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4話

 王都三区の南に位置する富裕層が住むエリア。ムラヤマ達が住むツタに支配されたボロ屋敷とは打って変わり、成功者の証である大層立派な屋敷がズラリと立ち並んでいる。


 その中の一邸(いってい)でカニーロと彼の仲間である【黄金竜の翼】のメンバーが夕食を取っていた。彼らが集う食卓の広さ、家具や食器の値段、並べられた料理の質。全てにおいてムラヤマ達より優れており、もしこの状況下で例のスペシャルパンケーキなんかを自信満々に出そうものなら、鼻で一瞥され、クスクスと嘲笑され、今後の人生において一生忘れることが出来ない恥をかいてしまうだろう。それ程までにこの食卓は豪華絢爛なのであった。


 「それじゃあ改めて、僕達の新しい仲間、スグーシーに乾杯っ!」



 リーダーのカニーロが乾杯の音頭を取り、四つのグラスが軽快な音を鳴らした。


 「皆さんありがとうございます……! このパーティに入れただけでも幸せなのに、こんなおもてなしもして下さるなんて、もう本当に夢みたいです!」


 新加入の魔法使い、スグーシーがローブ越しでも分かる大きな双丘の前で祈りを捧げるかのように両手を組み、感激の笑みを浮かべた。


 「ガハハハ! そんなに謙遜するな。うちに入れたのは夢なんかじゃあない。スグーシーの実力と努力の結果なんだからな」


 豪快に笑いながらそう言ったのは戦士のエンバラ。筋骨隆々な身体と女性の髪のような長く美しい髭が特徴の男だ。


 「そうだよ! さっきのクエストだって大活躍だったじゃん。まさかお兄ちゃん以外で火炎龍(ファイアードラゴン)を一撃で倒す人初めてみたもん」


 カニーロの実妹である弓手のエビーナが言った。兄と同様の金髪をツインテールで結っているのが印象的である。


 「そ、そんな! 皆さん褒めすぎですよ……! 私なんて皆さんと比べたら全然駄目ですし、ドジだし、正直足手まといにならないか不安で……」


 喋りながら段々と肩を落として項垂れていくスグーシー。それもその筈、パーティに参入してから初めてのクエストでメンバーと自分の圧倒的な実力差を痛感したからである。


 戦士のエンバラはその役職に恥じぬ勇猛さで常に先陣を切っていた。道中、行く手を阻む魔物や巨大な岩壁が現れた際も自慢の斧で文字通り粉砕していった。エビーナの狙撃は百発百中にして一撃必殺の精度と威力を誇っており、最早彼女一人さえいれば後衛職など不要な程、彼女の狙撃は圧巻だった。


 そして何より凄かったのが聖剣の勇者カニーロである。自分が倒した火炎龍より何倍も大きく災厄の龍と古文書で記されていた伝説の龍と鉢合わせしてしまった際、正直自分は死を覚悟していた。しかし、彼は龍の破滅的な攻撃を剣で簡単にいなし、物の見事に打ち負かしたのである。


 災厄とまで記された存在を、まるで弱い者イジメのように圧倒的実力差で討伐したカニーロ。その姿に尊敬を超えて恐れ戦くような恐怖すら感じた。それ程までに実力がかけ離れた人物たちに褒められた所で、自分の自信とプライドが殺されていくのみであった。


 「この生エビ、プリプリで弾力があって、とっても美味しいです。他のお刺身もとっても美味しくて、何だか故郷の味を思い出しますねぇ」


 そんなスグーシーを見かねたカニーロは徐に席を立ち、彼女に歩み寄る。気落ちしている彼女の肩にそっと手を回した。


 「大丈夫、何も心配することないんだよ。エンバラも言ってただろ? 君の実力は本物なんだ。もっと自分を誇りなよ」


 「で、でも……」


 尚も不安そうな表情が拭えないスグーシーをカニーロは肩に手をかけたまま優しく抱き寄せる。驚いて見上げてくる彼女に向けて、聖人のような、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


 「いいんだよ。ドジだって幾らやらかしてもいい。足だって幾らでも引っ張っていい。本当に役立たずだったって全く構わない。だってスグーシーは僕の大切な仲間なんだからね」


 優しい抱き方、優しい声色、優しい顔に優しい言葉……。それらがスグーシーの心を満たし不安を取り除いてくれる。


 「何だか心が楽になりました。ありがとうございます、カニーロさん。いいえ、聖剣の勇者様……!」

 

