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7話

 「どうだい? いい加減分かったかな? 僕と君との力の差ってやつが」


 既に勝負が喫したような表情でカニーロが言った。そんな彼に対してムラヤマは無言の微笑みだけで返す。二人の足元にはナイフや鉤爪の破片だけではなく、鎌やヌンチャク、鎖など様々な暗器が文字通り粉砕されていたのである。


 「……やってるうちに段々と分かって来たよ。君の暗殺術は本当に技術であって、本来の能力は暗器(こっち)なんだろ」


 カニーロが話している最中、ムラヤマがトンファーを慣れた手つきで回しながら急襲を仕掛けるも軽々しく弾き返され、破壊されてしまった。


 「流石の暗殺術でも、この量の武器を隠し持つことなんか出来ないよね? つまりコレは君の魔法の能力で作られた物だと僕は考える。例えば“想像した武器を具現化出来る”みたいなね」


 今度は密林地域で藪を薙ぎ払う為に使われる大鉈を何処からともなく取り出して襲い掛かるムラヤマ。本来の用途と同様、横に薙ぎ払うも聖剣を刈り取ることは出来ず、逆に先程と同様破壊されてしまった。


 「えーい、ムラヤマさんハンマー」

 

 間髪入れずにムラヤマが“ハンマー”と称した小さな金槌を(くだ)す。しかし、聖剣の前には如何なる武器であっても平等に無力。一閃必殺の剣は金槌をいとも簡単に切り裂き、ムラヤマの不気味な笑みにも届かんとしていた。


 間一髪顔を逸らし回避したムラヤマは一度体勢を整えるべくカニーロと距離を取る。その時、彼女の頬に馴染みの無い感触を覚えた。指の腹でなぞってみると返り血ではない紛うことなき自分の血が付着していた。回避したつもりでいたが彼の攻撃がギリギリ届いており、彼女の青白い頬に僅かながらの切り傷を作ったのだった。


 「いやぁ全く大した能力だと思うよ。ただ、残念ながら僕には届かない。君がどんな武器を出してきた所で、聖剣に勝る武器なんてこの世に一つとして存在してないんだから」


高らかに、誇らしげに、そして饒舌に話すカニーロ。そんな彼に一切目もくれず、ムラヤマは付いた血を指の腹同士で擦り合わせてたり、指を話したりくっ付けたりを繰り返し、自分の血の粘り具合いを楽しんでいた。


「…………まぁ、確かに。強いんじゃあないですかねぇ。“聖剣”は」


段々と凝固していき、硬くなってきた血を見つめながらムラヤマがそう呟く。彼女の呟きにこれまで演技ではないかと疑う程自信に満ち溢れていたカニーロの表情が、一瞬だけくすんで見えた。


「なんだか悪意のある言い方じゃないか。それってつまり、聖剣自体は強いけど、僕の実力は大したことないって言いたいのかい?」


「だってカニさんは“弱い者イジメ”が大好きじゃあないですか? 弱い者イジメをしている人間こそが本当に弱い人間なんだー! って、小さい頃学校で習った思い出があるんですよねぇ。まぁでも、お勉強中はいっつもボーっとしてるかお絵かきして遊んでいたので、記憶違いかもしれませんけど」


 「話が全然見えてこないんだけど。勇者であるこの僕が弱い者イジメなんかするとでも?」


 「うふふ、勇者って“いじめっ子”で“嘘つきさん”なんですね。私、知ってるんですよぉ? カニさんがお友達の男の子イジメたり、小さな女の子で“沢山遊んで”楽しい思いしてるのを」


 「…………ああ、そう。そういう事だったのか」


 ムラヤマの口振りから事の全容をおおよそ把握したカニーロ。彼はふと視線をムラヤマから外し、今頃何処かで絶望に震えるロキの姿を想像しながらほくそ笑む。


 「…………ムラヤマさんはさ、弱い者イジメについてどう思う? 君が学校で習った通り“本当に弱い者”がやる行いだと思うかい?」


 「んー。よく分からないというか、正直どうでもいいんですよねぇ。学校でもお仕事中でも“道徳の無い女”だって言われるくらい道徳のお勉強が苦手だったので」


 「ああ、そう。僕はその逆でさ、弱い者イジメっていうのは本当に強い人間だからこそ出来ると思ってるんだよ」


 カニーロの言葉に道徳心が全く無いムラヤマがキョトンと首を傾げる。


 「何も難しい話をしている訳じゃないよ。例えばさ、金持ちが奴隷を買って何をしようが許されるでしょ? 国の王が国民に何をしたって権力と法の前では全て許されるし、もっといえば子供がその辺の虫を殺したって、誰も咎めようとはしない。世の中っていうのは強者のやる行いは全て許されて、弱者は一生虐げられるように作られてるんだよ」


