8:ユーシャ様の、実力はホンモノ!?
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宿を出発して半日ほど進んだところでしょうか……いよいよ言ってみてもいいかなと思い、愚痴ってみました。
「なんか……思っていた感じと違っていたのですが、こういうものなのですか?」
「なにがじゃ?」
ゼニゲバ様も一応、腐っていても…あ、腐っても魔術師長ですし、オツカレ様も騎士団長様ですから言わずもかな。ヴァンは、二年くらい城内巡回騎士だったとは言え、今でもオツカレ様に目をかけてもらっているみたいだから、きっと実力はあるのだろう。
そうなるとほら、街中の人達が集まって『ケガをしないようにね!』とか『頑張って下さいね!』とか『カッコいい』だの『ユーシャ様、可愛い!』だのって、ワーキャーされながら、その中を手を振って行進するのかなって思っていたのだけど、全くなし。
普通に城から『いってまいります』と言って、門番さんに『頑張れよ!』と言われただけだった。
「これって誰がどう見ても、お爺ちゃん、孫娘、孫息子、お父さん又は良くて護衛の方っていう図ですよね?」
「いや俺も一応、簡易とは言え鎧はつけてるからな。お爺ちゃんに付き添う孫娘と護衛二人の方がしっくりくるんじゃないか?」
「いずれにせよ、ワシはお爺ちゃん枠からは外れんのか?せめて【それなりの腕前はあるお爺ちゃん枠】にして欲しいの。孫娘と護衛二人を守るスーパー中二お爺ちゃんとかどうじゃ?」
「ゼニール様は、結局お爺さん枠のまま受け入れられるのですね。いやぁ実に寛大なお方だ。しかし、私も一応、団長の肩書を持っておりますからね。
瘴気を前に手も足も出ない魔術の使い手の方は、やはりお孫さんに付き添われている方が宜しいのかもしれませんな」
「にゃっはっは!!オーツレント殿も冗談がうまくなったものじゃな」
「ハハハ!私はあまり冗談は好みませんけどね」
また始まった……案外、普通に接していらしたから、実は仲が良いのではないかと勘違いしていました!考えてみたら、騎士団と魔術師は水と油のような関係ですよね。それぞれが一番だと思い込んでいるのだもの……
あれ?そうなるとやっぱりヴァンも私を馬鹿にしていたりするの?
団長様がウチの魔術師長様にケンカを吹っ掛けているというのに、涼しい顔をして見守るヴァン。やっぱり武力至上主義なのかしら?私は横目でジィっとヴァンを見ていた。
「シアさん……気のせいじゃなければ、さっきから視線を感じるんだけど、俺見られてる?」
「シア「さん」ってなに?そう、ヴァンを見ていたの」
「お、俺!?ゴホン!ん、なんだ?伝えたいことがあるなら聞くぞ」
「そう畏まられると言いにくいけど。あのね、ヴァンも魔術師は嫌い?馬鹿だなって思ってる?」
『なんだ、全然違った……』と、一体どういう系の話と思ったのかわからないけれど、なにかガッカリしたような雰囲気を醸しつつも、表情をいつもの真顔っぽいものに戻し口を開いた。
「そんなわけないだろ?俺は別に馬鹿になんてしていないし、そういう態度も言葉もシアに言ったこともないと思うけど。騎士も魔術師も、どちらも国を想って働いてるんだぞ?どちらが良い悪いってあるわけがないだろう」
「そうよね、私もそう思う。どちらも自分達の仕事に誇りを持っているものね」
『むしろお前にそう思われていたのかよって俺はショックだけどな』と言われ、すぐに『そんなことヴァンに思ってない』と謝った。むしろ今まで良くしてくれた彼に対して、酷い失言だったと申し訳なく思う。
ただ誇りを持って働いている先輩方には申し訳ないのだけど、私が魔術師をしているのは、なにも国を想ってのことではないから、まだ『誇り』というものがよくわからない。
普通にご飯が食べれて、雨風凌げる家があって、さらに趣味用に小さな畑が作れたら十分と、私は『生きる』目的で働いていたから。
ただ、今はその趣味すらも危うくなってきている状況で……趣味という名の私の小さな娯楽を消さない為に頑張ろうと思う。
どっぷり瘴気に侵された土地では何も育たないって聞くもの。家庭菜園ができなくなるのは辛いわ。古くからあるトウミョーが一番好き。繰り返し切っても生えてくるものね。お得を絵に描いたようなお野菜だわ。
とりあえず、旅の目標に『畑を守るぞ!』と決意を固めたところで、ヴァンにも『(みんなで)一緒に頑張りましょうね!』と伝えたら、『そうだな、一緒に頑張ろうな』とニカっと笑って返されビックリした。そんな風に笑えるのね……
ちょっとほんわかとした心地になった頃、珍しく大人しくしていたユーシャ様が吠え出しました。
「ヴヴ~……ワン!ワン、ワン!!」
≪急に嫌な感じがしてきたな……なんだこれ?調子こいて朝飯食べ過ぎたかな?≫
「ゼニール様、オーツレント様!ユーシャ様がなにか嫌な気を感じているようです!!」
「なんじゃとっ!!」
「確かに間もなく目的地に到着するからね。ユーシャ様は敏感に瘴気が放っている空気感を察知しているのだろう」
「もう、この距離から感じ取れるなんて、ユーシャ様はすごいですね」
全員気を引き締め直し、瘴気が漂うとすでに報告がなされている瘴気溜まりの元へと向かった。まずはユーシャ様の浄化能力を確認してみる為とはいえ、どんなに薄くても瘴気は瘴気……正直怖いし、近づくほどに気持ちが落ち着かなくなってくる。
「…………っ!」
「おい、シア大丈夫か?そんなに唇を噛んでたら切ってしまうぞ」
「馬鹿者、お前が力んでどうするのじゃ!ほれ、今ワシが全員に結界を張ってやるから安心せい」
言われてみて気付いたけど、無意識に唇を噛んでいたようだ。触れてみると下唇に薄っすら血が滲んでいるのか、触れた指に血がついていた。緊張から身体全体に力が入っていた。
そして、そんな私に見かねてゼニゲバ様が全員に結界を施してくれたので、これで一定時間はこの結界が守ってくれる……!私ではせいぜい一部分なら短時間、全身となると一人のみ、数秒が限界。
ゼニゲバ様はただのお爺さんに見えて、実は結構スゴイお爺様なのだ!!
