16話 ムラヤマさんとの一日デート券
「――わぁ、凄いっ! お城みたーい!」
今回のターゲットであるジョーンズの別荘を見て、サティがそんな感想を呟いた。森林の中を少し進むと、見えてきたのはカニーロ邸よりも立派な洋館であった。
「いいないいなぁ。サティもこんなお家住みたいなぁ……。ねぇねぇ、ここに住んでる奴ら全員殺したらさぁ、サティ達が代わりに住んであげようよ! ムーちゃんがこのお城の王子様で、勿論サティがお姫様っ!」
白馬に跨る王子ムラヤマとその恋人である自分を妄想しながら楽しげに歩くサティ。
「お馬さんに乗るムーちゃんの背中にピッタリ寄り添いながら、森の中をゆったりお散歩したり、綺麗なお花を見つけたりして過ごすの! それでね、大きな切り株の上に美味しいご飯をいっぱい乗せて、森の動物さんとか妖精さんと一緒にピクニックするんだぁ。どう? 素敵だと思わない?」
「…………てめぇのくだらねぇ話はよぉ、終わった後に幾らでも聞いてやる。今は仕事に集中しやがれ」
そんな彼女とは対照的に、隣を歩くパイメロは眼光で標的の屋敷を睨みつけながら歩を進める。その姿は静かに闘志を燃やし始める戦前の戦士そのものであった。
自分の話を碌に聞いてくれないこと、くだらねぇとまで言われたことにご立腹になってしまったサティはムスっと顔を顰めてパイメロをまじまじと睨みつけた後、何か悪だくみを思いついた子供のような表情を一つ浮かべた。
「ふぅん、そっか。お仕事、ねぇ……」
「……んだよ、何か文句あっか?」
「いやぁ別にぃ? けどさー、こんな夜中にそんな“エッチな”恰好してするお仕事って、一体どんなお仕事するつもりなの?」
「…………あ?」
口元に手を添えながらワザとらしく嘲笑するサティ。今度はそんな生意気な顔でパイメロの全身をまじまじと見つめ直した。
赤い腰布からすらりと伸びた健康的な太ももと生足、彼女の豊胸を唯一支えているのは茶色い革のみであり、薄っすらと隆起した腹筋や少し縦長なおへそまで露わとなっている。
首元には獣の牙を加工したネックレス、腕には赤く染色された細布を巻き付けており、そして目元には赤い塗料が恐らく二本指を使って動物の牙のように、はたまた血の涙を流しているかのように塗られていたのであった。
「…………サティ、てめぇ今なんつった?」
「なになに? もっかいサティに罵られたいの? やっぱりパイメロってエッチなんじゃ――」
サティが言い終える直前、パイメロが彼女の前に立ち塞がる。見下ろしながら睨みつけるパイメロの眼光は先程よりも鋭く、静かに燃やしていた闘志が激情によって激しく燃え上がっていた。
「……この服はアタシの部族の誇りだ。アタシのことはどんだけ馬鹿にしてもいいけどよぉ……! 誇りを馬鹿にするのは許せねぇ……!!」
「…………やぁん、パイメロちゃんったら怖ーい。その怖いお顔ごと、サティが可愛くドレスアップしてあげようか?」
パイメロの気迫に一切動じることなく、笑みを浮かべながら上目遣いで見上げるサティ。彼女らしい可愛い仕草のようにも見えるのだが、その笑みは酷く冷笑的であり、パイメロを見つめるその瞳にはまるでヘドロのように混沌とした殺意が明確に宿されている。
熱と冷、決して交わることの無い二つの殺気が反発し合い、まるで衝撃波が辺り一面に広がったかのような、そんな錯覚さえ感じる程の重圧が辺りに轟く。そんな殺気に恐れをなしたのか、森の中で息をひそめていたカラス達が一斉に空へと離散していったのであった。
「二人とも、喧嘩をしたら駄目ですよぉ」
そんな時、何処からともなく声が聞こえてきた。殺伐な雰囲気とはまるで正反対の我が道を行くのんびりマイペースな声である。
見合わせていた二人が声の方向に顔を向ける。そこには激情の殺気でも冷徹な殺意でもない、何物にも交わることが無く、決して交じり合うことが出来ない純粋無垢の殺意の持ち主であるムラヤマの姿があった。
「あっ! ムーちゃんだ!」
そんな彼女を見たサティは、先程の表情から打って変わり平素通りのキュートな彼女となってムラヤマに駆け寄る。ムラヤマの登場とサティの切り替えの早さに拍子抜けしたパイメロは舌打ちを一つ奏でた後で赤髪を掻いた。
「ねぇねぇムーちゃん、パイメロったら酷いんだよ? サティのお話全然聞いてくれないし、ちょっと悪口言ったくらいで殺そうとしてくるの!」
ウルウルと瞳を滲ませながらサティが言った。
「あらぁ、それは怖かったですねぇ。パイメロちゃんは早く謝って下さいねぇ」
そう言ってムラヤマは今にも泣きそうなサティの頭を撫でてあげる。事情を何も知らないムラヤマの適当な物言いと頭を撫でながら此方を見てくるサティの得意げな顔が、パイメロの怒りに再び火を付けた。
「別にアタシは無視してたつもりはねぇよ! それにアレはちょっとした悪口じゃねぇ! アタシの誇りに対する侮辱だ!! てめぇこそ謝りやがれ!!」
「あらぁ、侮辱は駄目ですよぉ。サティちゃんも早く謝った方がいいですねぇ」
