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作詞

 売り言葉に買い言葉でリョウスケのオリジナル曲に歌詞をつけることを約束してしまった。その場はよかったが、あとになって僕はひどく後悔をしていた。作詞なんて、僕は本当に燐太郎さんの教室で教わってちょっと作ってみたくらいだからだ。その後、自作の二曲ほどに詞をつけてみたこともあるけれど、あくまで素人のお遊びに過ぎない。それが、ネットシンガーとしてかなり知名度があるらしいリョウスケの、引退を飾る曲に歌詞を書くなんて。

 しかし、愚かにも僕はそれを引き受けてしまったのだ。リョウスケの気が変わってくれればいいのだが、半年間ほどの交流で彼が簡単に自分の言ったことを曲げる奴でないことは知っている。それに、僕への作詞依頼はリョウスケの我がままや無茶振りではない。おそらく、彼から僕への挑戦のようなものだ。

 ――だから何だと言うんだろう?

 プロでもないのに、上手く作詞できるはずもない。いろんな人に迷惑を掛ける前に、無理だったと言ってとっとと逃げ出してしまえ。それが最善の道に決まっている。

 リョウスケから作詞の依頼を受けてからというもの、僕は何度となくそんなことを考えた。そしてようやく決心をして、改めてリョウスケに断りを入れようと彼のマネージャーに連絡を取る。リョウスケのマネージャーさんは彼の母方の親戚の女性で、エイミさんと呼ばれていた。本名は伊沢詠美というらしいが、仕事の関係者は皆、彼女のことをエイミさんと呼んでいる。三十代後半の彼女は大らかでよく笑う活発な人という印象だった。会社の先輩のような、姉がいたらこんな風かなというような、面倒見のいい性格。だから、僕も気兼ねなく接することができる。

 エイミさんに電話をするのは久しぶりのことだ。数回のコールの後に通話に出たエイミさんは、朗らかな声で挨拶をした。

『こんにちは、水城さん』

「ご無沙汰しています。今回、僕が電話させていただいたのは、リョウスケの曲の――」

『あの子から聞いてるわ。最後の曲の歌詞をあなたに任せるって。あなたの『すき焼き食べたい』の歌、けっこう面白かったから、私も期待してるの。がんばってね!』

「……。あの、正直、僕は作詞に関しては素人なんですが、本当にいいんでしょうか……」

『本人がそうしてほしいって言うんだから、構わないわ。最後だっていうなら、悔いのないようにした方がいい』

 一般論としてはそうなのだろう。けれど、もし僕が書いた歌詞がつまらないものだったら――。さすがにリョウスケや燐太郎さんが、僕の歌詞を没にして自分で書くかもしれない。けれど、そもそもそんな失敗のリスクなんて最初から背負う必要はないはずだ。僕に歌詞を書いてほしいなんて、リョウスケはいったい何を考えているのか。

 いったん依頼を受けたものの、彼の真意が分からなくて困惑する。しかも、マネージャーのエイミさんも大らかな性格ゆえか、本人の意思を尊重するつもりのようだ。誰かリョウスケを止めないのだろうか。

 電話口で困惑していると、その気配が伝わったのかエイミさんが言った。

『とりあえずさ、燐太郎君と話してみたら? 作曲してるのは彼だから、彼と話せば作詞についてイメージも湧いてくるんじゃない?』

 どちらかといえばイメージ以前の問題なのだが。そう思いつつも、僕は「分かりました」と応えて電話を切った。

 エイミさんが言うには、燐太郎さんはこのところ作曲のためにスタジオにいることが多いという。そこで、僕は久しぶりに燐太郎さんにメッセージアプリで連絡を取った。作詞の件でアドバイスを受けたいのでスタジオにいるときに会いたい、と伝える。

 メッセージを送ると、二時間ほどで燐太郎さんから返信があった。ひと月前のことには触れることなく、ただスタジオにいる予定の日を提示してくれる。そこで僕は互いの都合が合ういちばん近い日――二日後の土曜日を選んで、アポイントを取り付けた。本当は燐太郎さんと顔を合わせるのが怖かったけれど、いったんはリョウスケから作詞の依頼を受けたのだから逃げるわけにはいかなかった。もしかすると、リョウスケはこうなることを見越して僕に作詞をしろと言ったのかもしれない。

 落ち着かない気持ちで金曜日の仕事をこなし、翌日の土曜日の午前に僕はスタジオに向かった。最初に無理矢理リョウスケに連れてこられたスタジオは、その後、何度か遊びに訪れたので今や馴染みの場所になっている。

 ビルの前でメッセージを送ったところ、スタジオの入り口は開錠しておくと返ってきた。そこで、ビルの五階に上がってインターホンを押し、そのまま中へ入る。スタジオのデスクでは、燐太郎さんがパソコンに向かっていた。

「ごめん、少しだけ待ってね」

 挨拶するより早くそんな言葉が投げかけられる。僕は小声で「はい」と頷いて、ソファの端に腰を下ろした。途端に部屋の中に沈黙が落ちる。僕は何をするわけでもなく、燐太郎さんがキーボードを叩く音や外からの物音に耳を澄ませた。

