宇宙からのStreamer
未確認ヒト型外星人第一号が確認されたのは渋谷のハチ公前だった。
「やあ」
と、そいつは言ったのだそうだ。
「俺は宇宙からやってきたんだ」
「宇宙人だ!」
「宇宙人よ! 間違いないわ!」
ハチ公前はパニックになった。しかし、宇宙人を名乗るその男は冷静で
「静かにしろ。他の人の迷惑になる」
と、群衆をなだめる。が、その効果はまるでなく、パニックは広がっていく、スマホを取り出してパシャパシャと写真を撮り始める始末である。
無理もなかろう、その宇宙人は全身銀色に輝き、顔つきも我々地球人に似ているが、だいぶと異なり、親しみはあまり持てそうにない。さらに言えば、中空に少し浮いているのが、パニックを加速させる気がした。やがて、騒ぎを聞きつけた警察官が到着し、事態収拾に乗り出したが、当然のことながら収まる気配はなく、ついに警官隊は発砲し、宇宙人らしき男を撃ち殺した――かに見えた。
ところが、宇宙人の死体は忽然と消えてしまったというのだ。死体があった場所には血痕すら残っておらず、初めから何もそこには存在しなかったというように、スマホで撮られた写真を除けば、外星人第一号、宇宙人、の存在していた証拠は微塵もないことになる。
それが、日本政府内にある自衛隊宇宙防衛部の星新一の興味を惹いた。星は、自衛隊宇宙防衛部の中でも異質の存在であり、いわゆる天才肌であった。その才能により、彼は様々な功績を残している。たとえば、この宇宙人事件についても、彼が独自に調査を進めた結果、ある仮説を打ち立てていた。
実は宇宙人ではなく、地球人によるドッキリではないか。ということである。が、それに対してははっきりと否定できるだけの証拠を準備していた。撮影された写真や映像からみるに、加工された様子が一切ないことを証拠として、その仮説を打ち立てては打ち消した。
「では一体何なのか。まさしく宇宙人でしょう」
星新一はそう自衛隊宇宙防衛部の会議で断言した。
そして、自らその正体を突き止めるべく、調査に乗り出すことにしたのだ。
「私も同行しよう」
そう申し出たのは、自衛隊宇宙防衛部隊長斎藤工だった。
彼は、かつて宇宙怪獣と戦い、人類を救った英雄でもあった。
「いえ、これは私の個人的な研究です。それに、隊長には他に任務があるはずですよ」
星はやんわりと断ったのだが、結局押し切られてしまい、一緒に行動することになった。
二人はまず、宇宙人を目撃したとされる場所を訪れた。ハチ公前である。
「ここですか……」
「ああ。目撃証言によると、どうもこの辺りらしい」
星たちは周囲を見渡してみたが、特に変わった様子はない。通行人は、突然現れた銀色に輝く外星人第一号が再び現れるのではないかと期待し、スマホを手に準備しているが、再び現れる様子はない。
「さすがにここには現れませんか……」
「そうだな…………ん?あれは何だ?」
ふいに斎藤が指差す先には、人集りができており、そこに一人の少女がいた。中学生くらいだろうか。群衆に囲まれている理由は何となくわかる。今ではあまり見ないセーラー服を着ていたからだ。2000年代チックな制服を着た彼女をコスプレイヤーか何かと思ったのだろう。その少女は群衆に囲まれていたが、気にする素振りもなく、堂々と立っていた。
「あの子が何か……?」
「分からないが……。ただ者ではないような気がする」
斎藤が言うなら間違いないだろう、と星はその少女に注目した。群衆の中をかき分けて進み、彼女に近づき声
をかけた。
「君、ちょっと」
少女は、くるりと顔を星と斎藤に向けた。はじめはぼおっとした表情であったが、自衛隊宇宙防衛部の隊服を見た瞬間、はっと表情が変わる。そして、ぱっと駆け出したのである。どこからどうみても、逃げ出している。
「君、待ちなさい!」
だっと星と斎藤は追いかける。
少女はとても年齢にそぐわない様子で走り、ぐんぐんと距離を離していく。このままでは逃げられてしまう。と星新一は思った。路地裏に入り込まれでもしたら、もうわからない。そんな心配は的中した。
さっと少女は路地裏に逃げ込む。それを追って路地裏に駆け込んだ。
が、心配は杞憂に終わる。
路地裏に入って少ししたところに、少女は立っていたのだ。
「待っていたよ。自衛隊宇宙防衛部の諸君」
少女はそう言い始めた。
「誰だ君は」
「私は、カー星人」
「カー星人だと!?」
星は思わず大声で叫んでしまった。
「しっ! 静かにしてくれないか。ここは人が多すぎる」
「あっ、すいません……」
「まあ、いい。この姿は面倒だ。姿を変えるが、驚かないでくれ」
そう言うと、奇妙な電子音を流しながら少女の身体が明滅する。激しい明滅に、顔を覆った二人であったが、明滅がおさまると目を広く開けざるをえなかった。路地裏には銀色に輝く外星人第一号がいたからである。
「この姿が我々、カー星人の姿だ」
「火星人」
「違う。カー星人だ。我々はあのようなタコ擬きではない」
