13話
「あーあ、つまんなぁい」
王都郊外にあるツタの葉だらけの古ぼけた屋敷、ムラヤマ達のアジトである殺し屋・ハニーガールズ王都店にて。一人の女の子がテーブルに両肘をつき、さぞかしつまらなそうな嘆息を吐いた。
淡い金髪に内巻きロング、鉛筆を乗せられそうな程長いまつ毛にキュートなアヒル口。まるで、不思議の国からやってきたような、若しくは全国の女児達が一度は憧れる理想の女の子像を体現したかのような、そんな容姿を持つ女の子だった。
「ねぇ、パイメロ。何時になったら“ムーちゃん”帰ってくるの? サティ、待ちくたびれて溶けちゃいそうなんだけど」
自らの名前を一人称に使っているサティが、対面する形で座るパイメロにぶっきらぼうな口調で尋ねる。
「あ? んなもん知らねえよ。先生に呼び出し喰らって昨日の夜から行ったっきりだしよぉ」
話を振られたパイメロが雑にそう答えた後、米と適当な食材を適量な塩コショウで味付けしたパイメロ流朝ご飯を喰らう。
大皿と大きなスプーン、大きなお口で大きい一口。そして、肩紐がズレているキャミソールからはみ出そうな程の、とても大きい胸……。サティが全女児の理想形ならば、パイメロは全世界の男にとって理想の女といえるだろう。
自分より素っ気なく返答されたことにムッとしたのか、サティはそのアヒル口をへの字に曲げ、ジッとパイメロの谷間を凝視した後、再び大きなため息を一つ付いた。
「……ムーちゃん、早く帰ってこないかなぁ。今日のムーちゃんとのお買い物デート、すっごく楽しみにしてたのに」
そう、サティはムラヤマとデートに行く約束をしていたのだ。自分一人だけ“出張の仕事”を頼まれたのが今から1週間前のこと。ムラヤマと離れるのがどうしても嫌だったサティが、まるで玩具やゲームをどうしても買って欲しい子供のように床で暴れまわり駄々をこねていた際、なんと、ムラヤマの方から誘ってくれた案件だったのである。
そのことが特段嬉しくて、移動中の馬車でもムラヤマのニコニコ笑顔とお誘いの言葉が頭の中で何度もリフレインしたし、仕事中もずっとデートプランを練り、何度も脳内シュミレーションを繰り返し悦に浸っていたし、帰路につく途中なんかはドキドキで何も考えることが出来なかった程だ。
今日のデート内容は二人で王都七区の商業街にお出掛けをして、洋服屋でムラヤマに似合うお洋服を沢山選び、実際に着ている姿を拝んだり、逆にムラヤマに服を選んでもらったりして、カフェでまったりお話しながら一緒に甘いケーキなんかを食べたりして……。
そして一緒にお家へ帰っている際に、ムラヤマがそっと手を此方に伸ばしてきてくれて、その、あわよくば恋人繋ぎとかすることが出来れば――。
「――お楽しみの所悪いけどよぉ、ムラヤマは今日アタシと遊ぶって張り切って出ていったぞ?」
「…………は?」
夕日を背景にした甘い妄想に浸っていたサティであったが、パイメロの一言で一気に現実へと突き落とされてしまった。
「はぁ!? そんな訳ないじゃん!! どうせムーちゃんとデート出来ないからって嫉妬して、嘘ついて困らせようとしてるんでしょ!? この嘘つきっ!」
「いやマジだよ。『帰ってきたらコレでいっぱい遊びましょうねぇ』っつってこんなモン渡してきてよぉ……」
パイメロは隣の椅子の上に置かれたソレをそっとテーブルに置く。正体はそこらの草原から持ってきたのであろう俗称で“猫じゃらし”と呼ばれている雑草だった。
「そんな草出してきたところで信じないもん! 大体、ソレでどうやって遊ぶ気してるの? あっ! 分かった! 遊ぶの大好きなムーちゃんのこと騙して、本当はその猫じゃらしでエッチなこと企んでるんでしょ!!」
