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第五十六話 それぞれの心

 キミがついた嘘は

 優しい嘘、気遣った嘘


 オレのことを思ってかもしれないけど……

 本当のことを聞きたかったよ

☆百合


 次の日の朝。雲に覆われた空。雲と雲の間から入射光が所々に差している。山の上からみる入射光は空から天使でも降りてくるのかというくらいに幻想的で美しい。

 少し早めに登校し教室に入ると、羽柴が外を見て席に座っていた。

「おはよう、羽柴」

「百合君、おはよう。って、ど、どうしたの? その怪我……」

「ぼーっとして歩いていたら転んだ」

「百合君はどこでも寝るからな~歩きながら寝てたってこと?」

「まあ、そんな感じだ」

「ダメだよ、危ないよって。もう遅いか。ほんと気をつけなきゃだよ」

「そうだな」

 いつもの羽柴だ。だけどいつものニコニコ顔が無理して笑っているように見える。

「おはようございます。羽柴君、お久しぶりですね。体調は良くなりましたか」と音春が声をかける。

「あ~心配かけてごめん。オレは元気だよ、それより百合君が……」

「星咲君、その怪我どうしたんですか? 大丈夫ですか」

「諸君、おはよう……百合君、どうした! さては……悪の組織の秘密を知り、襲われたのか?!」と響空は喋り方、声のボリューム、リアクションがまるでミュージカル俳優のように非常にわかりやすい反応をみせる。

「いや、普通に転んだ」

「そうか、残念だ」と響空は心配より内容が気になるようだ。

「柊……アホなこといってないで心配しろよ」と羽柴が響空の頭をど突く。

「百合君、俺にできることはなんでもする。なんでもいってくれ」

 響空は真剣な眼差しで俺の手を取り、力強く握る。

「響空君、ありがとう。でも大丈夫だから」


 チャイムが鳴りホームルームが始まる。

 羽柴が目の前にいる……いつもの日常が戻った気がした。それから数日が経ち……いつもの日常が戻り……羽柴の兄貴の忠告のことはすっかり忘れてしまっていた。




* * *

 数日後の放課後。空は雲に覆われ、燕たちが飛んでいく。

 羽柴たちは授業が終わるといつも通りに練習場に向かっていった。

 今日は天気も悪いし、雨が降る前に寮へ帰ることにした。ふと、羽柴の机の下に練習用の靴が入った袋が落ちているのを見つける。急いで部活に向かって忘れていったのだろう。使うかもしれないと思い、練習場に羽柴の靴を持っていくことにする。

 練習場へ向かう途中に紅葉が綺麗な公園があり、カラフルで鮮やかな色に少し見とれていた。ポツポツと雨が降り始め、俺は持っていた折りたたみ傘を広げる。

「なに、黄昏てるの。キモいんだけど……」

 後ろを振り返ると羽柴の兄貴が目を見開き、にやけた顔をしてこちらを見ていた。

「オレの話さ~ちゃんと聞いてなかったの? 葵に近づくなって言ったよね……」

 俺は恐怖でいっぱいになり動けないでいる。

「ね~ってば、聞いてるの? ね~。なんでさ、葵の靴を手に持っているんだろうか」

 羽柴の兄は俺が持っている靴の袋を奪おうとする。俺はとっさに袋を抱え、公園の中に走って逃げる。


 雨は小ぶりから大雨に変わっていく。

「なんで逃げるの~ちゃんと話しようよ~ね~」と言いながらゆっくりと近づいてきて、羽柴の兄は俺の腕を掴み、一本の紅葉の木に追い詰める。

「ちゃんと~約束守ってくれないと~っていったよね!!」

 羽柴の兄は鬼の形相で俺を睨みつけ、木を殴りつける。

「兄貴!」

 声が聞こえたほうを向くと、俺の落とした傘を手に持った羽柴が立っている。

「あれ~葵! どうしたの? 雨の中、傘もささないで~」

 羽柴の兄はさっきの殺気立った顔から穏やかな表情になる。

「百合君の傍から離れろ」と羽柴は目を見開き、羽柴の兄を睨みつける。

「あ~だってこの子がさ、葵の靴持っていたから返してもらおうとしてたんだよ~」

「いいから、今すぐオレの目の前から消えろ」

「消えろだって~百合君」

「百合じゃない、兄貴が……樒が今すぐオレの前から消えろ」

「え~だからさ~」

「うるさい、早く消えろ」

「はいはい、わかりましたよ~」

 羽柴の兄は羽柴の方へ歩いていき、横で止まり少し話をして去っていく。

 羽柴は涙を流しながらその場で立ち崩れる。俺はそんな羽柴のもとへ行き、傘をさす。

「羽柴……」

 呼んでも反応がない……。羽柴の肩を揺する。

「羽柴? 羽柴?」

「……り……くん……ごめん」と羽柴は目から大粒の涙を流す。

「どうした? なにがあった」

「百合君が怪我したの……兄貴のせいだったんだな……ごめん……本当にごめん……」

「この怪我は……前にも言った通り、転んだだけだ」

「でも……今……兄貴が……自分がやったって……」

「羽柴の兄貴のせいじゃない……」

 俺はとっさに嘘をついてしまった。

 今、嘘をつかないと羽柴がまたいなくなってしまいそうだったから。

「雨、強くなってきたし……寮へ帰ろう」

「……ごめんなさい。ごめんなさい」

「とりあえず帰るぞ」と羽柴の腕を抱え歩きだす。




* * *

 次の日。

 昨日から雨は止まず降り続ける。羽柴はまた学校に来なかった。


 その次の日。

 雲に覆われた空。たまに太陽が雲の隙間から顔をのぞかせる。

 羽柴の寮の部屋を訪ねた。羽柴のルームメイトから羽柴はもう学校へ向かったと言われ、俺も足早に学校へ向かう。結局、羽柴には会えずにいつもより少し早く教室に到着する。

 すると羽柴は窓を開け、空を眺めていた。

「羽柴、おはよう。早いな」

「百合君、おはよう。百合君こそ早くない? やっと雨止んだね~」

 羽柴は振り向きニコニコした笑顔を見せ、また空を眺め始める。

 いつもの羽柴?

 羽柴の兄貴とあった日から、羽柴と話す時間がなかった。

「あの、羽柴……」と名前を呼ぶと羽柴は振り向く。

「羽柴、おはよう。昨日はどうしたんだよ~最近休みがちだな~病弱か~似合わね~」

 クラスメートが羽柴に話しかけ、俺はまた羽柴と話すタイミングを逃してしまう。


 それからの何日も話す機会がなく、時間だけが過ぎていく。

 羽柴は学校に毎日来るようにはなったが……前と少し違う感じがする。気のせいだろうか……。いつも大事な時にタイミングが合わない……。癖でタイミングを待ってしまっているからいけないのか……待つのではなく自分から作らないと……明日こそは……。

お読みいただきありがとうございました!

次回もよろしくお願い致します!

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