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10話

 「――あーあ、楽しかった」


 誰しもが死んで静まり返った豪華絢爛なカニーロ邸にて。ムラヤマが持参してきた白いタオルで真っ赤に染まった顔を拭った後、両腕をバンザイさせて、んんーっと可愛らしい声を漏らしながら身体を伸ばしていた。


 彼女の辺りにはこの国最上位を誇っていた冒険者達の死体の数々。どれもこれも思わず目を背けたくなる程の惨状である。


 そんな中でも一つ、一度目につけば決して逸らすことが出来ず、この先の人生に置いて一生瞼の裏に焼き付いて離れることが出来ないであろう物があった。


 「うふふ、本物の蟹はお味噌の色で、偽物のカニさんは“白子”みたいな色なんですねぇ。なんだかとってもお勉強になりました」

 

 ソレは物の見事に“解体”された死体であった。


 バラバラ殺人事件のような肢体や指が切断された状態の事ではない。骨、皮、肉、臓器、人体を構成するそれらのパーツが一本一本、一枚一枚、一塊、一塊、一物、一物、全て綺麗に仕分けされ、丁寧に並べられていたのだ。


 そんな光景を前に至極ご満悦な様子のムラヤマ。今日あった一番楽しい出来事を絵日記にしてという課題が提出されたのならば、嬉々としてこの惨劇を描いてきそうな、それ程に楽しそうな笑顔を浮かべていたのであった。


 「さぁて、カニさんも殺したことですし、これでお仕事も終わりですねぇ……。おーい、ロキさぁん! もう出てきていいですよぉ!」


 そんな中、ムラヤマは何を思ったのか、大きな扉の方へ向かって今回の依頼主であるロキの名前を呼ぶ。当然彼が姿を現す筈が無く、辺りには静寂だけが木霊した。


 「あらぁ? おかしいですねぇ……。ロキさぁん! もう隠れなくても大丈夫ですよぉ! 貴方をイジメるわるーい人達は、全員私が殺しちゃいましたから!」


 頭に疑問符を浮かべ首を傾げたムラヤマが再度彼の名前を呼んだ。すると、どうだろう。重厚な扉が低い音を立てながら申し訳なさそうに開き始めたのだ。そして扉の奥に広がる闇の中からひっそりと男が姿を現した。ロキである。


 彼はそのまま足を止めることなく、両手を後ろに組んでニコニコ笑顔を浮かべるムラヤマに向かって歩みを進める。かつての仲間だった者の屍や、最も忌むべき相手の変わり果てた姿にも一切目もくれず、ただただ歩を進める。


 「…………ありがとうムラヤマさん。僕の復讐を代わりにやってくれて」


 そう言ってロキは深々と頭を下げた。


 「いえいえ、どういたしまして。こちらこそ、久しぶりに楽しく()れて、とっても楽しかったです」


 とびきりの可愛い笑顔でお礼を言うムラヤマ。ロキはゆっくりと顔を上げて可愛いと狂気が両立する彼女の笑顔をまじまじと見つめる。その瞳には当初灯していた復讐の炎は消え失せており、何も宿っていない虚無がそこにはあった。


 「……あのさ、実はカニーロ以外に“もう一人”殺してほしい相手がいるんだけど、頼めるかな?」


 「え? もう一人ですかぁ? 勇者を殺して次ってことはぁ……。もしかして魔王さんだったりしますかぁ? きゃー! 楽しみッ! 魔王さん、どうやって殺しちゃいましょうかねぇ……!」


 まるでクレープ屋の前を通りがかったかのようなトーンでムラヤマが言った。頭の中では既に魔王を殺すためのスペシャル楽しい殺し方を妄想しているのであろう。両手を前で組み、身体全体をゆらゆらと揺らしながらさぞ楽しそうである。


 「ごめん、違うんだ。殺して欲しい相手っていうのは、僕のことなんだよ」


 楽しさが爆発して思わずムラヤマダンスが披露されていた中で、ロキがそう言った。生気を感じさせない声色で放たれたその言葉に、彼女の小躍りがピタリと止まる。


 「……ハウも失って、その復讐も終わった。もう僕には何も残っていないんだよ。生きている理由も残ってなくて、大切な人も守れなくて、復讐も自分の手で出来やしなくて……。でも、こんな何の価値も無い人間でも最期くらいは誰かの役に立ちたくて……。だから、最期は君に殺されようと思ったんだよ」


 徐に言葉の真意を語り始めるロキ。語っていく過程で彼の虚無を宿していた瞳には生きている証である温かな涙が溜まっていく。

 

 「だって君は殺すのが大好きなんだろ? なら思う存分僕を殺してくれよ! 大切な人を守れない、“勇者”になんかなれやしない、こんな無価値な僕にトドメを刺してくれよ! 君のスペシャル楽しい殺し方で!!」

 

 そんな涙を惨めなほど流しながら彼は訴える。恐らく相手がカニーロやその仲間達であれば、彼の様を見て嘲け笑い、馬鹿にし、弱い者イジメのような暴力を振るうのであろう。しかし、実際はそうはならなかった。彼の涙ながらの叫びに対して何の返答もなく、辺りには彼が鼻を啜る音しか聞こえてこなかったのだ。


 何故ならば、彼の訴えを聞いているムラヤマが、ただ黙ってロキの方を見つめていたからだ。先程まで浮かべていたニコニコワクワクな笑顔はとうに消え失せ、まるで教師や親に説教を喰らっている思春期学生のような、酷く退屈でつまらなさそうな表情を浮かべていたからであった。


 「…………分かりました。貴方のご依頼、私がきっちりこなしてあげますよぉ」


 ロキに悟られることなく、いつぞやの営業スマイルを浮かべたムラヤマは、雑に右手を振る。バネが鳴った軽い音がしたかと思えば、その手には当初ムラヤマが使用していた物より安っぽく、簡素な作りをしているナイフが握られていた。


 「それじゃあ今から何の価値も無いロキさんの事を殺しちゃいますね。最期に何か言い残すことはありますか?」


 「…………いや、特に何も」


 素人目でも粗悪品だと分かるナイフと、明らかに態度を変えたムラヤマを見たロキはそう答え、ゆっくりと瞼を閉じた。


 今からやる殺しは単なる業務の一環に過ぎず、彼女の言うスペシャル楽しい殺し方ではない。文字通り命を投げ出したにも関わらず、命を殺し弄ぶ純粋無垢な悪魔でさえこのような素っ気ない塩対応をしてしまうのだ。心の底から本当に思うのだ、自分は全くもって無価値な人間なのだと。


 せめてもの救いは後少しでこの無価値な人生を終わりに出来る事くらいだろう。そして、例えば、もし、もしもの話、何の偶然か分からないがそんな自分が天国に行くことが出来たのであれば、もう一度、彼女に会うことが出来るのあれば――。


 ――あの笑顔を、もう一度だけ見ることが出来るのであれば!!


 瞼の裏に映る最愛の人の世界で一番可愛い笑顔。その奥で無表情なムラヤマが、ロキの額目掛けて無慈悲な凶刃を振りかざそうとしていたのであった。

プロフィール

ムラヤマさん

夏休みの宿題は大嫌いだったが、沢山お絵描きが出来るので絵日記は毎日欠かさず書いていた。

二学期当日、ムラヤマの絵日記を読んだ新任の女教師が突然絶叫し、嘔吐し、二度と社会復帰不可能な状態に陥ってしまったのはまた別のお話である。

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