表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/21

コーライティング


 取材なんて、きっと一回きりだろう。

 そう考えていたものの、三日後にも記者は帰宅しようとする僕の前に現われた。怖かった。だけど、燐太郎さんやリョウスケに余計な労力を使わせたくはない。土日はなるべく外に出ないようにしようと、食材や必要な買い物はネットスーパーで済ませることにする。不安にさらされると、現実から逃避したいと思うようになるのか、無数に歌詞にすべきシチュエーションが思い浮かんでくる。眠る気にはならず、どうせ土日なのだからと徹夜で夢中になって八百字のプロットを書き上げ、それを歌詞にして燐太郎さんたちにメールで送った。

 試作の数が三つを越えた日曜日の朝方、燐太郎さんからスマホのメッセージアプリにメッセージが送られてきた。その前に電話の着信歴があったが、僕が気づかなかったためにメッセージにしたらしい。『これを見たらすぐに電話して』と書かれている。試作の歌詞のことだろうかと僕はすぐに燐太郎さんに電話をした。

 数度のコール音の後に電話がつながる。と、僕が言葉を発するよりも早く相手が言った。

『鋭利君っ!』

「えっ……? あ、はい、水城ですが、」

『歌詞、三つも試作が送られてきたけど、大丈夫?』

「えっと……三つともイマイチですか? 今、もう一作書いてるところなので、あと二時間くらいで――」

『そうじゃなくて、こんなスピードで三作も作るなんて、何かあったんじゃないの? まるでストレスを作詞にぶつけてるみたいだ』

 燐太郎さんの言葉に僕は息を呑んだ。彼の指摘は正しい。僕は記者に接触されている不安を、作詞にぶつけている。けれど、多忙な燐太郎さんにそんな話をするつもりはなかった。

「――そんなことないです。リョウスケみたいな実力あるシンガーの歌の作詞を任せてもらったのから、自分にできる精一杯のことをやろうとしているだけです」

『本当に?』

「嘘なんかつきませんよ」

『じゃあ、ドアを開けてうちに入れてくれる?』

「え?」

『今、君んちの前の公園にいる』

「ええっ? うちの前の公園って本当に? どうして急に?」

『鋭利君、作詞のスピードから考えて夕べ徹夜したでしょ。リョウスケとか俺は、もとは生活が破綻してるタイプで昼夜逆転や徹夜も当たり前だったから、そういうことをしても不思議じゃないけど。君はちゃんと自分の生活ができるタイプで、その君が徹夜までして無茶するのは普通の状態じゃないってこと』

 ――何があった?

 スマホ越しに落ち着いた低音が鼓膜を震わせる。作曲家でネットシンガーの『クロシェット』としては高音を得意とする燐太郎さんだけれど、話し声は意外に低い。その低音の温かさに、記者に接触されてから意識的に硬く保っていた心の一部が溶けていきそうになる。僕は目元に無意識に力を入れながら、声を発した。

「大丈夫です。少し作業に気が乗ってしまっただけなんです。忙しいあなたに手間を掛けるわけにはいきませんから、帰ってください」

 本当なら燐太郎さんを家に上げるべきだと分かっている。僕が会って彼の顔を見たいから、というだけでなく、礼儀上からしても時間を割いて訪ねてくれた人物を追い返すのは無礼だ。けれど、そんなことをすればいつ記者に見られるか分からない。記者が監視していないとしても、『クロシェット』の顔を知る視聴者が目撃して、ネット上で噂をするかも。

 会いたいとは言わず、その危険性だけ指摘する。と、燐太郎さんは電話越しにふふっと笑った。

『それ今更なんだよね。だって、俺、もう二時間もここにいるし』

「は? 二時間って、まさか――」

 僕は思わず窓へ目を向けた。そこからは、燐太郎さんのいる公園は見ることができない。ただ夜が明けたばかりの白い空が窓の外に広がるばかりだ。現在は午前七時。燐太郎さんの言葉どおりなら、彼は午前五時から公園にいたことになる。

 今は真冬ではないが、コートが必要になる季節には違いない。その上、午前五時といえばかなり冷え込む時間帯だ。居ても立ってもおれず、コートを羽織ってスマホと鍵だけ持って家を飛び出した。

 小走りに公園に向かう。と、白みはじめた空の下、以前リョウスケと座って話したのと同じベンチに燐太郎さんがいた。コートとマフラーを着ているけれど、寒そうに背中を丸めている。そりゃあ寒いだろう。夜明け前の、いちばん気温の下がる時間帯からそこにいたのだから。

「燐太郎さんっ!」

 名前を呼びながら駆け寄ると、彼は顔を上げてふわっと笑う。「おはよう」と挨拶した彼の、手袋に包まれた手を取った。ぐぃと引っ張ってベンチから立ち上がらせる。手を引いて自宅へ向かおうとすると、つないだままの手を逆に引っ張られた。気が付けば僕は彼の腕の中に閉じこめられてしまう。

「なっ……」

 突然のことに驚き、もし記者やクロシェットを知る視聴者に見られたら、と緊張と恐怖でパニック状態になってしまう。呆然として身を硬くする僕を後目に、燐太郎さんは「あったかい」と緩んだ声で呟いた。

「ダメですよ。もしこんなの見られたら、燐太郎さんが大変なことになる……」

「俺は大丈夫」

 怯える僕の背中を宥めるようにぽんぽんと叩いて、燐太郎さんは身体を離した。

「大丈夫って、どうして言えるんですか。とにかく、ここだと目立つのでうちへ行きましょう」

 僕は燐太郎さんを自宅へ連れて戻った。彼は朝食もまだだということだったので、トーストを焼いて簡単な朝食を摂る。朝ご飯が終わったところで、僕は二人分のコーヒーを用意して燐太郎さんと向かい合った。