結界がある為、多少の安全度が増したと言っても警戒は緩めることなく、いよいよ目視でもわかる薄い赤紫色をした瘴気の中へ足を踏み入れた。
先に進むとやはり色は濃くなり、その出所の先にはコポコポと下から湧いているような、薄汚れた小さな沼があった。小さいとはいっても直径200mほどの幅があり、このコポコポと上がってくる気泡が弾けると、中に含まれている瘴気が外に漏れ出るようだ。
このただならぬ雰囲気になにか動物的勘が働くのか、ユーシャ様は尻尾を少し丸めて私に抱っこを求めてきました。
ユーシャ様にも当然、結界は張ってあるけれど、ユーシャ様はこの結界の意味も瘴気のことも当然何なのかわかっているわけではない。
ユーシャ様は小さな体をブルブルと震わせながら、必死に爪を立てて私にしがみついていました。
「くぅ~ん、きゅ~ん」
≪なんかよくわからないけど、この水はダメだ。飲めない、ヤバイ感じがする……それに雰囲気もおかしいぞ!ナカマ、もう散歩はいいから帰りたい≫
「ユーシャ様、もう少しだけお待ちくださいね。これで駄目でしたら、ただちにここから離れますから」
そっとユーシャ様の背中を撫でて、いよいよユーシャ様より今朝下賜されたご聖塊を一つ、沼の淵辺りに埋めてみました――
「ひと欠片程度でいいかしら――…えっ!?」
土を被せ終わる前に、にわかには信じられない早さで瘴気は浄化され、鬱蒼としていた森は、元の光差す景色へと戻って行きました。
「こ、これが元の景色なんですか!?」
「これは……予想以上じゃ!!」
「やはり!!ユーシャ様の御力は本物ですな」
「こんなに一瞬って……」
沼と思っていたものは、小さな湧き水の出ている池で、あのコポコポの正体は湧き水の出る音だったようだ。
ユーシャ様も一気に払われたことで安心したのか、私の腕から飛び降りて湧き水を小さな舌でペロペロと飲んでいました。
とても可愛い。でも……
可愛いと思うけど、誰も言葉を発せず、ただユーシャ様のドリンクタイムを見ている私達の思考はおそらく同じものだろう
【なんかフクザツ】
先程まであんなにドロッドロだった沼であった事もさることながら、やはり浄化したばかりですしね……ええ。それにつきますよね。
冷たい湧き水が耐えず湧き上がり続ける池は、揺れる水面にキラキラと木漏れ日が反射していて、透明度も抜群!初見でこの状態を見たのであれば『わぁ!無料の湧き水だわ!!』とか言って、飲める限り飲みましたよ。なんなら何かの容器に入れて持ち帰りもしますね。
モットーは<貰う・拾う・無料>ですから!
今は入れ物といっても、まだ飲み途中の水筒と、空き瓶のようなものといえば……キャッチャーしかないですし。いえ、そうではなくて、やはりご聖塊を淵とはいえ埋めたばかりじゃないですか?
確かにパッと見は金貨みたいなんですよ。道に落ちていたら、100人中100人が「金貨が落ちてる!」と言って拾うと思います。でも、やはり気持ちの問題と言いますか……一年くらい経ったら汲みに来てもいいかなというのが総意かと思います。
若干の複雑な気持ちを含みつつも、我々の第一ミッションは無事終わりました
「ワン!ウワン!!」
≪この水うめぇ~!!ナカマも飲んだらいいのに≫
御免被ります。
次話(月曜日)は甘☆☆です。