動揺する彼
「ついに会える…!」
レオンハルトがアデライードに会うことを何回も断り続けられ、今回も拒絶されるかと思っていたのに、許可された。その理由も気になったが、それよりも会えることが嬉しい。アデライードからの手紙を読むレオンハルトの手が震える。
「レオンハルト様、アデライード様にお会いしたがってましたものね。良かったじゃないですか!予定を空けるためにも仕事に励んでください。ここ最近レオンハルト様の手が遅くて仕事が溜まってます」
仕事の催促をしつつ、オリバーは暖かい目線を送ってくる。オリバーの報告によればアデライードは朗らかに伯爵家で過ごしてそうだとのことだったが、アデライードが心配でならなかった。会いに行ってあげたいのに、なかなか行けない。レオンハルトはもどかしくてしょうがなかった。この日が来るまで何ヶ月もかかったように感じた。ようやくこの時がきたと思うと、レオンハルトは落ち着かない。
アデライードを婚約者として選んだのは、ただヴィラ伯爵と縁を作りたいそれだけだった。アデライードの絵姿を見て美しい娘だとは思ったが、特に思い入れはなかった。それがなんということだろう…。こんなにも恋焦がれるなんて。
(会いに行くと言ったのに、なかなか会えなかった。アデライード嬢は、辛い思いをしていないだろうか…)
※※※※※
指定された日の午後、レオンハルトはオリバーを同行して伯爵邸に赴いた。
セバスチャンによってレオンハルトとオリバーは庭園に案内される。庭園内には様々な色の薔薇が咲いていて、暖かい日差しに照らされ色鮮やかだ。薔薇の香りが優しい風によって漂ってくる。
庭園の中心にある噴水の前にベンチがあり、そこには女性が2人並んで立って待っている。侍女とアデライードだ。アデライードはレモンイエローのドレスを身に纏っている。少し痩せたのかもしれない。侍女に日傘をさされ、微笑を浮かべてレオンハルトを待っている。その姿は儚げで、レオンハルトの胸を刺す。久しぶりに会ったアデライードは今日もまた美しく、眩しかった。
「やっと会えました…!」
レオンハルトはアデライードに早く会いたくて、駆け寄る。貴族としては不適切な行動であるが、我慢ができなかった。
そんなレオンハルトの行動にアデライードは柔らかく微笑む。
「わたくしがお誘いをお断りしておりましたものね。時間の都合がつかず申し訳なく思います」
アデライードの口調や佇まいはまさしく貴族の娘だった。レオンハルトは以前のアデライードとは受ける印象が異なっていて、戸惑いを感じる。
「貴方はアデライード嬢ですか…?」
「レオンハルト様は面白いことをおっしゃるのね。わたくしがアデライードです。」
確かに容姿だけ見ればかつてのアデライードと同一だ。でも何かしっくりこない。レオンハルトは困惑の表情を浮かべた。アデライードは納得していないレオンハルトに向けて言葉を続ける。
「レオンハルト様に初めてお会いした時、わたくし、少し頭痛がしてすぐに退席してしまいました。体調が優れなくて普段とは異なる振る舞いをしてしまいましたから、今とは違う感じ方をされるのかもしれませんわ」
レオンハルトの側に居たオリバーは何故主人がアデライードを疑うのか理解できなかった。庭園内に居たアデライードは、応接室で会った女性と同一人物だ。
「それ以降のことはどうなのです…?」
レオンハルトは、アデライードとルーとして街歩きをした時や晩餐会の夜のことを尋ねたかったが、アデライードの側に侍女が控えていたため、曖昧な表現で聞くことにした。
「それ以降…?オリバー殿が来られたときのことですね。御返事を直筆しなくて申し訳ありません。恥ずかしくてお伝えできなかったのですが、あの時、利き手を痛めていたのです」
アデライードの認識では、レオンハルトとルシールは1回しか会っていない。レオンハルトは手紙のことを聞いているのだと判断し、弁解する。
「手紙…?手紙ですか」
怪訝そうな顔をするレオンハルトを見て、アデライードは発言が適切ではなかったのかと思い、言葉を続ける。
「そういえばレオンハルト様、初めてお会いした時に右耳にピアスをつけていらっしゃいましたね。確かターコイズの…。今日はつけていらっしゃらないんですの?」
「確かに応接室でお会いしたときにはつけていました。でもそれは貴女に…」
「貴女に何でしょう?」
アデライードは困惑した表情をしている。
ピアスをアデライードに渡したことを知らないようだ。この娘はアデライードではないとレオンハルトは確信する。
「いえ…何でもありません。今日はこれで失礼させていただきたい。」
レオンハルトはアデライードの返答を待つまでもなく、庭園の門扉へ向かってふらふらと歩きだす。
(あの娘はアデライードではない…では、私が今まで会っていたアデライードは何処へ行ったのだ…)