「ええー? やだやぁ! 悪いのは全部パイメロなんだもん! 幾らムーちゃんのお願いでも謝るのだけは絶対に嫌ッ!」
「いや、悪いのは全部てめぇだろ!! アタシだって絶対ぇ謝ってやんねぇからな!!」
眉間に皺を寄せながら互いに睨み合い、バチバチと火花を散らした後、プイっと顔を逸らしてしまった二人。先程の重圧とは違う何とも気まずい空気が漂う。
「……うーん、困りましたねぇ。私、今日はとっても“イイ子”にしてなきゃいけないのに」
二人の対応に困り果てたムラヤマは、人差し指を顎に添えながら何とか仲直りさせる方法を考える。しかし、他人の感情など全くもって理解出来ない彼女が上手いこと喧嘩の仲裁をすることなど出来る筈もなく、ただただ喉を唸らせるばかりである。
「……あっそうでしたぁ! 私、先生からとっても素敵な物を預かってたんでしたっけ」
「……素敵な物?」
何かを思い出し、手をポンと叩くムラヤマ。その音と気になるワードにサティが口を開いて尋ねた。パイメロも顔こそは逸らしているものの、横目で素敵な物を答えを待っていた。
「うふふ、気になりますよねぇ? 先生から預かった素敵な物は“コレ”です!」
ムラヤマが袖口から手品のように何かを取り出し、ソレを自慢げに掲げた。月明りに照らされ正体こそまだ分からないが細長い長方形の紙のような物であった。
「じゃじゃーんっ! 素敵な物の正体は私、ムラヤマさんとの“一日デート券”でしたぁ!」
両手で軽くつまみ口元を隠すように見せびらかしたソレは文字通り“ムラヤマさん一日デート券”と書かれてある一枚の紙であった。白い紙に黒い文字、それから券の後にはハートマークと話の流れから察するに、恐らく、きっと、多分、ムラヤマであろう似顔絵が描かれていたのであった。
「今回のお仕事で、ジョーンズさんを殺した人のご褒美ですって。私、今日はとってもイイ子なのでこの券は二人のどちらかにお譲りしちゃいますねぇ」
ニコニコ笑顔でそう言いながらムラヤマは二人の前でヒラヒラとチケットを揺らした。彼女が先程から言っている“イイ子”と殺すのが何よりも大好きな癖にそれを譲るというのがどうにも納得いかないパイメロに対してサティはといえば、まるで目の前に哺乳瓶をぶら下げられた癖にお預けを喰らっている仔牛のように、大きな瞳を爛々と輝かせながらチケットを見つめていたのであった。
「ムーちゃんとの一日デート券……! 欲しい欲しい! サティが絶対欲しい!!」
「サティちゃん、なんだかとっても張り切ってますねぇ。そんなに私とデートしたいんですかぁ?」
「そうだよ! だってサティ、ムーちゃんのこと大好きなんだもん! それにデートだって本当は今日する約束だったでしょ? だったらサティが貰っても何も文句ないよね?」
「…………いや、待てよ」
サティがおもむろにデート券へと手を伸ばしていた中、パイメロが声で止めた。
「……デートならよぉ、アタシだってムラヤマと遊ぶ約束入ってたんだ。別にこいつと遊びたい訳じゃあねぇけどよぉ、勝手に約束破られて終わるのは納得がいかねぇ」
そう言ってパイメロとサティは再び対峙し火花を散らす。蚊帳の外にいるムラヤマはといえば、果たして自分は二人にそんな約束をしていたのだろうかと小首を傾げていた。
「……じゃあさ、勝負しようよ! サティとパイメロでどっちが先にジョーンズを殺せるかの勝負!」
そんなムラヤマを置いておき、サティがパイメロにそう宣戦布告する。
「勝った方がムーちゃんと一日デートでぇ、負けた方はさっきまでの事全部謝るの! どう? 今度こそ素敵だと思わない? それともぉ、サティに負けるのが嫌だから、また“くだらねぇ”って言って逃げるつもり?」
悪戯を仕掛ける子供のようで、男を惑わす小悪魔のような。サティはそんな笑みを浮かべながら言った。
「へっ! てめぇにしちゃあ悪くねぇ提案だな。いいぜ、その勝負受けてやんよ……!」
サティに叩きつけられた挑戦状に臆することなく、真正面から受けて立つパイメロ。先程までの激情はとうに消え失せおり、勝負事を前に胸を高鳴らせる戦士のような、そんな表情を浮かべていた。
「うふふ、なんだか良く分かりませんけど、二人とも仲直り出来てとっても良かったです。殺しをやるなら仲良く楽しく! ですからねぇ」
二人のやり取りを見て、何か決定的な勘違いをしているムラヤマがニコニコ笑顔でそう呟く。三人の間を心地の良い夜風が通り過ぎ、ムラヤマが手に持っているデート券を揺らめかせる。
ムラヤマとの一日デートを賭けた少女二人の決戦が今始まろうとしている。
人を殺して得られる物が、ムラヤマとの一日デートという決戦が、今始まろうとしているのであった。
「――貴様らだな。件の殺し屋というのは」
そんな中、凛とした声色の女性の声が三人の耳に届く。その方向に視線をやると、大柄な女性が一人立ち構えていた。
例え馬に騎乗せずとも、剣を構えなくとも、声色と佇まいで分かる。正義と忠誠心の化身である誇り高き騎士が殺し屋三人の目の前に立ち塞がったのであった。




