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2話

 「――わぁ……! ここが、ハウ達の新しいお家……!!」


 王都第四区の大通り、ロキの隣に立っている白髪の獣人娘ハウが目の前の建物に歓喜の声を上げた。


 「前のお家も好きだったけど、今度のは綺麗で立派ですっごーい! って感じっ!!」


 三角形に生えた獣耳をピコピコと動かし、ふわふわな尻尾をフリフリと揺らすハウ。身体の全身で喜びを表現する何とも可愛らしい彼女の姿に自然と頬が緩んでしまう。


 そんなハウをもう少し喜ばせてあげようと思い、ロキは彼女と同じ目線まで姿勢を低くしそっと肩を抱き寄せた後、建物の看板を指差した。


 「ねぇ、ハウ。この看板に何て書いてあるか分かるかな?」


 「え? えっとね、うーんと……。はぅ……」


 まだ文字の読むのが難しかったのか、ハウは少女らしいつぶらで大きな瞳をウルウルと濡らしながら此方に助けを求める。そんな所も愛らしくて、ロキは彼女の少し癖のあるモフモフな頭を撫でてあげた。


 「あれはね、【ロキとハウの診療所】って書いてあるんだよ。今度の診療所はね、(ロキ)(ハウ)の名前が入ってるんだ」


 「…………ハウのお名前?」


 「うん、そうだよ。これから二人でいっぱい頑張ろうねって意味で付けたんだけど、嫌だったかな?」


期待していた反応ではなく、俯いて困惑した表情を浮かべるハウ。暫く様子を見守っていると彼女は申し訳なさそうに上目遣いでこちらに顔を向けてきた。


 「……いいの? ハウ、まだ文字も上手に読めないし、いっつもドジしちゃってお仕事もロキに迷惑ばっかりかけてるけど。本当にいいの?」


 今にも涙が零れ落ちそうな表情を浮かべるハウを見て、彼は(おもむろ)に立ち上がり彼女のことを優しく抱きしめる。


 「いいんだよ。ハウが僕の隣にずっと居てくれるんだったら、それでいいんだよ」


 彼の身体は言葉以上の思いを伝えたかったのだろう。そう言い終えると彼女を抱きしめる腕に自然と力が入った。ロキの気持ちが伝わったようで、ハウも腰に腕を回して一生懸命僕を抱きしめてくれた。少女特有の心地良い体温と胸の辺りにじんわりと広がる涙の温かさを確かに感じることが出来た。


 「ありがとう……! 大好き! 大好きだよロキッ!! えへへッやっぱりロキは“勇者様”なんだね!」


 「…………僕は勇者なんかじゃないよ」


 「ううん! 勇者様だよ! あの日、ボロボロのハウを助けてくれた時から、ずっとずーっとハウの大大大好きな勇者様ッ!!」





 ×××××××××





 「――う゛ぅ……かひゅ、ひゅ、ぷぐッぐぅ…………」


 蠟燭がほのかに灯りを照らす薄暗い洞窟の奥深く、少女の呻き声が聞こえてくる。


 「――ああ、可哀そうに……! 可愛い顔がグチャグチャになってるじゃないか」


 端正な顔立ちの金髪の男が手燭(てしょく)で彼女の顔を照らし心配そうな表情を浮かべる。男の名前はカニーロ、腰には彼の代名詞である聖なる剣が帯刀されている。


 「ハウちゃんだっけ? 一体誰にやられたんだい? ほら、話してごらんよ……。話せるもんなら」


 「ひゅ、はぅあ、はっ はあ、ああああああああ!」


 恐怖と痛みに支配されたハウの絶叫が洞窟内に響き渡る。その声をまるで優美なピアノ演奏を鑑賞しているかのように、カニーロは目を閉じ満足げに頷くのであった。


 彼女は全裸で、その裸体にはおびただしい数の痣が出来ていた。そして顔に至っては凄惨としか表現できないような状態だったのだ。


 つぶらで大きな瞳は埋もれて開けなくなるほどに大きく腫れあがっている。三角形の獣耳はちぎり取られ、ちょこんとした鼻もへし折られ、何度もロキに愛を告げたその口からは、今も尚赤黒い血と砕かれた歯の破片が零れ落ちていた。


 「はぅうううううう!!!! も、もうやめっ! やめへくだふぁい!! たふけへくだふぁいぃいいい!!!!!!」


 必死な思いでカニーロの足にしがみ付き命を乞うハウ。そんな彼女を足で振り払った後、その顎目掛けて思い切り蹴りを食らわせる。勢いそのままに地面に倒れ込んだ彼女の後頭部から出血が始まり、血の泡を吹きながら絶命の痙攣が始まった。


