6話
ここまでの戦闘で特筆すべき点は何処か。カニーロは鞘を持ちながら考える。
突如目の前から消え去り、足音もなく相手に近づき殺す卓越された暗殺術か。人体を軽々しく切断出来るあのナイフか。違う、ここで最も注目すべき点は、これまでの殺害は全てナイフによる物だったこと。そして彼女が殺したメンバーの順番である。
まず初めに殺したのは“魔法使い”のスグーシー。そして次に“弓手”のエビーナを殺し、最後に“戦士”のエンバラを殺した。彼女が積極的に殺しにかかったのは、魔法や狙撃といった遠距離攻撃をメインとする職業の人間であったのだ。何故なのか、答えはこの殺し屋には近接戦闘でしか人を殺す手段がないからである。
そもそも遠距離攻撃が出来るのであれば屋敷に侵入する必要なんか無い。足音や気配を殺しながら移動出来るのであれば、そのまま遠くから射殺すなり魔法で殺すなりをすれば良いのだ。それが出来ないからわざわざ屋敷に侵入してきて、真っ先に遠距離二人組を殺しにかかったのだろう。
まだナイフ以外にも暗器を隠し持っている可能性は十分ある。しかし、どんな武器を使ってこようが気配を殺し姿を晦ませようが、彼女はこの聖剣の間合いに必ず踏み入らなくてはならないのだ。
となれば、何一つ恐れる必要はない。ただ剣を構えて待つだけでいい。彼女が近づいてくる以上、この剣が聖剣である以上、自分の勝利は揺るがないのだから。
「さぁ、どうぞ。何時でも何処でもどんな状況でも、君のタイミングで好きに殺しにかかってきていいよ」
ムラヤマの華麗な殺戮ショーを観ていたにも関わらず、余裕綽々な態度を取るカニーロ。そんな彼の挑発と態度を観察するように眺めていたムラヤマは今一度不敵な笑みを浮かべナイフを構える。
「私、冗談とか皮肉とかよく分かんなくて、つい本気で真に受けちゃうんですけど。本当に好きに殺しちゃっていいんですか?」
「ああ、勿論。思う存分好きにやってくれて構わないよ。どうせ結果は分かってるんだから」
「そうですか。では、お言葉に甘えて……」
そう言ってムラヤマはナイフを構えながらゆっくりと歩を進める。向かってくる殺し屋に対し、カニーロは鞘に手をかけたまま自信に満ちた顔を崩すことなく彼女を見据える。
「行きますよぉ……。抜き足……差し足――」
「――跫音殺し」
そう言葉を告げ、一歩足を前に出した瞬間。ムラヤマはカニーロの目の前から完全に消え去ってしまった。耳を澄ませてみても何一つ聞こえない。ただ酷く不気味な静寂が広がっているのみだった。
「へぇ、凄いな。近くで見ても全然分からないや。これはあいつらじゃあ全く手に負えない訳だ」
最早神業と形容すべき暗殺術を前に声を上げながら感心を示すカニーロ。依然として刀は抜いていない。
「これが本当に魔法じゃあないなら、もしかして練習すれば僕にも出来るのかな? ねぇ? ええっと名前聞いたっけ――」
「――ムラヤマです。覚えなくて結構ですよ」
暢気な質問を投げかけた直後、突如としてカニーロの背後にムラヤマが現れる。そして彼が振り返るよりも素早く動き、ガラ空きの後頭部目掛けてナイフを振り上げた。
「あら?」
後はただナイフを振り下ろすだけとなったその時、ムラヤマは自身の身体が急にざわつき出したのを感じた。そんな謎のざわつきに疑問符が浮かんだ次の瞬間、アーク光のような眩い光が唐突に放たれる。光源の正体は鯉口を切った際に煌めいた聖剣の刀身であった。
「――聖剣、抜刀」
光の如く振り返ったカニーロが聖剣を振り抜き、ムラヤマのナイフを弾き飛ばす。余りにも早すぎる太刀筋に反応が遅れた彼女もナイフと共に弾き飛ばされてしまったのだ。
