺風景な荒野。

だが、私の目には宝の山に見える。

手頃な大きさの石を集め、平らな場所を確保する。


「『収納アイテムボックス』、展開」


虚空に手をかざすと、亜空間への入り口が開く。

そこには、前世の私が給料の全てを注ぎ込んで集めた、愛しのキャンプギアたちが眠っていた。

公爵家の倉庫からこっそりくすねておいた最高級の木炭。

厳選した調味料の数々。

そして、私の相棒である、黒鉄の焚き火台。


手際よくテントを張り、チェアを組み立てる。

前世、ブラック企業で働いていた私にとって、週末のソロキャンプだけが生きる支えだった。

異世界に転生してからも、いつかこうして自由にキャンプをすることだけを夢見て、準備を進めてきたのだ。

まさか婚約破棄という形で実現するとは、人生何があるか分からない。


「準備完了。……と、お腹が空いたわね」


ぐぅ、と可愛くない音が鳴る。

王都からの移動中、硬いパンと干し肉しか与えられなかった。

今の私は、極限の空腹状態だ。

この状態で何を食べるか。

それはもう、決まっている。


ガサガサッ!


近くの茂みが激しく揺れた。

現れたのは、軽自動車ほどもある巨大な猪だ。

『ビッグボア』。

魔境の下級魔物だが、その突進は岩をも砕くという。

血走った赤い目を光らせ、牙を鳴らしてこちらへ突っ込んでくる。


「ブモォォォォッ!」


地響きを立てて迫る殺意の塊。

しかし、私の目には「食材」というラベルしか見えていなかった。

脂の乗り具合、筋肉の締まり方。

最高だ。

あれは絶対に美味い。


「『着火イグニッション』」


私は指を鳴らした。

パチン、という乾いた音が響く。

魔法を発動させた場所は、ビッグボアの延髄。

神経の中枢に、針の先ほどの極小の火種を生み出し、一瞬で焼き切る。

苦しむ暇も、暴れる暇も与えない。

ビッグボアは走る勢いのまま、糸が切れたようにどうと倒れ、私の目の前でズザザザと滑って止まった。


「ふふ、食材ゲット。血抜きも魔法で瞬時に終わらせるわよ」


心臓のポンプ機能が停止する直前、血管内の血液だけを沸騰させて蒸発させる。

これも精密な火力調整ができる私ならではの技だ。

臭みを残さず、肉の旨味だけを残す。

ナイフを取り出し、手早く皮を剥ぎ、ロース肉を切り出す。

美しいピンク色の赤身に、雪のような脂が網目状に入っている。

霜降りだ。

魔境の過酷な環境で育った魔物は、栄養を脂として蓄え込むため、極上の味になると本で読んだことがあるが、本当だったらしい。


「よし、始めましょう。私の、私のための、極上BBQを!」


焚き火台に炭を組む。

ただ無造作に置くのではない。

中央を高く、周囲を低く。

空気の通り道を計算し、上昇気流を生み出す配置にする。

着火剤はいらない。

私の指先から放たれる『神の劫火』があれば、備長炭への着火など一瞬だ。


ボッ。


赤々と熾った炭が、パチパチと小気味よい音を立てる。

炭の表面が白くなり、炎が落ち着いた頃合い。

これが「熾火おきび」の状態。

遠赤外線が最も放出される、焼きのゴールデンタイムだ。


私は分厚く切ったビッグボアのロース肉を取り出した。

厚さは贅沢に三センチ。

表面に、格子状の隠し包丁を入れる。

これで火の通りが良くなり、食感も柔らかくなる。

味付けはシンプルに。

岩塩を高い位置から振りかけ、挽きたての黒胡椒をたっぷりとまぶす。


そして、肉を網の上へ。


ジュウゥゥゥゥゥッ……!


これだ。

この音だ。

肉の水分と脂が熱せられた網に触れ、爆ぜる音。

世界で最も美しい音楽が、魔境の静寂を破る。


立ち昇る煙と共に、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

脂が炭に落ちるたび、ジュッ、ジジッという音と共に白い煙が上がり、肉を燻していく。

炭火焼きの醍醐味は、この「燻煙効果」にある。

落ちた脂の煙が肉にまとわりつき、フライパンでは絶対に出せない野生的な香りを付加するのだ。


「まだ……まだよ……」


焦ってはいけない。

肉の側面をじっと見つめる。

赤かった肉の色が、下から徐々に白く変わっていく。

肉の表面に透明な肉汁が浮き出てきた瞬間。

そこが、返すタイミングだ。


トングで肉を掴み、ひっくり返す。


ジュワアァァァッ!


完璧な焼き目。

こんがりとした狐色に、網の跡がくっきりとついている。

メイラード反応。

アミノ酸と糖が熱によって結びつき、旨味の爆弾へと変化した証拠だ。

反対側もサッと焼き、私は仕上げに取り掛かった。


アルミホイルで作った即席の小皿を網の端に置く。

中にはバターと、すりおろしたニンニク。

グツグツとバターが溶け、ニンニクの香りが立ち上る。

そこに、とどめの醤油を数滴。


ジュウッ!


焦がしニンニクバター醤油。

暴力的なまでの食欲増進の香りが、周囲一帯を支配した。

焼き上がった肉を、このソースにくぐらせる。

肉の熱でバターがさらに溶け、テラテラと輝く黄金色のソースが、ステーキ全体をコーティングしていく。


「いただきます!」


もはや我慢の限界だった。

私は熱々の肉にかぶりついた。


ガリッ、サクッ。

表面のクリスピーな食感の直後、奔流のような肉汁が口の中に溢れ出した。


「んんっ〜〜〜〜!!」


思わず変な声が出る。

なんだこれ、美味すぎる。

噛めば噛むほど、濃厚な脂の甘みと、赤身の力強い旨味が広がる。

猪肉特有の臭みは全くない。

あるのは、大地を駆け回った生命のエネルギーそのものだ。

そこに、ニンニクのパンチとバターのコク、醤油の香ばしさが加わり、味覚中枢をダイレクトに殴りつけてくる。

炭の香りが鼻に抜け、野趣溢れる余韻を残す。


「美味しい……! 今まで食べたどんな高級肉より美味しい!」


王宮の晩餐会で出される冷めた料理など、足元にも及ばない。

これぞ、BBQ。

これぞ、生きた証。

私は夢中で肉を頬張った。

口の周りを脂で汚すことも気にせず、三〇〇グラムはあろうかというステーキを、あっという間に平らげていく。


「ふぅ……最高」


最後の一切れを飲み込み、私は至福の溜息をついた。

これだ。

私が求めていたのは、この自由と美味だったのだ。

クロード殿下、本当にありがとう。

あなたのおかげで、私は今、世界一幸せよ。


そんなことを考えていた、その時だった。


『……ほう』


不意に、頭上から低い声が降ってきた。

風が止まる。

周囲の空気が、急激に重くなった気がした。

私はゆっくりと顔を上げた。


そこにいたのは、人ではない。

闇夜を切り取ったような、漆黒の鱗を持つ巨大な竜。

金色の瞳が、爬虫類特有の縦長の瞳孔を収縮させ、じっと私を見下ろしていた。


いや、正確には私ではない。

竜の視線は、私の目の前にある、肉汁とソースが残った空の皿に釘付けになっていた。


『人間よ。その芳しい匂いの元は……貴様が作ったのか?』


口元から、ダラリと大量の涎が垂れているのを見て、私は確信した。

こいつ、腹ペコだ。

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