「んな訳あるかッ!! アタシが、え……えっちなことなんか企むわけねぇだろ!!」
「ううん、企んでるもん! おっぱいが大きい人は全員どうせエッチなことしか考えてないんだもんっ!!」
「てめぇ!! このっ!! てめぇ!!!」
「てめぇじゃないですぅ、サティちゃんですぅー。おっぱいに栄養全部吸われて頭も語彙力もスカスカなんじゃないの? エッチ! スケベ!! デカおっぱいメロ!!!」
「てめぇ!!! てめぇえええええ!!!!!!!」
両者互いにテーブルを勢いよく叩いて起き上がり、火花飛び交う睨み合いを始める。顳顬に青筋を立てながら、犬のように低く唸り声を上げるパイメロ。その正面には両頬をハムスターのように膨らませながら睨みを利かせるサティ。正に一触即発の状況下の中、両者が相手の出方を窺いながらゆっくりとテーブルから手を離した――。
――コン、コン、コン、コン。
そんな時、玄関先から一定のリズムでそんな音が聞こえてくる。扉を四回ノックするという行為は、死神の来訪であったり死神を招く行為として、この国では禁じられている行為なのだ。
「あっ! ムーちゃんが帰ってきた!!」
そんな不謹慎な音を聞いたサティは、両頬の爆弾を解除し純粋無垢な乙女の表情でそそくさと玄関へ向かう。一方のパイメロも解せない表情でため息をついた後、扉の前でニコニコ笑顔を浮かべ待っているであろう死神の元へ向かう。
期待に満ちたサティと、何処かやるせなくてご機嫌斜めなパイメロ。そんな二人に見つめながら、ドアノブが捻られ、古ぼけた蝶番が悲鳴を上げ、ゆっくりと朝の日差しが差し込まれていく。
「お帰りなさい、ムーちゃん! サティね、ムーちゃんの帰りをずっと待って――」
心待ちにしていた相手の帰りに胸を躍らせるサティ。しかし、目の前に飛び込んできたその光景に思わず絶句してしまった。ムラヤマ“は”玄関前には立っていなかったのだ。
「…………おはよう。私の可愛い女達」
代わりに立っていたのは、成人男性より背が高い一人の女であった。
銀髪のウルフカット、スラリとした身体によく映える黒いスーツベストと白シャツ。そして感情が殺されたかのように、表情が限りなく乏しい女だ。
「む、むむむむムーちゃんっ!?」
そんな彼女を無視してサティがムラヤマの名前を叫ぶ。何故なのか、それはムラヤマが女に脇で抱えられていたからだ。
それだけでは飽き足らず、いかにも安っぽい猫耳カチューシャと、胸元に猫の顔を模した穴があるランジェリーを身に着けていたのだ。頬には薄い口紅のキスマーク、そして漫画的表現をするのであれば、“グルグル目”でぐったりしていそうな、そんなムラヤマが抱きかかえられていたのであった。
プロフィール
サティ
ムラヤマのことが大好きなとっても可愛い女の子。ムラヤマ以外の人間は全員チンカス程度にしか思ってないらしい。
パイメロ
今回サティにボロクソ言われた可哀そうな女の子。
サティについては色々言いたいことがあるのだが、彼女の容姿や声なんかが、凄く女の子らしくて可愛いと思っているし羨ましいと思ってるらしい。
ムラヤマやサティとは日常的に口論になるのだが、どんなにブチギレても友達の悪口は絶対に言わないというポリシーを持っているため、いつも語彙力がクソ雑魚になり、余計に煽られるらしい。
猫じゃらし
ムラヤマがパイメロに渡したその辺の草。
パイメロがこれでどうやって遊ぶのか聞いたところ「にゃんにゃん♡」とだけ答えられたらしい。