 カニーロは腰に携えた聖剣に目をやり至極優越的な笑みを浮かべた。


 「だからロキみたいな圧倒的弱者が僕にイジメられるのは当たり前なんだよ。なにせ僕は聖剣という最強の剣に魅入られた人類史に名を遺す英雄、聖剣の勇者なんだから」


 心地の良い自己肯定感に浸り尽くしたカニーロは鞘から自慢の愛刀を抜き出し、自分の演説を無視しながら、ボーっと指先を見つめているムラヤマに剣を構えた。


 「本当に残念に思うよ。君の実力を考えれば強者(ぼく)と同じ立場になれただろうに。敗因としてはなんだろうな? その歪み切った性格と弱者(ロキ)の復讐を引き受けてしまう甘さ、優しさだったりするんだろうね」


 優雅に堂々と近づくカニーロ。依然としてムラヤマは指先を見つめている。


 「それじゃあ名残惜しいけど、これで最期にしちゃおうか。君が壊した家具代と仲間の分、しっかり“イジメ”てあげるからね、ムラヤマさん!!」


 不可侵の聖域範囲内、高らかに聖剣を振り上げ、彼女の首目掛け降ろされる。このままいけばムラヤマの首がいとも簡単に切断されて、その黒髪が力無く転がり止まった後に、物語の最後を締め括るピリオドになってしまうであろう――。




 

 「――はぁ、どうでもいい」


 「っ!?」


 ポツリ、とムラヤマの口から零れた一言。ソレを聞いた瞬間、あろうことかカニーロの身体は反射的に彼女から距離を取った。自分自身何が起こったのか分からず唖然とするカニーロ。彼の額からはこれも原因不明な汗が垂れる。


 「私、自分が楽しいこと以外本当にどうでもよくて。カニさんがさっきから言ってる事とか良く分からないし、興味もないし、どうでもいいんですよねぇ」


 ムラヤマは尚も指先を見つめながら、凝固した自分の血をカリカリと爪で剝がし始める。


 「強者も弱者もどうでもよくて、“復讐”とか“最愛の人”とか“誇り”とか、全部どうでもいい……。本っ当に、心の底からどうでもいいんですよねぇ…………!」


 ガリガリと強く指を擦り続けるムラヤマ。その光景を目の前に、カニーロの心中ではある感情が蠢く。


それは絶対的な強者にはあってはならない感情、聖剣の勇者として決して抱いてはいけない感情……。目の前の不気味で、異質で、底知れない深淵を感じさせる、殺し屋に対する恐怖であった。


「ふぅー、やっとスッキリした」


血を剥がし終え、天然の鮎の腹のような綺麗になった指を見つめながらムラヤマが言った。先程までの雰囲気とは変わり、その表情はいつも通りの子供っぽくてとっても可愛らしい笑顔に戻っていた。


「指も綺麗になったことだし、カニさんの事も飽きてきたので、そろそろ本当に殺しちゃいますね」


ニコニコ笑顔で死の宣告を告げるムラヤマ。恐怖に狼狽えていたカニーロはその一言で我に返り、勇者の余裕を演じる。


「……殺す? 一体どうやって殺すつもりだい? 僕の聖剣を前に君の攻撃なんか全くの無意味だって、身をもって体験し尽くした筈だろう?」


「うふふ、私、殺し屋ですからねぇ。殺し屋に殺せないものなんて無いんですよぉ……。手始めに、まずはカニさんの大好きな“聖剣”から殺しちゃいましょうかねぇ」


ムラヤマの意味深な発言に眉をひそめながら、カニーロは自慢の聖剣を構える。豪華なシャンデリアの光が、聖なる剣に反射し、名前に恥じぬ神々しい光を放つ。


そんな明かりをマジマジと見つめるムラヤマ。聖剣の光なんかでは決して消し去ることの出来ないような闇を秘めている彼女の口角が一段と上がったのであった。

プロフィール


ムラヤマさん

学校は沢山遊べるので大好きだったが、授業には待ったく興味が無かった。

特に体育では運動神経抜群なのにも関わらず、徒競走では歩くし、マット運動ではマットに仰向けになって寝そべっていた。跳び箱に関しては、ジャンプ台までトボトボ歩いていき、やる気なく跳び箱によじ登り、よっこいしょと馬乗りになってフフーンとドヤ顔を披露していたらしい。


ムラヤマさんハンマー

ハンマーと称しているが、ホームセンターで買える一番小さいサイズの金槌。柄の部分に“ムラヤマ”と油性で名前が書いてあり、その下にムラヤマさんの似顔絵も描いてあるらしい。

河原で拾ってきた石を割って、化石発掘ごっこをしたり、先生の肩凝り解消に使ったり、アルミホイル玉を作るのに使っていたらしい。

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