1:ユーシャ様、召喚される!?
宜しくお願い致します!
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「伝説の聖剣を携えし勇者よ、我らの国を救い給え!!幸せへと導き給え!」
魔術師長様が詠唱を終えると、目も開けられないほどのまばゆい光が、召喚の間 全体に広がった。
少しずつ光は小さくなっていき、目が慣れた者たちから口々に『これは……』『召喚には成功したようだな』『いや、しかし…』と、喜んでいるのか、悲しんでいるのかよくわからない感想が飛び交っている。
目が落ち着いたところで、魔法陣の中心にいると見られる勇者様へと視線を移すと、魔術師長様が『おおっ!!……おお、、、お??勇者、様?ほぇ、このようなはずでは……』などと、なんとも歯切れの悪い反応をしています。
異世界からの勇者様は座っている状態なのか、私の位置からでは魔術師長様のおでこ辺りしか見えない
(勇者様に対して失礼には当たらないのでしょうか?)
もしかすると、勇者様=映えるイケメンを期待していて、なんなら勇者様の絵姿や勇者様の御用達シリーズ物品などを売って予算を稼ぎ、我々の悲願でもある魔術師人口アップを狙っていたのかもしれないですね。
もし仮説通りならば、確かに少しだけ残念ではあります。薄給に加えて、残業代の出ない残業がノーマルモード。有給なんてフィクションの世界の話だとされているこの職場には、かれこれ5年、新人が入って来ておりません。年中募集しているにも関わらず、です。
よって、5年も経ったのに私の立場は未だに『新人』のままなのです。このままでは永遠のフレッシャーズですよ!年老いても「若手」と言われるのです。
着古してきている魔術師用の華やかさの欠片もないこのマントだけが、妙に貫禄がついたと言えます。
(ハッ!そんなことを考えている場合ではないですね)
50人もいる先輩魔術師の山を避けながら、私も異世界から召喚された勇者様を見に行きました。
仮に思ったよりも御年を召した方だとか、少々姿絵映えしない方であっても、そもそもこの国の瘴気を払って下さる為に異世界より召喚されて来た、奇特な英雄であることには変わりない。
自分は絶対に差別なんてしない!と誓うように、両手をグッと握り締めた。
「キャン!キャン!ヴヴ~~キャン!!」
……空耳?それとも幻聴でしょうか?「キャン」だの、「ヴヴ~」だなんて、まるで犬のようじゃないですか……?なんとかかき分けた隙間から、ご尊顔を覗き見ました……んん!?
目に飛び込んできたのは、前足をたしっ!とさせながら吠えている、ふわもこな真っ白い……犬!!
(やっぱり、犬……え?犬、ですよね?なんでっ!?)
思わずモフりたくなるような素晴らしいふわもこ加減ではあるものの、周囲を見ても勇者様らしき人間が見当たりませんし、魔法陣の中心にいますね……犬
もしかしてっ!!これって私のせいなのではっ!!
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私の名前はシアと申します。ドーナン王国の孤児院出身で、姓はありません。10歳になると国民全員がもれなく受ける、魔力測定の儀で、魔力が少し高かったことと、少し変わったスキルがあったお陰で、その年たまたま担当していた魔術師長様に拾い上げて頂きました。
一応、名ばかりに近いですが、魔術師として働いております。ほぼ雑用メインですけど。
私が生まれる何十年か前に、この国に突如【瘴気】と呼ばれるものが生まれました。初めは小さく影響もなかったのですが、今では人々の生活や生命をも脅かすほどにまで大きくなってしまいました。
今のところ瘴気自体に実体はないとされ、物理攻撃が普通の剣では全く通用しません。唯一、瘴気に侵されてしまった野生動物なんかであれば、実態がある分なんとか討伐することができるといったところです。
普通はそこで我々魔術師がシュバッとお悩み解決できれば何ら問題もなかったのですが、瘴気を治める魔術なんてものはどの文献にも載っておらず……それ故に『魔術師って何の為にいるの?予算を多く割く意味ってある?』みたいな感じで、どんどん日陰の、苔の生えるようなボロボロの塔にまで職場が追いやられてしまいました。
一応、城内の魔灯を照らす為の魔力供給は魔術師が担っているし、他にも細々と目立たない仕事をしているのです。何もしていないことはないので……ごく潰師とか言うのはやめて頂きたいです。
昔、魔術師全盛期のバブル時代を花の青春期に過ごしてきた現在の魔術師長ゼニール=ゲヴァー様は、再び返り咲いてやるぞと、何か打破する方法はないものかとそれはもうひたすら古文書を読み漁りました。
そして、一応ゼニール様の右腕と呼ばれているハインリッツ=エナード様が、ついに勇者を召喚できるという魔法陣の古文書の発見に至りました。あ、左腕は絶賛募集中とのことです。
古文書は【古代ジャポーン語】で書かれており、それも三種の文字が存在していました。【カンジー・ヒーラーカナ・カーターカナ】という、後半二つはヒーラーなのかカーターなのか疑問符がつきそうな文字ですよね。
漁っていた古文書の中には【コージーエン】という分厚い書物もあり、暇つぶしで始めた<古代語から自分の名前の響きに近い略称をつけること>が、魔術師の間で密かなブームを起こしていました。
