12話
夕焼け空が映える何処かの公園。
哀愁漂う赤トンボが悠然と宙を飛び、園内の鉄棒やブランコの柵に止まり休息を取っている中で、少女が一人、その場に座り込みながら遊んでいた。
周りには親もおらず、同級生の友人もいない。たった独りぼっちの少女。それだというのに学校で習った合唱曲を鼻歌で奏でながら、何とも楽しそうに手を動かし遊んでいるのであった――。
「――あら? もうこんな時間ですか」
そんな少女の手がピタリと止まる。時刻は十七時丁度。子供の帰宅を呼び掛ける、秋の夕焼けによく似合う歌が何処からともなく聞こえてきたからだった。
「さぁて、今日もいっぱい遊んだし、そろそろお家に帰らないといけませんねぇ……。まずはお手々をキレイにしないと」
少女はそう言って公園の水道へと歩き、手を洗う。小学校の手洗い場に貼ってある手洗指南書通りに指の間や手首、爪の先まで丁寧に洗った後、テディベアとハートが刺繍されている可愛らしいハンカチで拭った。
「はい、これで綺麗になりましたぁ」
まるで手を洗う行為自体が遊びだったかのように、彼女はニコニコ笑顔で綺麗になった両手を茜色の空に掲げた。キレイでピカピカになった両手に秋の涼風が靡いて、ひんやり冷たい心地の良い感触をそっと優しく残していくのであった。
「――シューコちゃん。迎えに来たわよ」
そんな時であった。少女の名を呼ぶ女の声が一つ聞こえてきた。少女はその声に振り返るや否や小走りで声の主まで駆け寄っていった。
漆のように艶やかな黒髪、喪服のようにも見せる全身黒で統一された婦人服、そしてニーチェの一節を彷彿とさせる何よりも澄んでいて何処よりも深い瞳が、笑顔で駆けてくる少女を見つめていた。
「■■■■さん! 迎えに来てきれたんですね! でも、どうして私が此処にいるって分かったんですかぁ?」
「お夕飯を買った帰りに近くを歩いてたら、貴方の可愛らしいお歌が聞こえてきたからよ。その様子だと…………今日も楽しく遊べたみたいね」
女は視線を一瞬逸らし、少女が座り込んでいた場所を確認しながら言った。
「はい! 今日もいーっぱい楽しく遊びましたし、ほら! 言われた通りちゃあんとお手々も綺麗に洗ったんですよぉ!」
じゃじゃーんっ! と効果音を口にしながらドヤ顔で手を広げて、女に見せつける少女。どうぞ褒めてくださいと言わんばかりのその態度が可笑しくて、女は上品にクスリと笑いを一つ零した後で、少女の小さな手を握る。
「さぁ、一緒にお家へ帰りましょう。今日のお夕飯はね、シューコちゃんの大好きなハンバーグなの。今日は特別に、デザートのプリンも作ってあるわよ」
「えっ!? 本当ですかぁ!? わぁい! ■■■■さんの作るスペシャル美味しいお夕飯、私、だぁい好きです!」
「…………うふふ、そうねぇ。スペシャル美味しいお夕飯、ねぇ」
繋がれた両手を小さく揺らし、秋の歌を口ずさみながら、二人は沈みかける夕日の方角へと去っていった。二人が居なくなった公園では、また一つ、優しい風が吹き、雑草の穂を揺らし、イチョウの葉がはらりと舞い落ち、そして――。
――そして、無残にもぎ取られた四枚の翅を放り投げた。
翅だけではない。夕焼け空に映えるその腹が、昆虫らしい節々を持つ脚が、複眼と呼ばれる大きな眼が特徴的な頭が、次々と風に流され消し飛んでいく。
少女が座っていた場所には山があった。おびただしい数のトンボの死骸で築き上げられていた、死骸の山があったのだ。