 「おっと、つい本気で蹴りすぎたな………。ごめんね、死ぬのはちょっと待っててね」


カニーロは軽い足取りで今にも事切れるハウを置いてその場を離れる。数歩進んだ先には椅子に縛られ口を封じられたロキがいた。


「さぁロキ、回復師(ヒーラー)の出番だよ。役立たずな君の魔法で愛しの彼女を助けなきゃ……!」


 「…………回復(ヒール)!」


 口の拘束具が外されたロキが掠れた声で懸命に唱えた。淡い光に包まれたハウの身体はみるみるうちに治癒されていき、直視出来ない程の惨状だった彼女の顔も、元通りの可愛らしい顔になっていった。


 「おお! 随分と成長したじゃあないか。僕らの仲間だった頃は掠り傷をやっと治せる程度だったのに。頑張ったんだね、努力したんだね、偉い偉い」


 「ハウ!! 大丈夫!? ハウッ!!!」


 かつての仲間の労いの言葉など一切聞かず、ロキは彼女の名前を叫ぶ。ハウは仰向けのまま動くことが出来なかった。身体は完治しても心は治せず、身体を小刻みに振るわせながら浅く速い呼吸を繰り返していた。


 「もうこんな事止めてくれよ! これ以上はハウが……! ハウが本当に死んでしまう!!」


 「いいや、止めないよ。だってコッチの方が君にとって嫌なことなんだろう?」


 「何で……!! 何でだよ!!! 僕達がお前らに何かやったのか!? 何もしてないだろ!! ましてやハウなんて全く無関係で――」


 必死に叫ぶロキの口に再び拘束具が装着された。それでも尚叫び続ける彼の姿をみて、カニーロは呆れた様子で息を吐く。


 「あのさ、黄金竜の翼(僕のパーティー)でコキ使われるかイジメられるしか役に立たない惨めな人生送っていた君がだよ? ある日王都四区の大通りなんて場所に、あんなに立派な診療所を建て始めた訳だ。それも結構繁盛していて、可愛い助手もいるってね。僕の立場になって考えてごらんよ。無能だと思って馬鹿にしてた奴が実は有能で、そんな人物を馬鹿にしていた僕が本当の無能っていうオチ、腹が立って仕方がないよな? どうにかして懲らしめてやりたいよな? で、思い付いたんだよ。お前(………)の大切な女の子、目の前でぶっ壊してやろうってね」


 恐怖で動けないハウを軽々しく持ち上げ、ロキの足元にもたれかかるように座らせる。今も尚パニックに陥っている彼女の頭を撫でながら、酷く模範的な優しい笑みを浮かべた。


 「だからハウちゃんにはこれから沢山酷い目に遭ってもらうからね。勿論、我慢なんかしなくていいから。いっぱい痛がって泣き喚いて僕が満足するまで何十回も死にかけて……。最期は心も身体も全部グチャグチャにして殺してあげるからね」


 「……いや、やらぁ!! いや!! やだあああああ!! やあああああああああああああ!!!!!!」


 精神が限界に達してしまったハウが一心不乱に泣き叫び、椅子に縛られ動けず話すことも出来ないロキによじ登る様にすがった。


 「助けて!! ねぇ!! 助けて下さい“勇者様”!! も゛うむりですぅうう!!! いたいのもこわいのもいやなんでずぅううううう!!!!!! おねがいたすけてぇえええ!!! たすけてください、ゆうしゃさまぁあああああああ!!!!!!!!」


 顔を歪ませるほどの大泣きで、ハウは大好きな勇者様(ロキ)に助けを求める。


 今すぐにでも彼女を助けたい、救いたい、溢れる涙を拭ってあげて震える身体を抱きしめてあげたい……! ロキは必死に拘束を解こうと抗うが、指先一つすら動かすことが出来ない。彼女の名を叫ぼうにも声の一つもまともに出せない。それほどまでに拘束具が強力なのか、魔力で何かしらの強化(バフ)がかかっているのだろうか。答えはどちらも不正解。勇者様(ロキ)を拘束しているソレは至って平凡でなんの特徴も持ち合わせていない普通の拘束具である。


 全裸で命乞いを続けるハウ。勇者と慕われていたにも関わらず、普通の拘束具に手も足も出せずにいるロキ。無様で滑稽な二人の様子にカニーロの口角が歪なほどに吊り上がり、契約を完了させた悪魔のような、酷く満足げな笑みを浮かべる。そして腰に帯刀した聖剣を抜刀し、自分達のことを主人公やヒロインなどと勘違いをし、眼前で愚かな悲劇を演じる二人を更なる地獄へと落とすべく“本物の勇者”がゆっくりと歩みを進めるのであった。

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