「どうしてあんな目立つ真似をしたんですか? うちのマンションの前でずっと待ってるなんて、風邪を引いてしまいます。それに、もし誰かに――記者やクロシェットの視聴者に見られたら大変なことに」

「鋭利君は、今まで記者やリスナーの目を気にしてなかったよね? 気遣いがないって意味じゃなくて……ネットで活動をしたことがないから、そういう意識がなかった。それなのに、急に気にし出した」

「そりゃあ、僕だって燐太郎さんやリョウスケの活動を見てきたんだから、だんだん分かってきますよ」

 記者のことを隠したくて、もっともらしいことを言う。燐太郎さんはそんな僕の顔をじっと見つめた。

「もしかして、リョウスケか俺のリスナーに何か言われた? ……あるいは、記者か何かが接触してきたとか」

「――……」

 何でもないです、と言いたかったけれど、燐太郎さんに見つめられていると、その嘘を見抜かれてしまうのではないかと不安になる。結局、黙ることしかできない。そんな僕を見て燐太郎さんは少し笑った。

「当ててみようか? 週刊誌の記者から接触があったんじゃない?」

「なんでそれを……」

「知ってたから。実は一ヶ月前、俺がアルファに絡まれた直後に、そのときの君と俺の写真を持ってるって記者から取材を受けたんだ。あの写真は……たぶん、逃げたアルファたちが週刊誌に持ち込んだんだと思う」

 燐太郎さんの言葉に僕は目を見開いた。

「どうして言ってくれなかったんですか?」

「君はそんな状態じゃなかっただろう? 動揺していたし、俺のメッセージにも応答しなかった。――そのことを責めるつもりはないよ。鋭利君が何に傷ついてたのかは、分かってる。ただ、こちらで君に相談なく対処したのも、悪意があってのことじゃない」

「……分かっています」

 そう言いながら、僕は悔しさに唇を噛んだ。アルファである自分の性質が嫌だった。だけど、自己嫌悪に陥っている間に重大な出来事が進行してしまっていたなんて、大人として不甲斐ない。

 そんな僕を見つめながら、燐太郎さんは淡々と続ける。

「鋭利君は記者に接触されるのは初めてだろうけど、リョウスケや俺はこういうことを何度も経験してる。対処法も知っている。俺たちは話し合った結果、記者に連絡したんだ。――リョウスケと俺は間もなくネットシンガーとしての活動を引退することにした、と。だから、間もなく俺たちの『スキャンダル』に価値はなくなる、と」

「ま、待ってください! リョウスケが引退するつもりだっていうのは聞いたけど、燐太郎さんもそのつもりなんですか!? 復帰したのに、どうして」

 僕の問いに燐太郎さんは冷静な調子で答える。

 もともと、復帰はリョウスケのためだったこと。そのリョウスケ本人が引退を決めたために、燐太郎さんがネット上で活動する理由はなくなったこと。作曲家として、楽曲を制作する側で実名で活動をしたいと考えていること――。

 それを聞いたとき、僕は悔しさと怒りと悲しさで唇を噛みしめた。燐太郎さんに絡んだアルファたちを上手く追い払えなかったのは僕の不手際だ。僕がちゃんとしていれば、リョウスケも燐太郎さんも引退しないで済んだかもしれない。

「……あの出来事がきっかけで引退なんて、僕は自分が許せません。あなたやリョウスケのファンにも、顔向けができない」

「違う。これは俺たちの選択だ。きっかけに君が関わっているとしても、君が責任を感じることはない。だから、苦しまなくていいんだ。脅迫観念に迫られるみたいに作詞しなくていい」

 燐太郎さんが正面から手を伸ばして、僕の目元に触れた。親指が僕の目の下を優しく辿って、その触れ方でおそらく隈が浮き出ているのだろうと気づく。僕は首を横に振ってその手から逃れた。

「いいえ、そうじゃありません! 僕は素人だから……リョウスケが作詞を任せてくれたのに、十分な技量がないから、せめてたくさん作詞したら使えるものがあるんじゃないかと思っただけで、」

「君の誠実さは伝わってる。もともと、君に作詞の経験がほとんどないのに依頼すると決めたのはリョウスケで、それに同意したのは俺だ。君が為すべきことをしたなら、それを補うのは俺たちの役目だ」

「――そんなの嘘。僕に気を遣って、甘やかそうとしているだけでしょう? 僕は僕を信じて任された役目を果たさないと」

 これ以上、燐太郎さんと話していると、必死で立って役目を果たそうとしている自分がくずおれてしまいそうだった。だから、席を立って寝室に逃げ込もうとする。と、燐太郎さんは僕に手を伸ばした。僕の手を掴もうとして、けれど思いとどまったように引っ込める。

 代わりのように、彼は凛とした声で言った。

「『コーライティング』だから」

「……それが……?」

「『コーライティング』で曲を作れば、そこに関わる人間の感性が混じり合うことになる。君の技量の足りない部分は俺たちが補うし……逆に君がいることによって俺とリョウスケが作った曲に新たな要素が加わることになる」

 聞きたくない。これ以上、優しい言葉を掛けられたら、虚勢を張れなくなってしまう。それが恐ろしくて、僕は両手で耳を塞いで目を瞑った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