逃亡する娘
(いよいよ特訓の成果を果たすとき…!!)
アデライードお嬢様として振る舞うための特訓をして1週間が経ち、今日、いよいよ応接室でワグナー公爵に会うことになった。
ルシールは、伯爵夫人に念押しされたことを振り返る。
(アデライードお嬢様は、繊細で優雅な人!その印象を崩すことはしないこと!交流は必要最低限!うん、楽勝だね〜)
自室として借りている客室から、応接室まで向かうルシールの足取りは軽い。
侍女に応接室の扉を開けてもらい、ルシールは入室した。
見たこともない2人の男性がいる。
伯爵夫人と共にハイバックソファーに座っている男性がワグナー公爵で、ソファーの後方に控えてる男性は公爵の従者だろう。
ルシールは、後方の男性に目が引かれてしまう。
その黒髪の男性は、上背があり立姿が凛としている。
入室したルシールの方に視線を送ることはしない。
軽く俯いた横髪から覗く顔立ちは端正だ。
(なんてクールなの……………!!)
ルシールは、黒髪の男性に見とれてしまう。
体格も引き締まっていて、従者の服を身にまとっているが、もしかしたら騎士としての役割もあるのかもしれない。
(私は今、アデライードお嬢様だった!!)
ルシールはお役目を思い出し、ワグナー公爵らしき男性に挨拶すべく視線を移す。
(あっ…………!あのとき、廊下で助けてくれた人だ!)
想定外の再会にルシールは息を呑む。
この間の時よりも、格式高い洋服を身に纏っていて、いかにも公爵らしい。
プラチナブロンドの髪は首元で一纏めにくくられている。耳元にはターコイズのピアスが光っている。
相変わらず、麗しい。
(…………そういえば、私、館の中を走ってたよ!ピンチ………!全然上品じゃなかった………!!)
アデライードのイメージとは全く異なる姿を晒していたことを思い出し、ルシールは青ざめた。
「私はレオンハルト・フォン・ワグナーと言います。アデライード嬢、ようやくお会いできた。」
レオンハルトがソファーから立ち上がり、ルシールに柔らかい笑みを浮かべながら近づいた。
(やっばり貴方がワグナー公爵?走ってたこと、なんて言い訳すればいいの!?)
何か言葉を告げなくてはと狼狽したルシールは、
「そうなんですのね!今日はこれで失礼いたしますわ!」
と言って部屋を逃げ出してしまった。
挨拶しただけなのに、何故か飛び出していったルシールの行動にレオンハルトは目を丸くする。
ヴィラ伯爵夫妻も慌てているから、予想外の行動らしい。レオンハルトは、従者のオリバーに向って小声で呟いた。
「逃げられると、追いたくならない?」




