二話『復讐の誓い』
「知らない天井だ……」
目覚めると、全く身に覚えのない場所で眠っていたことに気づいた。こんなに柔らかいベッドは村には無いはずだ……。
「村? な……んだ?」
胸が早鐘を打つ。何かを忘れている気がする。
すると、村が燃えている映像が脳裏を過った。あまりに現実味のない映像を、怖い夢だと言い聞かせ否定する。
しかし、胸が締め付けられるような感覚と木材の燃える匂いが、どうしても頭から離れない。
「母さん……?」
死んだ。そうだった。母さん死んだ。
嘘じゃない。夢じゃない。
記憶にこびりついた恐怖に滲んだ女性の顔は、紛れもなく俺の母さんのものだ。
「うッお゛ぇ゛ぇ」
ベッドの上に胃液を吐き出す。胃液の酸っぱさが口の中を支配した。
そのまま泣いたり吐いたりを繰り返していると、扉が開いて、女性が入ってきた。
「だ、大丈夫ですか! 片付けましょう。動けますか?」
力無く頷いて、ベッドから出る。
部屋を移動している間に、考える余裕が生まれた。
「……エリーは?」
最悪の答えが頭に過る。エリーまで失ったら俺は――
「別室で眠っています」
「良かった……」
安心したせいで力が抜けて、地面に崩れ落ちる。
「でも……」
「何だ? 何があった!? エリーはどこッゴホッゴホッ!」
「まだ無理をしないでください。こっちです。付いてきてください」
広い建物の中を移動して、エリーのいる部屋に向かう。
扉を開けると、エリーが真っ青な顔でベッドに横たわっていた。
「エリーッ!」
「あにぃ……?」
「ああそうだ、兄ちゃんだ! 大丈夫か?」
エリーの目の下には大きなくまがあった。長い間、泣き続けていたんだろう。
「あにぃ……! お母さんが、お母さんがぁぁ」
涙がぼろぼろとこぼれた。俺もつられて泣きそうになるのをこらえる。俺はお兄ちゃんだから、妹の前では強くいないといけないんだ。
「お母さんがいないと、生きてけないよぉ」
エリーは母さんが大好きだった。母さんが死んだという事実に耐えられるはずがない。
それから俺の胸に額を押し付けてずっと泣き続けたエリーは、疲れて眠ってしまった。
部屋を出ると、俺を起こしに来た黒い肌の女性が立って待っていた。
俺は無視して、廊下を突き進む。
「ちょっと、どこへ行くんですか!? まだ無理は」
「外に行く。出口はどこだ?」
「なんで外に……」
「ゼオンのクソ野郎を殺すためだよッ!」
俺は立ち止まって叫んだ。
ゼオンは俺の母さんを殺し、俺の妹の心を傷つけ、村のエルフたちを殺した。俺のことも、一度殺した。
「俺が殺すんだ! ゼオンは絶対俺が殺してやる!」
「外まで聞こえてるよ、オメナくん」
廊下の向こうから黒い男が歩いてくる。その男には見覚えがあった。
「……ゼオンと戦ってたやつか」
「そうだね。僕の名前はメビウス。昔は騎士団の団長もやってた強い僕から一つ言わせてもらうと、君はゼオンには絶対に勝てない」
「なんだと……?」
俺は精一杯メビウスを睨んだ。睨んでいたにもかかわらず、俺はメビウスを一瞬見失った。
「ゴァッ」
メビウスは目にも止まらぬ早さで俺に接近し、腹を殴打したのだった。
吹っ飛ばされた俺は床を何メートルも転がり、仰向けで倒れた。
「せっかく助けたんだ。見殺しにはできないな。君は幼く、よわすぎる。君じゃここを出てもすぐに野生の獣に殺されてしまうよ。それに、この世界においてエルフは存在すら怪しいものだった。それが目の前にいたらさらおうとするやつの一人や二人はいるかもしれない。君は僕たちに守られているんだ。さて、そろそろ落ち着いたかな?」
「落ち着けるかよ! どうしろって言うんだよ! この思いを憎しみをどうすればいいんだよ!」
「僕の知ったことじゃないな。君を助けたのだって、ただの善行じゃない。打算あってのものだ。だから、君をゼオンの所へ行かせる訳には行かない。もし行きたいなら、僕より強くなって、僕を倒していくことだ」
俺はむっくりと起き上がってメビウスを真っ直ぐ見つめた。
「そうか、じゃあ……倒して行くよ」
メビウスの方へ全速力で走る。メビウスに身構える様子はない。
俺は拳を振りかぶって殴るふりをして、急にメビウスの頭上に飛び上がった。
俺は森の中でずっと遊んでいたし、木の枝を飛び移って遊んでいた。エルフの子供たちの中でも体力はある方だった。
俺はメビウスの頭を手で押して、空中でさらに加速しようとした。
「倒していかないのかい?」
メビウスが少し遅れて頭の上に置かれた手を掴む。
だが、それは予想していた。
「痛ッ」
俺は隠し持っていたフォークを思いっきりメビウスの手首に突き刺した。
メビウスが俺を壁に投げつける。
「ガハッ」
肺から空気が追い出される。荒い息を整えながら、メビウスから逃れるように走る。
メビウスは焦ったのか急いで追いかけてきた。
メビウスの横蹴り。完璧なタイミングと距離だった。俺がメビウスの方に引き返していなければ。
俺は急に折り返し、足の下をくぐって蹴りをかわした。
「なに――」
攻撃する瞬間が、最も無防備。森の生物達が殺し合うのを見たときに、気づいたことだった。
フォークをメビウスの腹に向かって突き出した。
「惜しい……」
メビウスがまた一瞬見えなくなり、俺は気づけば壁にたたきつけられていた。
おそらく、蹴りの勢いそのままに回転し、後ろ回し蹴りを放った。
肋が何本か折れたのだろう。凄まじい激痛が俺を襲った。
「まさか、魔術まで使わされるとは思わなかったよ」
「クッソ……」
「そのフォークは、エリーちゃんの部屋にあったものかな」
その通りだった。俺はゼオンを倒すために少しでも武器を求めて、フォークを隠し持っていた。
「認めるよ。君のその執念は、僕に傷をつけた」
「認められてもなんの意味もない……!」
「そう言うな、一つだけいい事を教えてあげよう。ゼオンには常識外れの圧倒的な回復力がある。一撃で命を絶たなければ、彼の傷はたちまち全快し、傷跡も残らない」
「そんなの……」
「強すぎるよね」
メビウスは着ていた服を脱いで俺に見せた。
上半身には、大きな包帯が何重にも巻かれていた。胸の辺りには血が滲んでいる。
「僕は、刺し違えてでも彼を殺すつもりだった。その結果がこれさ。相手は一瞬で傷を治し、僕は重傷を負った」
この怪我で、俺と戦っていたのか。本当に、敵わない。
やっと俺は自分が弱いことを自覚した。
「ゼオンにはこの傷の恨みがある。僕だって殺してやりたいさ、でも無理だ。君より強い僕にもね。もう分かっただろ? 君のやろうとしていることは無謀そのものだ」
メビウスの赤い目が鋭く光り、俺を貫くような圧を放った。
それでも。俺は殺さなければならない。母さんのために、エリーのために、俺はゼオンに復讐する。
「ゼオンは俺が殺す」
俺はこれから強くなって強くなって、必ずこの復讐を果たす。