弾き飛ばされたムラヤマは空中でクルリと身を反転させて両足と片手で地面に着地。再びナイフを構え攻撃に出ようとするが、抜群の切れ味を誇るその刀身は先程の一太刀で両断されてしまっていた。
「……どうだい、驚いただろう? 聖剣の間合い半径二メートルの空間には“聖剣の加護”っていう特別な魔法が掛けられていてね、この間合いに侵入してきた敵の位置を加護が瞬間的に教えてくれるから、僕はそこにただ剣を振るえばいいってわけ」
カニーロが愛刀の性能を自慢げに語る。
「この能力を“不可侵の聖域”って呼んでるんだけど、どうやら君とは相性最悪みたいだね。武器も壊れちゃったみたいだけど、どうする? まだ続きをやるかい?」
剣先をムラヤマに構えて勝ち誇るカニーロ。そんな彼に怯むことなく、ムラヤマは笑顔を崩さない。
「お心遣い感謝します。けど、心配しなくても大丈夫ですよ。武器ならほら、いーっぱい、持ってきてるんですから」
そう言って彼女は両手を後ろに隠した後、じゃじゃーん! っと手品のようにソレを見せびらかす。彼女の両手には手甲鉤やハンドクロー等と呼ばれる、猛獣の鉤爪を模した暗器が装着されていたのだ。
「ふぅん、面白い。何処からそんな武器取り出したのか分からないけど、それも暗殺術の――」
カニーロが言い終わる前にムラヤマは凶爪で彼を責め立てる。先程のナイフより幾分長いリーチ、そして二刀流からなる巧みなコンビネーションで息も付かせぬ攻撃を繰り広げている。
一方でカニーロは全く焦る素振りを見せず、淡々とムラヤマの攻撃を捌いていた。彼の剣術はごく一般的な王都騎士団剣術であるが、どんな攻撃にも対応が効き易いオーソドックスな剣術と不可侵の聖域を組み合わせて彼女の攻撃をいなしていく。
まるで戦場の最前線にでもいるかのような、白刃がぶつかり合う激しい音が次々と鳴り響く。そんな中、音を奏でる二人は涼しい顔で攻防を続け、勝負を決する一撃を放つ機会を虎視眈々と狙っているのであった。
そんな中、カニーロは再び考える。不可侵の聖域を突破し、自分を殺すためにムラヤマはどんな行動に出るのかを。答えは恐らく彼女が今使っている武器に隠されているだろう。
エンバラを殺した際、彼女はエンバラの攻撃を武器で受け止めていた。“威力を殺した”と彼女は表現していたが、恐らく今もソレを狙っている筈なのだ。鉤爪を両手に装備している理由は手数を増やし多彩な攻撃を仕掛け続けて本命の狙いから意識を逸らす為だろう。本命は片方の爪で聖剣の威力を殺し、もう片方で仕留める……。それが彼女の勝ち筋である。
であれば、彼女の筋書き通りに演じてやればよい。主演である彼女が一番輝けるように、脇役の自分は忠実に台本通りに事を進めればよいのだ。最後の最後でストーリを台無しにして、本当の主演は誰かを分からせてやれればそれでよいのだから。
カニーロは敢えて剣を大きく振りかざし、彼女が剣を受け止めるのを誘う。一瞬、ムラヤマの口角が上がったのを確認したカニーロは、彼女の筋書きを叩き切るように、力強く剣を振るった。
十本の爪が粉々に砕け散り、破片の数々が小雨のように地面に落ちる。ムラヤマが威力を殺そうと刀身に触れる前に、カニーロは全ての鉤爪を粉砕したのであった。
威力を殺そうと企んでいるのであれば、その技術を上回る威力で攻撃すればよい。二刀流術で攻めてこようものならば、一撃で二本とも壊してしまえばよい。簡単なことである。幾らムラヤマが暗殺者として優れていようが、聖剣の勇者の前では余りにも無力なのだから。
技紹介
跫音殺し《ころしあし》
コマンド↓↘→+パンチ
一瞬のうちにして足跡や気配を殺し、敵の前から姿を消す技。そこから様々な派生技があったり、相手が通常ガードしてもムラヤマが有利フレームだったりと、とっても強い技なのである。