8話
「聖剣を殺す、か。随分面白いことを言うね。この聖剣を前に君の武器は文字通り太刀打ち出来なかった筈だけど、何かとっておきの玩具でも隠し持ってるのかな?」
恐怖という本能的感覚を圧倒的自信でねじ伏せたカニーロがムラヤマに問う。
「うふふ、そんなに見せて欲しいのなら見せてあげちゃいますよぉ。聖剣を殺すムラヤマスペシャル武器はコレです!」
じゃじゃーんっ! とオリジナル効果音を付けながら、丈の長い制服の裾からムラヤマが出してきた武器。ソレを見たカニーロは一瞬呆気に取られるもすぐさま鼻で嘲笑した。
「…………何だいソレ。本当に玩具じゃないか」
そう、ムラヤマが取り出したスペシャル武器とは、刀身の中にカラフルなガムが幾つも入っている、駄菓子屋でよく見かけるような、刀を模したプラスチック製の玩具だったのだ。
「ふふーん、ビックリしましたか? コレが私のスペシャル武器、名付けて“聖剣ムラヤマさんソード”です」
カニーロの真似事のようにムラヤマさんソードを天高く掲げ、ムンスと満足気に鼻息をつくムラヤマ。見るからに安物の玩具、刀身のガムが鳴らすカタカタシャカシャカという軽い音、そしてムラヤマの先程感じた凄みを全く感じさせない言動、態度に、カニーロは心底ガッカリした様子でため息をついた。
「で、そんな玩具でどうする気なんだい? まさかこの期に及んで勇者ごっこ遊びでも始めるつもり?」
挑発のつもりで放った一言。その言葉にまるで餌が入っている袋の音に反応した猫の様にムラヤマが食いつき、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「……勇者ごっこ、ですか。なら、私は今から“勇者ムラヤマさん”です! 弱い者イジメが大好きなとっても悪い“偽物の勇者”さんをこの聖剣でやっつけちゃいますよぉ」
気の抜けた掛け声と共にムラヤマさんソードをカニーロに向ける彼女。
「…………じゃあ僕もその戯びに乗ってあげるとしよう。聖剣の勇者であるこの僕が、コソコソ消えるしか能が無い偽物の勇者を本物の聖剣で切り伏せてあげるよ」
本物の勇者の証である聖剣をムラヤマに構えるカニーロ。口元では笑っているが、その眼光には明確な怒りと殺意が込められていた。
「コソコソ消えるって、勇者ムラヤマさんがそんなことする訳ないじゃあないですか。勇者らしく堂々と、真正面から殺してあげますよぉ……!」
そう言ってムラヤマは姿を消すことなく、ニコニコ笑顔でカニーロへと歩を進める。
不可侵の聖域射程圏内まで後三メートル、勝負の雌雄を決する正真正銘最後の一戦に常人なら足がすくみ立っていられない程の緊張感と圧力が辺りを包む。
後、二メートル。息を殺してしまう程のプレッシャーの中で聴こえてくる音といえば、ムラヤマのローファーとカニーロのブーツが床を踏む音、ガムが立てるシャカシャカとした音、そして、命の動力源である心臓の鼓動のみである。
一メートル。二人は互いに笑みを浮かべていた。一方は自分は聖剣の勇者という絶対的強者で、光のように輝かしい存在なのだという圧倒的自信からくる邪悪な笑みで。もう一方は殺すのが楽しみで仕方が無く、ワクワクが抑えきれないといった底知らぬ闇を覗かせる純粋無垢な笑みで。
そして、ゼロメートル。不可侵の聖域射程圏内――。
「――さようなら、偽物の勇者ッ!!」
聖剣が最大級に煌めき、聖剣の勇者最強の一撃が放たれる。凄まじい衝撃波と爆音が轟き、料理の皿やテーブル、そこらに転がる死体何かが吹き飛んでいく。
勿論、ムラヤマさんソードがその威力に耐えられる筈が無く、安物の刀身は一刀両断され、血飛沫のようにガムが飛び散る。そして、そして――。
「――ほぅら、殺せたでしょ?」
それは、光が一切届かない深海に降り注ぐ生物の死骸のようであった。粉砕された聖剣がシャンデリアの光に照らされながら二人の周りを舞っていた。口を開け固まったように動けないカニーロ。聖剣の死骸が降りしきる中でムラヤマが不敵な笑みを浮かべる
