一話『プロローグ』
完結するとしても遠い未来です。期待しないでください。
「みんなケチだよな、エリー」
「私も見たかったぁ〜〜」
俺はオメナ。今は村の外で妹のエリーと遊んでいる。今日は外にいろ、と二人揃って追い出されてしまったのだ。それは他の家の子供たちも一緒だった。
「勇者さま、どんな人なのかなぁ〜〜」
「きっとかっこいいんだろうな」
俺たちがこんな状況にある理由は、今村に訪れている勇者ゼオンに失礼がないようにするためだった。大人たちだけでもてなすつもりなのだ。
なんでも、先祖から伝わる絶対の掟に勇者が来たら最大限のもてなしをすること、と書かれているらしい。
エルフにとって村の掟は絶対だ。
小高い丘の上から、僕たちの村を見下ろすと、遠くの家の屋根に少し赤い炎のようなものが見えた。
「エリー、あれ……」
「うん? 燃えてる?」
じっと見ていると、炎はだんだん大きくなって、それが他の家に移っていったみたいに村中の家が燃え始めた。
俺が生まれてから初めての経験だった。あまりの現実味の薄さに、行動が遅れた。
エリーの長い耳が不安そうにぴくぴくと揺れる。
「母さん……! エリー、ここで待ってろ……!」
村には勇者をもてなすために母さんも残っている。早く知らせに行かないと――俺は全力で森を駆け抜け村に向かった。
勇者は一番でかい集会所にいるはずだ。母さんもそこに……!
大きな扉を開けると、そこには想像もできない景色が拡がっていた。
部屋のあちこちでエルフの大人たちが倒れている。床に血がしみている者もいた。
そして集会所の中心にある大きな円卓に、勇者ゼオンが腰かけていて、椅子には野蛮な格好をした男たちが座っていた。
「これは……?」
「ああ、たった今魔人が攻めてきたんだよ。悪い悪い魔人がエルフたちを皆殺しにしちまった」
「魔人……」
勇者ゼオンがニヤニヤしながら、俺に話しかけてきた。俺は話の内容を理解出来ずに、放心状態だった。
「あ、母さん……」
倒れているエルフたちの中に母さんを見つける。俺は覚束無い足取りで、母さんの所へ向かう。
途中で、左目に激痛が走った。
「あがッあェ!?」
あまりの苦痛に床をころげ回る。手探りで痛みの原因を調べると、左目に木製のナイフが刺さっていた。
「なん……だこれ」
残った右目で周囲を見渡す。魔人は凶悪な性質を持つ。きっと俺を攻撃した魔人がどこかに……
「ギャハハハハハハ! ゼオン! こいつ、バカだよ」
椅子に座っていた隻腕の屈強な男が大笑いした。
状況が呑み込めないままの俺に、ゼオンは凶悪な笑みを浮かべた。
「悪い悪い。魔人とかの話は全部ウソ。今ナイフを投げたのは俺だし、エルフたちを殺したのも、俺だ」
言葉が出ない。何もかもがぐちゃぐちゃになって、救いを求めるように母さんの方を見る。
その顔は恐怖に歪んだまま固まっていた。
母さんを呼ぶ声が、集会所に虚しく響いた。
左目の痛みも忘れて、溢れる涙を拭って、震える膝を抑えて立ち上がる。
意識が朦朧とする。左目からナイフを引き抜く。
「ゼオンッッ!」
ナイフを両手で握ってゼオンに突進する。
ゼオンは腰に提げた剣を抜いて、無造作に横に振った。右胸から半ばまでを大きく切り裂かれ、激しく出血する。
もう痛みすら感じない。ただ、見える景色が霞んでいく。
「ゼ……オン、お前は」
「ゼオン、今思いついたんだが、こいつら結構顔いいだろ?」
隻腕の男が俺を無視して話し始める。
「適当に持って帰って売り払おうぜ。金になるだろうさ。ギャハハハハハ」
「てめ……そんなのッ絶対許さ……」
「それはとんでもない悪行だな! ハハハ! 最低だから、それ、採用!」
ゼオンが俺に手をかざすと、その手が視界を埋め尽くす程の光を放った。
急に、体のだるさが消えた。痛みも、目の霞も無くなる。
自分の体を見下ろしても、さっき切られた傷は見つからない。
救われた? コイツに――
「うがァァァ!!!!」
俺は命すら弄ばれて、長い耳を真っ赤にして怒った。
死ね、純粋な想いを込めて、強く握っていたナイフをゼオンに突き出す。
ゼオンが伸ばした左手に刺さり、裏側まで貫通する。しかし、ゼオンは顔色も変えずに、悠長に語り始めた。
「生かすも殺すも俺の自由。命への冒涜だと思うか? しかし、俺には許される。気に入らなかったか? 俺に殺され、甦させられ、怒ったか? 最高だ。今のお前は、最高の顔をしているぞ!」
「ゼオンッッッお前ッッッ――!」
バァンという音と共に、石造りの壁が壊れた。目にも止まらぬ早さで何かが集会所に入ってくる。
さっきまで目の前にいたゼオンがいなくなっている。キィンと、金属どうしを打ち合わせた音が鳴った。
その方向を見ると、肌の黒い白髪の男が身長程もある大剣で、ゼオンと切り結んでいた。
気づけば、部屋中で黒い肌の戦士たちと勇者の仲間の戦いが始まっていた。
「今のうちにその子を連れ出せ!」
突然腰を持ち上げられ肩に抱えられた。
「お、おい」
「あまり動かないで」
俺を持ち上げたのは白髪を長く伸ばした女性。赤い目が鋭く光っていて、体はゼオンと戦っていた人と同じように黒かった。
黒い肌に赤い目――魔人か? でもなんで……。
女性の肩の上で、家々から燃え上がる炎が高速で流れていく景色をただ呆然と見つめる。
木炭を含んだ風が激しく頬を撫でていた。