5話
「まずは一人、ですね」
ムラヤマがナイフに付着した血を振り払うと同時にスグーシーの胴体が力無く倒れ込んだ。首元からは今も尚赤い鮮血が流れ続けており、傷一つ付いていないフローリングに一生拭い去ることが出来ない血痕を生み出していた。
「くそ! スグーシーが殺されちまった!! 何なんだ今の魔法は!?」
あまりにも理解が追いつかない出来事の連続に、冷静さを欠いてしまったエンバラが叫ぶ。このパーティーに入る前から戦士として数多の戦場を駆け巡って来た彼であったが、“気が付いたら”敵が目の前に現れて、気が付いたら仲間が死んでいた経験など初めてだったからだ。
「うふふ、魔法なんかじゃないですよ。私、殺し屋ですから。足音とか気配とか、殺せる物は何でも殺せちゃうんですよねぇ。ここに来る時も足音を殺して、ゆっくり、そーっと来たんですよぉ」
余裕の無いエンバラにニコニコ笑顔で答えたムラヤマ。全くもって理解不可能な回答に意識を持っていかれたその一瞬、ムラヤマは再び彼らの前から姿を消す。
「まただ! また気が付いたら消えちまいやがった!! ちくしょう! 次は何処に行きやがったんだ!?」
姿を消したムラヤマを懸命に探すエンバラであったが彼女を見つけ出せず、代わりに目についたのはスグーシーの生首を見つめたまま呆けているエビーナの姿であった。
「おいエビーナ! お前程の冒険者がこんな状況で何して――」
そんな彼女に注意を促そうとした矢先のことだった。一度大きく嘔吐いたかと思えば、真っ赤な泡がブクブクと彼女の口から溢れ出てきたのだ。
よく見ると下腹部から胸元にかけて大きく引き裂かれた跡があり、その傷口から様々な臓器が思わず耳を塞ぎたくなるような生理的嫌悪感がする音と共に垂れ落ちてくる。臓器の重みで耐えられたくなった彼女の亡骸は前のめりで倒れ込み、テーブルに顔面を強打しながらズルズルと地面に突っ伏していった。
「はい、二人目」
いつの間にか姿を現したムラヤマがぶっきらぼうに告げた後、エビーナから垂れ落ちばかりの生々しい内臓を黒いローファーのつま先でツンツンと突いてみたり軽く踏んづけてみたりしている。弾力だったりプリプリ加減を確かめつつ、その感触で遊んでいるようにも見えた。
「ぬおおおおおおおッ!!!」
その咆哮は仲間を殺された怒りか、限界までに達したムラヤマへの恐怖からか。雄叫びを上げたエンバラが自慢の大斧を振り下ろす。岩壁をも粉砕するその一撃を華奢なムラヤマが喰らってしまえば文字通り木端微塵になってしまうであろう。
そんな攻撃を彼女は寸での所で回避する。続けて二撃、三撃と一心不乱に斧を振るうエンバラの攻撃に対し、ムラヤマは一切無駄のない動きで素早く華麗に回避を続ける。自分の攻撃が全く当たらない事。卓越された身のこなし、仲間二人の悲惨な殺され方、そして回避しながらもずっと此方に向けられている不敵な笑みと漆黒の眼差し。これらの要素がエンバラの精神を蝕んでいき、彼の頭の中にはっきりと“死”という文字が浮かび上がってきた。
「うわあああああああッ!!!!!」
最早戦士とは程遠い叫びと顔でエンバラは渾身の一撃を放つ。そんな彼をクスリと笑って一瞥したムラヤマはナイフを逆手で構えると軽々しく呆気なく、いとも簡単にソレを止めたのであった。
「ビックリしちゃいましたか? 足音や気配以外でも、“この程度”の攻撃の威力だったら簡単に殺せちゃうんですよ」
そう言ってムラヤマは手首を捻り、ナイフの刃を縦に逸らす。勢い余っ前に倒れ込むエンバラ。相撲で言う所の死に体になった彼の背後に回ったムラヤマは、首元目掛けて一切の躊躇もなく凶刃を突き刺したのであった。
「はい、これでお終い」
たった数分、しかも一人で王都屈指の冒険者を始末したムラヤマ。首の無い死体、胴体から内臓が溢れ出ている死体、たった今絶命したばかりの屈強な戦士の死体。彼女はそれらを眺めながら、まるでブロック玩具でお城を建設した子供のような、至極満足げな表情を浮かべたのであった。
「いやぁ、凄いね。まさかたった一人にパーティを全滅させられるなんて夢にも思っていなかったよ」
フフーンと鼻を鳴らし悦に浸っているムラヤマに拍手と賛辞が投げかけられる。正体は仲間が惨殺されている中、一人静観していたカニーロだった。
「一流の殺し屋は何でも殺すって噂では聞いてたんだけど、本当だったみたいだね。遠くから見させて貰ってたけど、君の姿を捉えることが出来なかったよ。そのナイフも良く切れるね。何処のブランドなの? 教えてくれよ」
カニーロはワザとらしい大袈裟な身振り手振りを交えてムラヤマを絶賛する。
「卓越された技術と洗練された武器、身体は貧相だけど近くで見ると顔も可愛い、こんな形で出会わなきゃ仲間にでも誘ったんだけどなぁ……。はぁ、本当に残念だよ、そんな人材を自分の手で殺さなきゃいけないのが」
やれやれと首を振りながら肩を透かすカニーロは自慢の聖剣の鞘に手をかける。圧倒的自信からなる不敵な笑みを浮かべていた。
「私は今とってもワクワクしてるんですよ。早くカニさんを殺りたいなぁって、毎晩ずっと考えてたんですから」
そんな彼と同様の笑みをムラヤマも浮かべていた。違いを上げるとするならば、前者は噴水のような、無限に溢れ出る自信。そして後者は空になった古井戸のような、底が見えない恐ろしい不気味さを醸し出している所であった。
プロフィール
ムラヤマ
消えたり現れたりするのが得意な女の子。その特技を活かして(?)種も仕掛けもない制服のポケットの中から雑草を取り出すという世紀のマジックをパイメロに披露したことがある。全く持って面白くなかったらしい。
エンバラ
サラサラな髭がシンボルマークの戦士。何故サラサラなのかというと、ムラヤマが姿を消して再登場する際、彼のサラサラ髭から暖簾をくぐるかのようにひょこっと出てきたら面白いのではないかと作者が思ったからである。
結局尺と話の構成上没展開になり、設定だけが残った悲しき過去を背負う戦士なのである。
エビーナ(死体)
ムラヤマ曰く結構ぷにぷにしてる感触がしたらしい。