1話
「ムラヤマッ!! てめぇってめぇぇえええええええ!!!!」
アンティークと呼べば聞こえが良い、古ぼけた家具で構成されたダイニングルームにて。ムラヤマという一人の女が大柄な女に胸ぐらを掴まれ力無く宙に浮いていた。少し不気味さが目立つ青白い肌と特にこだわりが無いのであろう適当な長さで切りそろえられた黒髪、そして喪服のような学生服が特徴の女だ。
「……パイメロちゃんったら朝から随分とご機嫌斜めですねぇ。何か嫌な事でもあったんですか?お話くらいなら幾らでも聞きますよぉ」
自分の立場を弁えず、ヘラヘラと軽薄な口振りで話すムラヤマ。そんな彼女を掴んでいるパイメロと呼ばれた赤髪褐色肌の女は琥珀色の瞳を思い切り細めながら睨みつける。
「惚けたこと抜かしやがって……! てめぇのせいでブチギレてんだろうがッ!!」
「ええ? 私? 特に身に覚えはありませんけど……」
そう言って彼女はちょこんと人差し指を頬に当てここ数日の記憶を掘り起こしてみる。
「……もしかして『先生』が買ってきてくれたお菓子パイメロちゃんの分も内緒で食べちゃったことですかね? どら焼きなんて久しぶりに食べたんですけど、甘くてふわふわでとっても美味しかったんですよぉ」
「……違げぇよ」
「うーん、じゃあパイメロちゃんが綺麗に整理整頓してたお洋服、全部向き逆にして遊んでたのバレちゃいましたか? うふふ、ガサツそうに見えて意外と几帳面なんですねぇ」
「…………違げぇ」
「てなるとやっぱりアレですかね? パイメロちゃんのブラジャーを袋代わりにして野イチゴを収穫して――」
「――違げぇよこのクソ野郎!! アタシの顔良く見ろよッ!!」
パイメロの激昂と共に頭が天井につきそうな程高く持ち上げられるムラヤマ。彼女の顔を見下ろしてみると左頬に何やら落書きがなされており、その落書きは何処かムラヤマに似ているような気がする。
「ああ、ソレのことですか。パイメロちゃんがスヤスヤ寝てる間にこっそり描いてみたんですよぉ。どうです? 中々可愛く描けてるでしょ?」
自分の似顔絵を正しく自画自賛したムラヤマは満足げな笑みを浮かべる。その表情は今朝洗面台の鏡に映っていた似顔絵ムラヤマと瓜二つであり、その憎たらしい笑みがパイメロの怒りに油を注いだ。
「全然可愛くねぇわクソ!! しょうもないイタズラばっかやりやがって!! つか、お前が白状した事全部初耳なんだけど!? 最後のはお前マジで何やってんだよ!」
「大きくて深さもあるからすっごく便利でしたよぉ」
「んなこと知るか!! このッ!!」
怒りがピークに達したパイメロは激しく乱暴にムラヤマを揺さぶった。
「あーれー」
適当なリアクションを取りながら無抵抗に揺さぶられるムラヤマ。彼女の頭が力無く前後に動く中、キャミソールから零れ落ちそうな程大きく艶やかに実った二つの果実もゆっさゆっさと揺れ動くのであった。
ムラヤマが何故下らないイタズラを続けているのか。理由は簡単、退屈だからだ。
退屈といっても暇を持て余している訳ではない。先生が持ってきた仕事だってキチンとこなしているし、この仕事は自分にとって天職だとも思っている。
しかし最近の仕事内容は全く持って殺りがいが無い、酷く退屈で全然楽しくないものばかりだった。
なのでこうしてパイメロにちょっかいをかけて暇つぶしを。そして、あわよくば激昂した彼女が自分の事を本気で殺しに来てくれれば少しは楽しく…………なんて考えていたのだが現実はただ大きなおっぱいと一緒に揺さぶられている羽目になってしまった。
正直な話これはこれで楽しいと思っている。しかし、カボスや大根おろしが付いていない焼き魚のような物足りなさというのも確かに感じてはいるのだ。
何かこう、もっと楽しい出来事が起これば良いのだが。心の底からワクワクして身体の芯からゾクゾクするような、そんなスペシャル楽しい出来事が……。
「きゃんっ」
そんなことを考えていると突然ムラヤマを掴む力がを緩み尻餅をつく格好で床に落ちた。何事かと思いパイメロの方を見上げてみると彼女は真剣な眼差しで“壁”を見つめていた。