古代語を読める者の特権として、ちょっと優越感が持てると言いますか……いずれにしても、お金がかからない趣味はいいですよね。まぁ息抜きのようなものです。
ちなみにゼニール=ゲヴァー様はゼニゲバ様、ハインリッツ=エナード様はハイエナ様、と先輩たちは「敬意を表して」と言っている割に、なぜか陰で呼んでいます。なにか特別な意味でもあるのでしょうか?とにかく新人は右に習えですので、私も陰ながら呼ばせて頂いております。
私自身も密かに憧れてはいたのですが、名前のみで二文字しかないので残念ながら略称はありません。
それに新人、ですし
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とても複雑な魔法陣は、解読するのに2年を裕に費やしました。それでも50人で振り分けたのでかなり早いと言えますが。その間、もちろん新人は入らなかったので、私は新人歴5年目、18歳の春を迎えました。
とにかく複雑で長ったらしい呪文の為、50人総出で魔法陣に呪文を刻むことが決まりました。各自で番号のふられた用紙を持ち、その番号の場所に呪文を【超駆】というもので書いていきます。何度も何度も暗記させられたので、私の部分の内容は暗記できてしまったくらいでした。
しかし、この慢心が良くなかったのだと思います。
確かに記憶はしていました、<内容>は。ただし、カンジーやカーターカナ、ヒーラーカナの組み合わせについては、すっかり忘れてしまっていたのです。
そして現在、本番の最中ですが調子に乗ってメモ書きを置いて来てしまい、今更『なんでしたっけ?』などと聞ける雰囲気でもないわけなので……私はとりあえず覚えている呪文を書いていきました。
【せいけん・ユーシャ・召喚】と
おそらく内容は合っているのだから、多少ヒーラーがカーターになろうとも問題はないだろうと高をくくって……細かいようでいて、大雑把なところがあると言われていましたが、こういうところなんですよね。今後は気を付けたいと思います。
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――そして、冒頭に戻ります
無事に召喚は成功しましたが……魔法陣の上には子犬のように小さなワンコがちょこんとお座りをしています。一瞬「あ、勇者様の幻獣とか聖犬とかそういった役割の?」とも考えましたが、まず該当の勇者様がその場にいなかった時点で違うとわかりました。
そして、嫌な予感がしつつもワンコの首輪部分をチラリと見れば、私が書いた古代文字と同じカーターカナで【ユーシャ】と名が刻まれていました。
「可愛い……♡」などと思う前に、私は自分の失態に気が付きました。あのネームタグの文字からして、間違いなく私が書いた【ユーシャ】を表している、と。
ちょっと複雑極まりないカンジーの練習を怠ったが為に、こんなことに……これは減給や解雇だけでは済まないかもしれません。心臓は早鐘どころか、飛び出さんとばかりにバックンバックン状態です。
瘴気を祓ってくれるはずの勇者様と新人歴5年の女の命、天秤に掛けるまでもないですし、なんなら今度は生贄術でもやろうかと、供物代わりにされてもおかしくはありません。
そんな考えが頭をよぎった私は、勇者召喚に良くも悪くも周りが色めき立っている間に、足元にある自分が書いた呪文の痕跡を消すことに決めました。
隙間から覗いていたので、そのまま腰を曲げてエビが逃げ出す時の如く、急いでビュンっとバックします!
何食わぬ顔で視線は勇者様方向を向きつつ、下の超駆をザリザリと……おそらくうまく興奮したフリをして消せたと思います。それはそれは見事なステップを踏めました。タップダンスの才能があるかもしれません。生かしどころは今のところありませんけど。
「ゼニール様、この犬…いえ、聖犬?でしょうか。この者が、伝説の者だったとして、どのように瘴気を払って頂くよう依頼をしたら宜しいのでしょうか?人語を話している様子がないですよね」
さすがは右腕のハイエナ様、まともなツッコミをしています。そもそも、本当にただの犬なんじゃないかなってくらい愛くるしいですし、可愛さはあっても強さは微塵も感じません。
「そうじゃのう……たとえ聖犬であっても、犬は犬……はて、犬…そうじゃ、シア!シアはどこじゃ?」
うっ、これはマズイ状況です。予感はしていましたが、ゼニゲバ様は腐っても魔術師長なだけあります。私の特殊スキルを覚えていたのですね……
今日ほどボケていて欲しいと思ったことはありません。今日に限ってなぜ冴え渡っているのでしょうか!
私の特殊スキルは、実は欠点ありのスキルなのに……
<ご案内>
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人生初作品のくせにうっかり結構な長編となってしまいましたが、本編完結まで予約投稿済です!
「アテンションプリーズ!ガラポンの特賞は異世界でした!?~アオイ50歳。異世界でエンジョイしろと言われても…若くないので出来ません!~」
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