逃亡する娘
(いよいよ特訓の成果を果たすとき…!!)
アデライードお嬢様として振る舞うための特訓をして一週間が経ち、今日、いよいよ応接室でワグナー公爵に会うことになった。
ルシールは、伯爵夫人に念押しされたことを振り返る。
(アデライードお嬢様は、繊細で優雅な人!その印象を崩すことはしないこと!交流は必要最低限!うん、楽勝だね〜)
自室として借りている客室から、応接室まで向かうルシールの足取りは軽い。
※※※※※※
「アデライードお嬢様が参りました」
侍女によって応接室の扉が開かれる。
部屋の中に入ると、見知った伯爵家の人達以外に、2人の男性がいた。
1人は伯爵夫婦と共にハイバックソファーに座っており、もう1人はソファーの後方に立って控えている。
ルシールは、後方の男性に目が引かれてしまう。
その黒髪の男性は、上背があり立姿が凛としている。
入室したルシールの方に視線を送ることはしない。
軽く俯いた横髪から覗く顔立ちは端正だ。
(なんてクールなの…!)
ルシールは、黒髪の男性に見とれてしまう。
体格も引き締まっていて、従者の服を身にまとっているが、もしかしたら騎士としての役割もあるのかもしれない。
(違う…!私は今アデライードお嬢様!)
自分自身を論し、恐らくワグナー公爵であろうソファーに腰掛けている男性にルシールは視線を移す。
(あっ…!!!)
ルシールは、息を飲む。
(あのときの…!廊下で助けてくれてた人だ!)
今日は前よりも格式高い洋服を身に纏っている。
プラチナブロンドの髪は首元で一纏めにくくられており、相変わらず麗しい。耳元にはターコイズのピアスが光っている。
(そういえば、私、館の中を走ってたよ!)
アデライードのイメージとは全く異なる姿を晒していたことを思い出し、青ざめる。
(ピンチ…!全然上品じゃなかった…!)
「私はレオンハルト・フォン・ワグナーと言います。アデライード嬢、ようやくお会いできた。」
ソファーに座っていたレオンハルトが立ち上がり、ルシールに話しかけようと柔らかい笑みを浮かべながら近づいてきた。
(走ってたこと、なんて言い訳すればいいの!?)
ルシールは狼狽し、思わず
「そうなんですのね!今日はこれで失礼いたしますわ!」
と言って部屋を逃げ出してしまった。
レオンハルトは、ルシールの行動に目を丸くする。
後方で控えていたオリバーに振り返って、小声で呟く。
「逃げられると追いたくならない?」