「――誰かこっちに向かってきてる。歩幅の間隔的に男だが……アタシや先生より身長は無ぇな」
彼女はそう呟き依然として壁を見つめ続ける。
「…………今はどの辺を歩いているんですかぁ?」
「丁度交差点曲がった所。もうすぐお前にも聴こえてくると思うぜ」
そう言われたムラヤマは手をかざして耳を澄ませてみることにした。パイメロが言った交差点というのはここから約三百メートル離れた場所にあるため初めは何も聴こえなかった。
だが澄ませてから数秒後、聴こえてきた。一歩一歩確かな意志と決意を込めた足音が此方に近づいてきているのが。
「成程……。どうやら『サティちゃん』や『シュプウ君』でも無さそうですねぇ。まぁ、あの二人だったら音を立てる歩き方なんかしないんでしょうけど」
「…………じゃあ他に誰がいるんだよ」
「うーん、多分なんですけど、『依頼人』さんだと思いますよ」
依頼人という言葉を聞いて解せない顔をするパイメロ。そんな彼女とは対照的にムラヤマは薄い唇をニンマリと上げている。
「いやぁ、たまにいるんですよ。先生を通してじゃなくて自分の口で私達に直接お願いしたいっていう人……。そんな人の依頼って“楽しいこと”が多いんですよねぇ」
ムラヤマは鼻歌交じりにスキップをしながら玄関へと向かっていく。先程まで物足りなかった心が期待のドキドキで満たされていく。彼女は確信したのだ。これは絶対にスペシャル楽しい案件だと。
玄関に到着した二人は足音の主を待つ。主はもう耳を澄ませる必要が無い距離まで迫って来ており、コツ、コツ、と足音が聞こえてくる度にムラヤマの心臓は高鳴っていく。それを抑えるかのように両手を胸元に当てた。
そして遂に玄関前まで来た主は、色褪せたドアを『四回』叩く。この回数はムラヤマ達で決めた独自のルールであり、この国の一般的な国民ならまず叩かない回数である。
それを聴いたムラヤマはワクワクが滲み出てしまっている顔を矯正するべく、指で口角を伸ばした後、にこやかで愛想の良い営業スマイルを作ってからドアノブを引き主を招き入れる。主の正体はパイメロが言った通り男であった。しかも彼女より背が低いことまで当たっている。
それに加え男はすっかり痩せこけており、無造作に伸びた髪や髭とボロボロの衣服も相まって男の風貌はまるで墓穴から這い出てきた屍人のようだった。
そして彼は自分の胸くらいはあるであろう大きな箱を背負っていた。中身は想像が付かないが両手で肩掛けを力強く握っているその様からはある主の決意と覚悟を感じる。
なによりも彼の瞳には炎が灯されていたのだ。正義の炎なんぞといった矮小な物ではなく、憎悪で燃ゆる復讐の炎であった。
「おはようございまぁす。【殺し屋・ハニーガールズ王都店】へようこそ。本日はどういったご依頼で?」
男の眼光に臆することなく、元気いっぱい挨拶をするムラヤマ。彼は言葉を返すことをせず、まずは腕を組み様子を窺っているパイメロを一瞥。そして薄ら寒い笑みで出迎えたムラヤマに視線を移し、乾いてヒビ割れしている唇をゆっくりと広げた。
「…………殺して欲しい。僕の人生全部を滅茶苦茶にした“聖剣の勇者”を……!!」
プロフィール
ムラヤマさん
殺すのが大好きなとっても可愛い女の子。最近は本当に退屈過ぎて、仰向けの姿勢を取り、足を伸ばしたり縮めたりしながら廊下を這いずり回っていたり、手の指先と足の裏をくっつけて身体で三角形のポーズを取り“東京タワー”という一発ギャグを披露したりしている。勿論、パイメロや本人は東京タワーが何なのか全く持って知らないので毎回スベり散らかしているらしい。
パイメロ
褐色肌と赤髪、そして色々大きいところが特徴の女の子。
あまりにもおっぱいが大きいため、「パイメロちゃんって、おっぱいが“メロン”みたいに大きいからパイメロって言うんですか?」とムラヤマに馬鹿にされたことがある。勿論、シバいた。
最近嬉しかったこと
ムラヤマと公園の芝生でお昼寝していた時に四つ葉のクローバーを見つけたこと。
最近悲しかったこと
それをムラヤマに報告した際、「あ、そうですか」と全く興味無い返事で返されたこと。