我慢する娘
ルシールの面前には初めて会う遠方の親戚であるヴィラ伯爵、ヴィラ伯爵夫人が居る。
ヴィラ伯爵の話を聞き始めて早1時間が経過している。主にヴィラ伯爵の娘についての自慢だ。
(あ〜長い…。こんなことなら王都にいい仕事があるって話に釣られてのこのこ王都に来るんじゃなかった)
ルシールはヴィラ伯爵の話を話半分に聞くことにした。部屋の窓から見える紫の花が綺麗だ。
「我が娘、アデライードは可哀想な娘なんだ!」
「ハイ…」
(伯爵家で出される紅茶って美味しいんだよな…)
「あまりにも美しすぎるために、隣国の公爵に目をつけられてしまった…!」
「ハイ…」
(一緒にでてきたお菓子も美味しかった…)
「今日から2ヶ月後には結婚し、隣国で暮らすことになってしまった!」
「ハイ…」
(ついつい食べ飲みすぎちゃったよ…)
「アデライードが辛くて逃げ出したくもなるのも分かるであろう?」
「ハイ…」
(これだけでも王都に着た意義があった)
ヴィラ伯爵は、上の空のルシールの反応を無視し、話を続ける。
「アデライードは辛さに耐えきれず、領地に帰ってしまった。少しの間だけでも、静養させてやりたい」
「ハイ…」
(王都からの帰り道で何を食べよう…)
「だかもうワグナー公爵は我が国に来ておる。1週間は誤魔化せるが、それ以上お会いしないのは国際問題になる。おぬしには、アデライードが領地に戻っている1ヶ月のうち3週間、アデライードの代わりとしてワグナー公爵と交流を持ってほしいのだ!」
「ハ…」
ルシールはついつい「ハイ」と言いそうになって、慌てて言葉を止める。
「そんなの無理ですよ!私が伯爵家のお嬢様のふりをするなんて!」
「交流を持ってくれるよな?」
座っていた椅子から立ち上がり、ヴィラ公爵がルシールの座っていた椅子の近くまでやって来る。
「私は男爵家の娘と言っても、田舎娘です!無理です!」
「やってくれるよな?」
ヴィラ伯爵夫人も、椅子から立ち上がりヴィラ公爵の隣にやってくる。
「田舎娘だなんて謙遜しなくても大丈夫よ。貴方はアデライードにそっくりだから。交流は最低限で良いのよ。」
「それにね、ワグナー公爵は世の貴婦人達が卒倒するほどの美男子らしいの!報酬も弾むから!ねっ、お願い?」
ヴィラ伯爵夫人がルシールの手を取る。
込められた力は貴婦人に握られているとは思えないほど強い。
ヴィラ伯爵も笑顔で圧をかけてくる。
どうやら、逃げられそうにないらしい…
「分かりました…」
ルシールはがっくりと肩を下ろす。
ルシールはヴィラ伯爵に白旗を上げた。
※※※※※※※※※
ルシールは伯爵に来客があったとのことで、伯爵の話から解放された。
ルシールは、館の中を脇目も振らず大急ぎて走る。
(トイレ〜!!!沢山紅茶を飲むんじゃなかった!これも伯爵の話が長いからだ〜!!)
「あっ…!!」
ルシールは足を挫いて廊下で転けそうになる。
(ヤバい…!コケる…!)
とその瞬間、ルシールの身体が止まった。
誰かが、ルシールの身体に腕を伸ばしてルシールの上半身を受け止めてくれた。
「ありがとうござ…」
ルシールは自分を助けてくれた方を見て、絶句した。
彫刻のように美しい男性だったからである。
腰まであるプラチナブロンドの髪をリボンで一纏めにし、騎士服のような服装をしている。ターコイズ色の瞳がルシールを見ている。
「急ぐと危ないよ?」
声も美声である。
(こんな色っぽい騎士がいるなんて伯爵家は恐ろし!!)
「すみません〜!!」
ルシールは逃げ出していった。