「やはり、タコのような姿をしているのか……そして、カー星人は別の存在だと」
「そうだ。この地球と呼ばれる星から遥か彼方、観測外の宇宙からやってきた」
「何用でだ」
斎藤が聞く。
「我々はとある事情から人類に協力をしてほしいと望んでいる」
「協力とは」
「我々の故郷、カー星では一つの問題を抱えている。それは、資源の不足だ。エネルギー不足と言ってもいい。そのため、他の惑星に資源を求めて相談にくることが決まったのだ」
「それで、なぜこの地球に」
「ここが最も豊かな環境だからだよ」
「なるほど、わかった。つまり、貴様らは侵略者というわけだな」
「そうであるが、そうではない。我々のエネルギーは、注目だ」
話がおかしな方向になってきたぞ。
星はそう思い始めてきた。
「我々カー星人は、人々の注目をエネルギーにしている。注目度が高ければ高いほどより純度の高い注目エネルギーとして原料と出来る。この星には七十億を超える知的生命体がいる。その注目をエネルギーとして利用したい」
「最終決定権は、我々にはないからな」
「確かにそうだと思う。返答の時間は少しあるので検討してほしい。その報酬はもちろん、用意する」
日本政府および世界政府はカー星人に対してその申し出を受け入れた。
その結果、カー星人のエネルギー源である注目を得るために、人々は様々な手段で注目を得ようとした。実際、それは功を奏している様子であった。カー星人は、きちんと地球文化を理解してるようで、インタネットを使った注目集めに順応した。
「面白いですよ」
動画を見た人間の多くはそう評価した。インタネット動画投稿サイトのチャンネル登録者数はぐんぐんと伸び、数日で既存の投稿者を抜き去った。面白い動画を投稿するだけでなく、世界中全ての人類に情報端末を提供したのも大きい。
報酬として人類は貴金属を提供を受けた。その情報端末を全人口へと提供できたのも、その貴金属供与の影響が大きい。既知の貴金属であったが、その大量供与は経済界に一時的な混乱をあたえた。しかし、それでも貴金属が提供されるのはありがたい。
「しかし、嫌な予感がするんだよな」
星の予感は的中することになる。
ある日のこと。
「大変です!テレビを見てください!」
部下の一人が慌てて自衛隊宇宙防衛部の基地に入ってきた。
「どうしたんだ」
「今、テレビで、カー星人の宇宙船が映ってます!」
「なんだと!?」
「しかも、動画配信しています。全人類の注目を集めています!」
「何だって?」
急いで自衛隊宇宙防衛部の本部にある大型モニターを見ると、そこには確かに銀色の球体があった。そして、その横には、カー星人と思われる少女がいた。あのセーラー服ではない。より過激なファッションに身を包んでいる。
「一体何なのだ。これは」
「別れのデモンストレーションだよ」
突然の声に振り向く。
そこにはあの銀色に輝くカー星人の姿があった。
なんということだ。自衛隊宇宙防衛部の本部へと悠々と侵入してきたのである。
「今日は、この星の皆様にお伝えしなければならないことがある」
「なんだ? 君の要求に対しては答えられたはずだ」
「私は地球人たちからより多くの注目を集められると思っていた。しかし、私の上司が求める量のエネルギーを蓄えられない」
「そんな」
「そこでだ。君たちの地球を破壊させてもらう」
「なに?」
「他の知的生命体が過ごす宇宙に、君たちの星が壊れる映像をライブで放送させてもらう。これにより、地球だけではなく、全宇宙の知的生命体の注目を集めることが出来る。我々の故郷は安泰だ」
「そんなこと。させるものか」
「この星に惑星撤去ビームを放出するまであと一時間。好きにすればいい」
と、だけ言い残すと、カー星人はぱっと光を放ち消えた。
「一体、どうすればいいんだ」
愕然とした表情が、特捜隊の本部を包んだ。
カー星人の言う通り、彼の宇宙船は何かしらのエネルギーを溜めているようで、徐々に光を増していく様子でもあった。
「万事休す、か」
自衛隊宇宙防衛部の面々が諦めた。残り一時間で為せることはない。
と思った時である。高速飛翔体をモニターが捉えた。それはまっすぐに宇宙船めがけて飛び、命中すると、爆炎と閃光を発する。その衝撃と破壊力は大きく、宇宙船は黒煙を上げながらみるみる高度を下げ、海上へと墜落する。
「いったい今の攻撃は」
「我々の攻撃だ」
モニターにカー星人の姿が映る。どうやら、初めて接触する個体らしい。金色に輝く表皮を持っている。
「初めまして。私はこの星にやってきたカー星人の上位個体だ。彼は我々の攻撃により撃墜させてもらった」
「なんだって、そんなことを」
「この星にやってきた個体は十分に注目を集めてくれた。これ以上の注目エネルギーを集めることは私たち上位存在の沽券、君たちの言葉で言うならば出世レースに関わる。そこで、彼を解雇処分とした」
得意げな調子で、カー星人は続ける。
「それに、良い動画を作るには、良い準備も必要。であろう?」