1 転生することになりました!
「はうぁ……」
朝日が眩しい早朝。
高校への通学路を俺は思わず小さなあくびを漏らした。
眠い。何故こうも朝は眠いのか。
そしてこんなにも眠いのに何故学校になんて行かなければならないのかと俺は思う。
俺はごく普通の高校に通う、普通の一般人だ。
だからこそ、特に何か語れるような凄い人生を送っているわけではない。
そしてそれが少し嫌だった。
普通の人生を送っているとは言ったが、これは決して俺が望んで送っているわけではない。
なんとなく生きていく内に、こうなっていったというだけのことだ。
今現在は進学校へと通っているわけだが、きっとこれから大学へと入り、そこから既定路線のように就活をしてどこか働きたくもないところでお金を稼ぐ日々が始まるのだろう。
そんな決められた人生を送ってしまっている自分が、少し嫌だ。
人間はもっと自分の意思に従って自由に生きていってもいいはずだ。
でもなんとなく社会の目がそれを許してはくれない。
例えば俺が今から学校を不登校になって、コンビニバイトなどの最低限の収入で家でぐうたら生活したい! などと言い出しても親はきっと許してはくれないだろう。
俺の親は一応ちゃんと真面目で、俺もちゃんと愛情を注がれて育てられてきた。
だからこそ今更暴走するなんて、俺の弱いメンタルと覚悟じゃ無理だ。
……はぁ、いっそのことファンタジーの世界かなんかに転生してくれれば自由に暮らせるんだろうけどなぁ。
なんてことを思うが勿論冗談だ。
そして、今てくてく学校に向かいながら考えてるこれらの愚痴も、ぜんぶ冗談のうちだ。
なんやかんや言って、俺は普通なのだ。
結局はお利口さんに学校に通いながら、決められたレールの上を走っていくのだろう。
なんとなく生きていくというのも、決して悪い選択肢ではないはず。
そんな風に取り留めもないことを考えながらも、信号待ちをしていた時だった。
突如、プー! という車の甲高いクラクションが鳴った。
驚いてそちらの方向を見てみると、一台の大型トラックが、俺の方へと突っ込んできていた。
「え?」
意味が分からない。
俺がなぜか最後に取った行動は、信号の色を確認することだった。
俺が待っている歩道の信号は赤。
つまり俺がここで立ち止まっていることは何もおかしなことではない。
というか青であろうと赤であろうと、ここに突っ込んでくるあの車がおかしいんじゃないか。
そんな当たり前のことを宙を高速回転しながら考えていた。
うん、普通に全身痛い。
これは死んだな。
シンプルに車にはねられただけって、こんな終わり方ないわ……
次の瞬間、案の定俺の意識は途絶えた。
「……うぅ、あれ?」
気づけば俺は目覚めていた。
周囲を見てみると、俺は不思議な空間にいた。
青やら紫やらピンクやらが、ぐにゃぐにゃと絵の具のように混じり合っており、そんな空間の中水色の足場があり、そこに俺は立っている。
……やばい。とうとうイカれてしまったか……?
普段変な妄想ばかりし過ぎて、ついに現実までおかしくなってしまったのだろうか。
いや、そう言えば俺トラックに敷かれたな……。もしかしてその影響か?
実は俺の肉体は植物状態になっていて、俺の意識は今後一生この世界を彷徨い続けないといけないとかいうオチだったり……?
「いやだ、いやだ、だしてくれー!!」
「何を言うておるのだ」
俺が吠えていてると、どこからか厳しい男の声が聞こえてきた。
声の出どころは分からないが、大音声でエコーがかった感じで聞こえてくる。
「え!? 誰ですか?」
「うむ。私はこの究極の狭間における管理人だ。審判員とも言われておるな。要するに、死んだ者の処遇をどうするか考えて決定する場所なのだ」
いきなりよく分からない説明をされた。
「えっと、よく分かりませんが、つまり僕はやっぱり死んだってことでいいんでしょうか」
「その通りだな。そしてそんなお前は可愛そうなので、異世界転生行き、決定であるー!」
どこからか小槌でボボンと叩く音が聞こえてくる。
異世界? 転生? 夢かなんかじゃないよなこれ?
「異世界……ですか?」
「うむ、どうやら資料を見る限りお前の死因は一方的な交通事故のようだな。これは流石に付いていなくて、可愛そうだ。だから最上級の判定、異世界転生行きに決定したというわけだ」
「は、はぁ」
いきなり言われても、はいそうですかと答える他ない。
どうやら地球で死んでしまった俺はいきなりこんな場所に連れてこられたかと思えば、今度は異世界に転生できるということらしい。
「えっと、その異世界、というのはどんな世界なんですか……?」
「うむ、言ってしまえば剣と魔法の世界、人間と魔物が対立している世界、と言ったところだろうな。つまり、物凄く危険なのである」
「え、その……大丈夫なんですか?」
「うむ、心配はいらないぞ。ありのままのお前では流石に生きて行くのも一苦労だろう、ということで特別スペシャルな能力をプレゼントするぞ」
「能力、ですか」
「うむ。安心したまえ、私がとっておきの能力を考えておいたからな」
「ちなみにどんな能力なんですか?」
「うむ、それはだな、お前を轢き殺した男を、召喚する能力なのである」
……え? なんて言った?
「お前を敷き殺したトラックに乗っていた運転手は、酒飲み運転をしていたのである。これは重罪にあたる。その罰として、お前の奴隷となって従わないといけない刑を処すことにした。能力と罰とで一石二鳥なのである!」
「なのである、じゃないから!」
ちょっとまってくれ、ただでさえ状況がいまいち呑み込めてないのに、どういう能力にしてくちゃってんだよ。不安しかないというか、それ以前の問題というか……
「それでは、転生なのである! 異世界観光、楽しんでくるのだぞ!」
「え、えええ」
そうして俺の体は徐々に光に包まれていった。
手を見てみると、半透明になって透けていっている。
なにコレ怖い……じゃなくて、え? 本当に転生するの……?
そんな微妙な思いとともに、俺の意識は闇へと吸い込まれていった。