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取材

 見てはいけない、と思いつつも一度、見てしまうと止められないものだ。動画サイトを開けば、アルゴリズムが拾ってきた噂の動画が次から次へとトップに上がってきてしまう。

 こういうネット上の噂や人々の好奇心に付き合っていては、キリがない。憶測や出まかせだって多く含まれている。そのことは理解しているのに、動揺が止まらない。気持ちを切り替えようと、音楽雑誌のウェブサイト上でリョウスケの歌やクロシェットの音楽についての記事を読み始めた。

 そこには過去のイベントでのトークや楽曲について書かれている。そのイベントの様子が知りたくて、アーカイブに映像が残っていたり、DVD化されたりしていないだろうかと検索してみる。検索結果の上位に出てきたのは、これまたリョウスケとクロシェットの関係に触れたゴシップ記事だった。よくあることだと無視しようとした僕だが、記事のタイトルと投稿日を見てまた引っ掛かりを覚える。ゴシップ記事が出たのは三週間ほど前のこと。タイトルは『二人の間に第三の恋人の影が?』だった。

 眉をひそめて、僕は記事をクリックする。そこには街でクロシェットを見かけたという人物の証言が書かれていた。その証言によるとクロシェットは一般人と思われるアルファ男性とともに歩いており、かなり親密な様子だったという。

 そこには画像の荒い写真が掲載されていたようだが、リンクが切れていた。記事の横に写真が破れたようなアイコンが表示され、リンク切れを示している。けれど、記事の状況を読んでみると、そこに書かれている男性というのは、どうやら僕のことのようだった。

 記者がクロシェットと『親しそうな一般男性』を目撃したというのが、どうも僕と燐太郎さんが夜にコンビニに出かけて絡まれたときのようなのだ。僕が燐太郎さんを助けようと割って入り、そのせいでアルファとしての本能が昴ったのを燐太郎さんが宥めてくれた。そのときの第三者から見た状況が記事に描写されている。

 ぞっとして、怖くなった。それも、幽霊を見たり、殺人鬼のニュースを知ったりしたときとは違う種類の恐ろしさだ。自分を脅かす存在を前にしたのとは違う――自分の周囲が、世界そのものが敵に回ったような異質な心細さ。燐太郎さんがあの二人のアルファを前に、トラウマが甦るような反応を見せた姿が脳裏に浮かんだ。あのとき、彼は今の僕と同じ恐怖を感じたのかもしれない。

 ――コレは、恐ろしすぎる。

 思わずスマホに手を伸ばしたところで僕は何とか思いとどまった。僕と燐太郎さんにやましいことなんて何もない。そんな風に頭で捏ねる理屈は、きっとこの異様な心細さを癒してはくれない。それでも、僕の大人としての理性がこんないい加減なゴシップ記事で動揺して、これ以上、彼に迷惑を掛けたくないと意地を張っていた。

 くだらない見栄だ。いつか僕はこのしょうもないプライドで破滅するのかも。それでも、こんな嘘の記事に負けたくはない。

 ――気にしない。気にしちゃいけない。

 僕は自分に言い聞かせて作業に戻る。その日は不格好ながらも何とか八百字で歌詞にしようとするストーリーのあらすじが完成した。いったんそのあらすじを試作として燐太郎さんにメールで送る。本当なら仮にでも歌詞にしたものを送った方がいいのだろうが、経過を見せて確認してもらうのは燐太郎さんの講義に出ていた頃からのやり方だった。

 その日はいったん作業を終わりとして、明日の用意をして就寝する。翌日は日曜日だった。メールを確認すると、燐太郎さんからあらすじに対する指摘とアドバイスのメールが返ってきている。午前中から午後にかけては燐太郎さんの指摘を反映させてあらすじの文章を削ぎ落し、言葉をあれこれひねり回して歌詞にした。途中までは短編小説を書くのに似た作業だが、小説よりサクサク作業が進むのは、たぶん僕がまだ作詞という行為をよく知らないからだ。小説のように書きなれて、気を付けるべき箇所や自分の生み出した構造の歪さを見通せるようになったら、仮とはいえこんなにすらすら歌詞を書くことはできなくなるだろう。たぶん。

 出来上がった歌詞を声に出して音読し、燐太郎さんの作曲した仮のメロディーにのせて歌ってみる。息継ぎや歌詞の歌いやすさを確認し、できる限り修正してもう一度、小声で歌ってみた。僕は音痴で歌うのは好きじゃない。だけど、人間が歌う歌詞ならば歌って確認しなくては分からないこともあるのだと、これも教室で教わったことだ。

 何だかしっくり来ない気もする。だが、素人の僕が悩んだところで歌詞の良し悪しが判断できるとは思えない。いったん完成させた歌詞を燐太郎さんとリョウスケにメールで送り、確認してもらうことにする。それでも納得がいかないので、もう数パターンの歌詞を作ることにして、その日は作業を終えることにした。

 夕方、平日の食材も含めて買い出しに行こうと家を出る。近所のスーパーで買い物をして、マンションの前まで帰ってくると「水城さん」と僕を呼ぶ声が聞こえた。ご近所さんかと思いながら振り返れば、明らかに同じマンションの住人とは思えない格好の人物が近づいてくる。スラックスにジャケットを着た男性――年齢は三十代半ばというところだろうか。彼は僕の元に歩いてくると、いきなり名刺を差し出した。そこにはネットで見たゴシップ誌のタイトルが書かれている。

 僕はひそかに息を呑んだが、緊張を顔に出さないように努めながら男の顔を見つめた。

「野村さんとおっしゃるんですね。記者をなさっているそうですが、何のご用でしょうか?」

「ひと月ほど前にウチの雑誌に情報提供がありまして。あなたが、ネット中心に活動する作曲家の『クロシェット』氏と親密そうにしていた、と。そのことについて、取材をしているんです」

「確かに彼とは友人です。でも、彼のことで取材が来るなんて、考えてみたこともありませんでした。『クロシェット』はそんなに有名なんですか? 友達と遊んだくらいで報道されるくらいの重要人物だとは知りませんでした」

 大きく目を見開いて驚きの表情を作りながら、僕はそう答えた。これで僕は無関係だと誤魔化されてくれればよいのだけれど。しかし、さすがに相手も浅はかな演技では騙されてくれないらしい。

「あなたはクロシェット氏とただの友人ですか? うちの雑誌に提供された写真では、かなり親密そうに身を寄せ合っていたように思いますが」


「そうですか? そんなことした覚えはないけどな……」

「これがその画像です」

 記者がスマホを操作して、こちらに画面を見せてくる。そこに映し出された写真は暗く、画像が粗いために判然としない。それでも、周囲に写っている景色から、燐太郎さんがアルファ二人に絡まれた場所だということが分かった。

「……写真が暗くてよく分かりません。もういいですか? 僕は普通の会社員で、雑誌の取材にお答えできるような面白い情報は何もないんです」

 僕は記者を振り切って自分のマンションに入っていった。




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