 作曲は今やパソコンがメインだ。メロディを鳴らして確認するのに楽器を使う場合もあるけれど、音を記録したり加工したりは作曲用のアプリで行う。僕は以前、燐太郎さんの授業で初めてそれを知った。華やかな世界に見えて、その作業工程は意外に地道なのだ。

 やがて、燐太郎さんは作業を終えたのか、パソコンの前から立って僕の元へやってきた。ソファに座る僕を見下ろして口を開き、そこでためらうように言葉を探して――笑顔を作るのに失敗したかのようにへにゃりとした笑みを浮かべた。

「久しぶり」

 燐太郎さんの笑みを見ながら、改めてこの人が好きだなと思う。だけど、いったん拒絶された僕が燐太郎さんを想うことは許されないから、その気持ちに丁寧に蓋をして胸の奥に押し込んだ。

「どうも」と小さく会釈する。「この間はご迷惑をお掛けして、しかもそのあと連絡を無視していて、本当に申し訳――」

「そう畏まる必要はないよ。鋭利君は俺を助けてくれただけなんだから、むしろこっちがお礼を言わないと」さらりと僕の謝罪に答えてから、燐太郎さんは本題に入った。「それで、作詞のことなんだけど。リョウスケが我がままを言ってごめんね。こちらでもなるべく君をサポートするから」

「えっと……そもそも、本当に僕が作詞して大丈夫なんですか? 素人なのに」

 僕がそう言うと、燐太郎さんは言葉を切ってひたとこちらを見つめた。

「資格どうこうを決めるのは俺じゃないよ。リョウスケは、鋭利君にその能力があると考えて依頼したんだ。それを受けた後で俺に資格があるか確認しようとするのは、依頼を受けた君の判断の責任を僕に外部委託したいだけじゃない?」

 厳しい言葉だった。けれど、その言葉に僕は傷つくよりも、むしろ納得して胸がすっとするような心地になる。そうだ。リョウスケに作詞を依頼された瞬間から、僕は『やってみたかった』んだ。

 名誉や実績のためではない。リョウスケの歌の詞を書いたって、ただの会社員の僕の業績にはなりえない。ただ、燐太郎さんから教わった作詞の知識を使って、自分が楽しむための遊びではない――全力で誰かのための詞を書いてみたかった。

「そう……ですね。燐太郎さんの言うとおりです」

「じゃあ、曲について話そうか。今回の曲はリョウスケが引退にあたって、最後に発表する曲だ。俺が作曲し、君が詞を書いて、リョウスケが全体を監修する――いわゆるコーライティングの形で制作することになる」

「コーライティング……?」

 初めて聞く単語に僕は思わず聞き返す。燐太郎さんは僕の様子を見て、改めて説明をしてくれた。それによると、コーライティングというのは、曲を制作する際の形態の一つなのだという。海外では一般的になりつつある制作形態で、簡単に言えば数名のアーティストが一曲の曲を共作するということだ。作曲が得意な者は曲を作り、作詞に自信がある者は詞を書く。そうして、歌が上手な者が仮歌を歌うのだという。

 説明を聞いていると、スタジオのドアが開いてリョウスケが入ってきた。彼は僕を見てニッと満足げに笑ってみせる。

「よぉ、鋭利。ちゃんと来たな」

「当たり前だろ。僕は社会人だ。約束は守る。……特に友達との約束は」

「エイミさんに不安そうな声で電話したくせに。それを聞いたときは、お前が逃げ出すんじゃないかと心配したぞ」

 リョウスケはそう言ったものの、口調がカラリとしていたので揶揄されている気分にはならなかった。傍らから燐太郎さんが口を挟む。

「リョウスケはね、心配なんてしてなかったよ。むしろ、僕が君が来てくれないんじゃないかって不安がるのを横目に、ブレなくて――」

「その話はいいんだよっ。さっさと曲の話をしようぜ!」

 燐太郎さんの言葉を遮ってリョウスケが言う。二人の雰囲気は以前、一緒に遊んでいたときと変わらない様子で僕は何だか安心してしまった。本当に上手く作詞できるのか分からないけれど、この二人に恥じない詞を書こうと心に決める。

 ひとしきりじゃれ合うような会話が収まると、リョウスケがまず曲のコンセプトについて説明してくれた。燐太郎さんとはすでに話し合っていたのだろうが、僕も含めたチームで改めて認識のすり合わせをしようとしているらしい。

「今回の曲は、俺が『リョウスケ』として発表する最後の曲になる。だけど、テーマは引退とか卒業じゃなくて、人を励ますようなものがいいと思うんだ。燐太郎はすでにメロディを作りはじめてる」