 瞳をじっとりと濡らせながら惚けた顔でお礼を言ったスグーシーは彼の身体に顔を預ける。富、名声、勇者としての実力に美貌。これら全てを兼ね揃えた男の前で、彼女は女として落とされていたのだ。


 であるからだろうか。彼女はすっかり盲目となり見落としていたのだった。彼が言った優しい言葉の数々に他の仲間は薄ら笑いを浮かべていたことを。そして何よりカニーロの優しい微笑みが向けられていたのは彼女の顔ではなく、魅力溢れる官能的な胸だったことを。


 「……じゃあ、スグーシーも安心したことだし食事を再開しようか。今夜は彼女の要望に応えて“極東の島国”出身のシェフを呼んだんだよ。冒険者らしく遠慮しないで、好きな物を好きなだけ食べてくれ」


 「流石お兄ちゃん、太っ腹! じゃあ私はお寿司ってやつ食べたい!! 後天ぷらってやつとすき焼きも!!」


 「ガハハハ!! 俺には“ワギュウ”ってのを焼いてくれ!! 口の中で溶けちまうくらい美味いって噂だからな、興味があったんだ!!」


 「じ、じゃあ私はラーメンが食べてみたいです! 中毒になるくらい美味しい麵料理だと聞いているんで、一度でもいいから食べてみたくて……!」


 「私はクリームぜんざいが食べたいです。餡子もクリームも白玉も全部マシマシでお願いしますねぇ」


 “四人”各々が好きな物を注文しながら楽しそうに食事と会話を交わし合う。そんな中カニーロは皆に悟られないようにひっそりとほくそ笑んだ。豪華な屋敷に豪勢な料理。超一流の仲間に加え、新たに手に入れた自分に惚れ込んでいる顔が可愛くてエロい身体つきの女。自分が手に入れた物を一つ一つ数えていると嫌でも笑みが零れてしまうのであった。


 しかしこれだけでは満足出来ない。今の地位と名声や様々なコネを活かし政界へ進出するつもりなのである。一歩一歩順調にキャリアアップしていき政界のトップへ。そして王族の仲間入りを果たしこの国全てを手に入れる。これが、カニーロが思い描く夢の全貌であった。


 自分の手に入れた物とこれから手に入れる物。もう一度改めて数えていくと笑みが止まらず下品なことに涎まで垂れてしまう始末。慌てて涎を拭い顔を整えた後で――。


 「――ところで、たった今気が付いたんだけどさ。誰だい君?」


 ここでようやくカニーロは気が付いたのだ。自分が手に入れた物の中に“異物”が混ざりこんでいることに。キラキラした物の中に、黒くドロドロした物が混入していることに。


 彼の一声で他のメンバーも気が付き、皆席を立ちあがりソレを見つめる。青白い顔に黒髪と黒い学生服を着ているソレは皆の視線に気が付いたのか、お行儀よく持っていた箸と皿を置いて、薄ら笑いを浮かべながらゆっくりと立ち上がる。


 「ええ? 誰って? 誰って言われましても……」


 人差し指をチョコンと顎に当てながら考える素振りを見せるソレ。紛うことなき異質なソレに対して冒険者達は各々を武器を構え始めた時だった。




 「――殺し屋ですけど、私」




 ソレがそう言った後、ナイフを取り出したかと思えば、一瞬まるで時が止まったかのような錯覚に一同は襲われた。その錯覚が解けた後で、エビーナが大切な弓と矢を落とし甲高い金切り声で絶叫したのだった。


 何故ならスグーシーの無様な死に顔をした生首が彼女の料理の上に振ってきたからである。目の前では残された胴体が尋常ではない程痙攣をしながら、切断面から噴水の如く血を流し続けていた。

プロフィール


ムラヤマさん

お刺身やお寿司がとっても大好き……と自分では口にしているが、エビ以外は全く食べられない。好きなお寿司のネタは卵焼きとハンバーグ寿司とフライドポテト。後、ミルクレープ。



スグーシー

登場一話で“すぐ”死んでしまった悲しき魔法使い。

理由は何故か全く分からないが、異性受けがかなり良いらしく、今晩カニーロに抱かれていれば経験人数が驚きの四十人に達し、穴兄弟学級が爆誕する予定だったらしい。



エビーナ

カニーロの実妹。ロキのことを“雑魚オス”と称し、酷い嫌がらせやイジメをしていたらしい。

口ではお兄ちゃん大好きだとほざいているが、カニーロがロキやハウにした仕打ちを何となく察しているらしく、憲兵に捕まる前にパーティの財産全て盗んで行方をくらませようと企んでいたらしい。

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