第十九話 迷子
気が付いていないんじゃない
キミの傍にはたくさんのヒーローがいるってことに
そしてキミも誰かのヒーローなんだよ
☆百合
試合会場から少し離れた場所ではお祭りのような出店が立ち並び多くの人が行き交っている。出店でペットボトルの飲み物を買って羽柴たちのいた場所へ急ぐが迷子になってしまった。
あれ……羽柴たちがいる場所がわからなくなったな……目印となるものを見つけておけば良かった……今更だが失敗したな……。キョロキョロと帰り道を探していると羽柴が歩いているのを遠くに見つけるが女性に腕を掴まれているようだ。羽柴……何をやっているんだ。というか何かやったのか。
俺は少し小走りで羽柴の元に急ぎ、羽柴の目の前で立ち止まる。
「おい、羽柴……何を……」
「ん、あれ~君は確か~」
羽柴の顔をした、でも羽柴とは少し違う雰囲気と声のトーンがする?
あれ、人違い……?
「百合君~」
後ろを振り向くと、もう一人の羽柴が息を切らしながらやってくる。
「羽柴」
「ね~ね~君さ~」と偽物の羽柴が話しかけてくる。
「兄貴、急いでるんだろ! 早く準備しないと始まるよ」と羽柴は少し焦ったようないつもより低い声、少し早い口調で話す。
「弟君は本当にいい子だね、それに比べて樒ときたら」
「え~だって話しかけられたんだよ~無視するわけにはいかないよ~ね~」
「言い訳はいいから行くよ」
「撫子~」
偽物の羽柴は笑顔でこちらに手を振りながらズルズルと引きずられていく。
★葵
兄貴とまた鉢合わせとかついてないな。
「百合君、遅いよ~どこまでいってたんだよ~」
「あ、ごめん。ちょっと迷子になってしまって。さっきの人は羽柴のお兄さんなんだ? 俺……羽柴にあまりにも似ていたから間違って声をかけてしまった。というか女性に引っ張られていたから何かやらかしたのかと心配した」と百合は眉を下げ笑う。
「え~なにそれ~オレが女性になにするっていうんだよ~」と百合の背中を軽く叩き、笑う。
「あ、でも見た目はそっくりで喋り方も似ていたけど、雰囲気が全然違うね、なんかすごく威圧感を感じた。顔は笑っているのに心では笑ってない感じがした。ちょっと怖かったな。ってお兄さんのこと悪くいってごめん……」
兄貴は本当に器用で完璧で誰からも好かれて褒められる。自分の周りにいる人を全て味方にできるフェロモンみたいなものでも振りまいているかのように、兄貴のことはみんな好きになる。そんな兄貴を怖いといった百合。オレは兄貴の本当の姿を知っている。百合に兄貴の振りまくものがかからなくてよかったと心から安心する。
「あ~いいよ~オレは兄貴のことが苦手ってか、正直嫌いだし? オレも思ってることだし、なんか共感できて嬉しいよ~」
百合と同じ気持ちが嬉しくて、兄貴が苦手と初めて人前で言ってしまう。
「そうそう、兄貴達も試合にでるらしくてさ~せっかくだし観戦しよ~。ということで、早くみんなのとこに戻ろう」
オレは百合の手を引っ張り、走ってみんながいる場所へと急ぐ。思わず心の奥に閉まっていた言葉を言ってしまった。百合は気にしてしまうだろうか。今は百合の顔をまともに見ることができない。
キーン。頭を剣で貫かれたような鈍痛。喉の奥から何かが生まれて蠢いているような違和感。すごく気持ちが悪い。このオレの中にいる生き物を吐き出したい……でも今はダメだ。オトは聞こえなくてもいい、コトバも今は聞こえなくていい。目にみえるものはそのままでいてくれ。みんながいる場所へたどり着いたら何も見えなくなってもいいから。ネックレスをギュと握りしめる。オレは前だけを見てみんながいるとこまで振り向かずに走っていく。
「ただいま~百合君を見つけてきたよ~」と少し息を切らせながら笑顔を見せる。平常心平常心……。
「星咲君、だ、大丈夫か?」と振り返ると柾が百合の背中を支える。百合は荒く息をし、膝に両手をついている。
菖蒲が百合に飲み物を渡し、心配そうに背中をさする。
「ごめん、百合君……急がせすぎちゃったね……」
百合は下を向いたまま、まだ荒く息をしている。
「羽柴君、ちゃんと星咲君のペースを見ないと……というかいつもの羽柴君なら……」と柾は少し眉間に皺を寄せオレを心配そうに見る。
「あ~ごめん、早く試合が見たくて、つい~」といつものようにヘラヘラして誤魔化す。
「だ、大丈夫だよ……運動不足の俺が悪いから……気にしないでくれ」
百合は息を切らしながら、作り笑顔を見せる。
「二人共ありがとう、もう大丈夫だ。さ、観戦しよう。もうすぐ羽柴のお兄さんの出番なんだろ?」
百合はすれ違いざまにオレの背中を軽くたたき、フェンスの方へ歩いていく。
オレはまた自分ペースで……自分のことしか考えずに……。
オレは動けずにその場から一歩も前に進めないでいると。
「羽柴……何をしている。早くこっちへ来い」と百合はオレに笑顔で手を伸ばす。
百合の笑顔は太陽みたいに温かく眩しい。オレは百合の差し出した手にゆっくりと手を伸ばし、百合はその手を強く握り引っ張ってくれる。
百合……ありがとう。
オレは兄貴がまだ怖いんだ。だから兄貴が近くにいるだけで反射的に全てのものを拒絶してしまう。オレは今まで建前で人に接してきた。本当は誰もがみんな敵でオレに近づく者は好意ではなく他のナニカ……が目的で来ていて、誰も本当のオレのことなんか知ろうとせずに興味なんか持っていないと思っていたから。
クラスに必ずいる面倒なことでも嫌なことでもニコニコしながらやってくれる存在。それがオレだから。オレはバカだからみんなが頼ってくれていたんだと思い込みをしていた。兄貴に本当はこうだと言われてから人が怖くてどう接したらいいのかわからなくなった。だから本当の笑い方も忘れてしまったし、嬉しいという感情でさえどんなものか思い出せないでいる。
そんな時に出会ったヒーロー。
その人と一緒にいることで昔の自分に戻れると思っていた。オレのガチガチに凍った心をポカポカとあたたかく溶かしてくれる存在。もちろん『コイ』をしたヒーローは一人だけけど、アンバトのメンバーはオレにとってはみんなヒーロー。オレは建前ではなく本音が言えるようになった。ちょっとした進歩。今のみんながいるからオレは一歩一歩進んでいける。ゆっくりゆっくり自分のペースで本来の自分を取り戻していこう。
お読みいただきありがとうございました!
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