「それって、『曲先』っていうことだよね。燐太郎さんの講義で、最初の方に教えてもらった」

「ふふ、ちゃんと覚えててくれたんだ」

 僕の発言に燐太郎さんが嬉しそうに微笑む。

 歌謡曲の制作では、曲が先にあって後で歌詞を付ける『曲先』と、歌詞を先に書いておいて後で曲を作る『詞先』の二種類の方法があるのだという。ただ、歌詞を先に書くと曲の方で歌詞の文字数に合わせて音の数を調整することになる。それはかなり煩雑で難しい作業になるため、今では多くの場合において『曲先』での制作が一般的ということだった。僕も講義でそのことを教わっていたため、リョウスケに作詞を依頼されたときからメロディに歌詞を付けることを想定していた。

「――まだメロディを固めきれてないけど、試作したものがあるんだ。流してみるね」

 燐太郎さんがマウスをクリックすると、PCから音楽が流れだす。ピアノの音が旋律を紡ぎはじめた。高く低くうねるメロディは、思ったよりも疾走感がある。何となく、卒業の曲や誰かを励ます曲というより、ここから攻勢に出るという印象の旋律だ。

 正直、予想外なメロディ。耳に残るし何よりリョウスケに似合いそうだとも思う。だけど、このメロディに対してどんな歌詞を書けばいいのか分からない。

「どう?」燐太郎さんが尋ねる。

「綺麗なメロディだと思います。ここに歌詞を付けるんですね……」僕は緊張しながら呟いた。

 その後、ほどほどのところで僕はスタジオを後にして自宅へ帰った。僕のスマホには、燐太郎さんが作ったメロディのファイルが保存されている。家でごろごろしながら、僕は何度となくメロディを聴いた。

 これまで僕が好んで聴いてきた楽曲は、それ以外にはあり得ないというくらい歌詞と曲とが馴染んでいる。そんな風に思える歌詞が果たして書けるのか。練習で何度か作詞をしたことがあるのに、まるで初めてのようにプレッシャーを感じてしまう。

 それでも、とにかく手を動かそうと僕は自分のノートPCを立ち上げた。僕の作詞のやり方は、小説を書くときの手順を元にしている。大まかなプロットを作り、それを元に八百字程度のあらすじを書くのだ。その次の工程で、八百字のあらすじを削ぎ落としながら、歌らしい言葉使いに変換していく。同時に直接的すぎる言い方は比喩や暗喩を用いて、イメージが伝わるように加工するのだった。

 だが、今回に限って言えば自由に作詞していいわけではない。リョウスケの歌う曲だし、歌詞にもテーマが与えられている。交流を持ちだしてからリョウスケの曲は掻い摘んで聴いていたが、それだけでは彼のために詞を書くのに不十分な気がした。

 ――そうだ。確かリョウスケも作曲や作詞で関わった曲があったはず。

 まずはネットでリョウスケの公式サイトを検索し、ページ上で彼の活動履歴を確認する。最初に歌った曲、どの歌でどのような評価を得たか、そして最近のライブについて。次いでリンクから動画共有サイトに飛んで、いくつかMVを視聴する。どれもサブスクで聴いたことがあるものだけれど、MVは観たことがなかったのだ。

 そうして何気なく動画共有サイトのトップページに飛んだところで、お勧め動画に上がってきた内容に気づく。『リョウスケとクロシェットの不仲説について。クロシェットにはリョウスケ以外に○○がいる』投稿日は二週間ほど前になっている。

 ――観ちゃだめだ。こんなのはどうせ過激なタイトルで、いい加減な内容で視聴者を釣ろうとしてるんだから。

 自分にそう言い聞かせる。けれど、無視しようとしても二週間前という投稿日が気になってしょうがない。燐太郎さんがクロシェットとしての活動を再開して以来、リョウスケと彼は仲がよさそうだった。恋愛的に復縁したのかどうかは知らないが、仕事仲間としての絆があることは端から見ていても分かったものだ。つまり、最近の二人の活動を知っている者ならこんな動画を投稿するのは妙な気がする。いったいなぜ。

 とうとう誘惑に負けた僕は動画を視聴してしまった。

 動画では、アルファとオメガの運命の番であるリョウスケとクロシェット――燐太郎さんが二年前、突然、一緒に活動することを止めた事実から始まった。次いで燐太郎さんの休止と二年間の沈黙、最近の唐突な復活について触れている。動画そのものは復活の理由を考察していないが、コメント欄にはさまざまな書き込みがあった。クロシェットが楽曲提供しなくなったことにより、ファンの思うリョウスケらしい曲が減りMVの再生数が落ちたこと。そのことに苛立っているのか、リョウスケのSNSでの失言が何度か発生していたこと。憶測と事実が入り混じった内容が書かれている。

 それを見て僕は胸が痛くなった。

 普段の自分の行動を振り返っても、どうしてそんなことをしたのか説明ができないようなうっかりはある。努力したけれど、仕事で上手く成果が出せない場合もあるものだ。ロボットではないのだから、それは仕方のないことだ。けれど、こんな風にずっと他人から注目されつづけるというのは、いくら有名人だからといっても辛いことだろう。まるで、世界が敵に回るかのようだ。今更ながらに、僕はリョウスケや燐太郎さんが立っている場所の恐ろしさを実感した。

 



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