「うふ、うふふ、実は私、初めからずっと“コレ”を狙ってたんですよぉ。バレないようにコツコツやるのは大変でしたけど、とっても楽しく殺せました!」
そう言ってムラヤマはいつの間にやら手にしていたガムを口にし、勝利の余韻を噛み締めるかのように咀嚼する。ここでカニーロは彼女の意図を全て悟ったのであった。これまでの戦闘の標的は、自分ではなく初めから聖剣に向けられていた事に。
多種多様な武器を取り出し攻撃していたのも、聖剣のひび割れを悟られないようにするための囮であり、シャンデリアに照らされた聖剣を見てほくそ笑んだのも、ひび割れにより生じた光のズレを見抜いたからであろう。
相手の攻撃、能力を一目見て瞬時に攻略法を編み出す頭の切れ、あれだけ激しい戦闘の中で、ある一点だけを狙い、相手に悟られないように聖剣に傷を付けられる技量と精神力……。彼女の台本を台無しにして、自分が主役だと分からせたカニーロであったが、結局それも全て彼女の筋書き通りだったのだ。
「聖剣も死んじゃったことですし、これで“勇者ごっこ”もお死舞いですねぇ。次は何して遊びますか?」
腕を後ろに組みながら、悪魔的暗殺術を披露したムラヤマが依然として無言を貫くカニーロに近づく。そして獲物を狩る蛇のように、ゆっくりと不気味に彼の顔を覗き込んだ。
「さっきからお返事が無いんですけど、もしかして大好きな玩具を殺されて悲しい気持ちになっちゃったんですかね……? 大丈夫ですよぉ。カニさんの悲しい気持ちもその命も、全部まとめて私が殺してあげますからねぇ」
「……光の剣!!」
ムラヤマがそう宣言した瞬間、カニーロは光魔法で生成した剣を握りムラヤマに振るう。最低限の身のこなしで回避した彼女は興味深そうにその剣を見つめていた。
「ふ、ふふふ! 聖剣を壊しただけで調子に乗るなよッ! この屑女がッ!!!」
光の剣をムラヤマに構えるカニーロ。彼の顔にはこれまでの圧倒的余裕さは消え失せ、まるで縄張りを荒され激昂する獣のような、余裕の無い下劣な怒りが剥き出しになっていた。
「“俺”は聖剣の勇者だぞ!! お前みたいな屑女、俺の魔法だけで十分殺せるんだッ!!!」
「…………へぇ。それって本当なんですかぁ?」
「当たり前だろッ! 俺はッ! 俺は聖剣の勇者だぞッ!!!!」
嘲笑的で何処か哀れみも含んだ言葉をぶつけたムラヤマに、カニーロは怒りに身を任せながら攻撃を仕掛ける。しかし、ムラヤマは既に気配を殺しており、哀れな剣が空を切るのみとなった。
「いちいち俺をおちょくる真似しやがって……! おい、何処行った!! 早く出てこいよ!!!」
顳顬や首筋にくっくりと青筋を立てながらカニーロは叫ぶ。無論、返事などは返ってこない。彼の怒声は死骸のみが存在する、豪華な装飾で彩られていただけに過ぎない空間に空しく木霊した。
その空間を鬼の形相で目配りしながらムラヤマを探すカニーロ。彼の心中で渦巻いているのは激しい怒り、憎悪と殺意、そして、ムラヤマに対するはっきりとした明確な恐怖であった。
大丈夫、自分は大丈夫なんだ。聖剣を失ったとしても、まだ“勇者”としての自分が生きている。それなら、自分が決して負ける筈が無い。
何故なら自分は世の中の圧倒的強者、社会的英雄、絶対的正義の存在、聖剣の勇者なのだから……!
「いい加減出て来いよ!! ぶっ殺してやるよ!!! ムラヤマッ!!!!」
口では怒号を飛ばし、心の中では自分は大丈夫なのだと何度も何度もカニーロは言い聞かせる。
だからだろうか、きっとだからだろう。己の怒声と恐怖を拒み続けるその声のせいで、彼は全く気が付かなかったのだ。
彼の恐怖の対象、ムラヤマが背後にピッタリとくっ付いて、不気味な笑みを浮かべていることに。
プロフィール
ムラヤマさんソード
色んな味のガムが入っている玩具の剣。折角なので、ムラヤマさんに何味が好きか聞いてみようと思う。
“ムラヤマさーん?”
「はぁい」
“何が好きー?”
「人殺し……なぁんちゃって、うふふ、冗談ですよぉ」
全く持って冗談ではないのでこれ以上の言及は止めておきます。