弱まる娘
普段は使用人達が忙しく働き、賑やかな時間帯であるのに、今日は静かである。
伯爵家が王家の晩餐会に招待され、それに伴って使用人達も束の間の休息を与えられた。もちろん、ルシールは晩餐会には行かない。アデライードを知っている貴族に会い、ルシールがアデライードの身代わりをしているのが発覚するのを避ける為である。
ルシールは自室として与えられた客室で過ごす。
久しぶりの1人で取る夕食は侘しい。
(なんだか寂しいな…)
男爵家では、使用人と家族のように過ごし、食事も共に取っていた。家族は元気だろうか。ルシールがアデライードの身代わりをしていることは家族にも伝えられないので、手紙のやり取りもできていない。母親の顔が浮かぶ。ルシールの目に涙が浮かんできた。
(あれ…?なんでだろう…。悲しくなんかないはずなのに)
感傷に浸るルシールの耳に、階下から、執事のセバスチャンの取り乱した声が聞こえてくる。
「お待ち下さい!今アデライード様はお休みになっておられるので!いくらワグナー公爵でも困ります!」
「私は婚約者だ!アデライード嬢に会いたい、どこにいるんだ?」
普段とは違うワグナー公爵の急ぎ立てる声が聞こえてくる。伯爵も不在の今、セバスチャンもワグナー公爵の対応に苦慮しているみたいだ。ルシールはセバスチャンの力になるべく、広間へと向かった。
セバスチャンと押し問答するレオンハルトは階段を降りてきたルシールの姿を見た。
ハニーブラウンの髪は真っ直ぐに下ろされ、絹の室内着を着ている。アメジストの瞳はどこか悲しげで、心細そうだ。
「アデライード嬢!どうして王家の晩餐会なのに、どうして参加されなかったんです?ヴィラ伯爵は参加されていたのに…」
晩餐会で、レオンハルトはアデライードに会えることを心待ちにしていた。手紙でアデライードを外出に誘うも、色よい返事がくることはなく、なかなか会うことができなかったからだ。アデライードも、晩餐会には参加するだろうと思っていたのに、アデライードは来なかった。
レオンハルトにはある考えが浮かんだ。
レオンハルトとアデライードの交流に制限がかけられている気配があることや王都での街歩きに護衛も連れていないことから、アデライードは伯爵家で冷遇されているのではないか。
アデライードが、辛い思いをして過ごしているんじゃないかと思うと居てもたってもおられず、晩餐会を中座してまで伯爵邸まで来てしまった。
「レ…ワグナー公爵様!私を心配して来てくださったんですか?ワグナー公爵様、私は大丈夫ですからお帰りください。」
ルシールの瞳が涙で潤んでいることにレオンハルトは気が付いた。語りかけるルシールの声は弱々しい。
レオンハルトは思わずルシールの華奢な体を抱きしめていた。
「ここは…、貴女にとって辛い場所ではありませんか…?私は早く貴女を助け出したい」
「私は今行けないだけです。ここは…辛くはありません。心配してくださってありがとうございます」
きっと辛いはずなのに強がるルシールに、レオンハルトの胸は苦しくなる。ルシールは自身の両手をレオンハルトの鎖骨の下に置き、レオンハルトをそっと見上げる。
「父が帰宅してワグナー公爵様が来られたことが知れたら問題になるかもしれません。内密にするよう執事にも申し伝えておきますから、お帰りください」
ルシールは、レオンハルトの腕から抜け出し、儚げに微笑む。レオンハルトの配慮は嬉しかったが、アデライードが戻ってくるまで身代わりをしなければならない。伯爵の知らないところでレオンハルトとこれ以上交流するのは避けたかった。
「分かりました…。今日は帰ります。ただ、これだけは覚えていてください。私は貴女の味方です」
以前よりも他人行儀なアデライードの態度も使用人の目があるからかもしれない。ここでアデライードと話すことはかえって負担になる。レオンハルトは優しくルシールに語りかける。
「これを貴女に。」
レオンハルトは自身の右耳につけていたターコイズのピアスを外し、ルシールにそっと渡す。
「今日は帰ります」
そう言ってレオンハルトは舘を出ていった。
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