カフカの「変身」を読んで
昔読んだカフカの変身を思い出した。変身を読んで恐怖を抱くと思う。私も思った。当時は虫になってしまいその後無惨に死んでしまうという結末に恐怖しているのかと思ったが今思うとそうではなかったのではないかと思った。その恐怖の源泉は正常化バイアスだと思う。ゾンビ映画を見て恐怖するのは自身がゾンビになってしまうかもしれないと言うことに対する恐怖というのと同じ。要するに自身が虫になってしまうかもしれないということに対する恐怖。人間というより生命は祖先の様々な経験から今を生き抜いてる。そのシステムのため何かしらその読んだものなり見たものから経験を得ようとする。人間以外と言っていいのかはわからないが心というものを持たないものは機械的にそれを処理するだろうが心というもの持っていればそうはいかない。得ようとするものに対してどう言った感情を抱くかは個人差があるだろうがそれを感じる際にまず正常化バイアスという防御機能が働くのではないだろうか?そこから色々思うのではないだろうか。ある者は正常化バイアスに対して自覚的になり、またある者はそれを自覚することのないまま過ぎていく。
書いてて思ったが心についてどう思うだろうか?よく話される話題だろうが、私は生命の進化の優位性を保つために生まれたとは考えていない。Ghost in the machine という言葉があるがこれだと思う。私は人間はそれほどまでにも機械的ではなくニュートラルな掴み所のない存在だと思う。いやそうであって欲しい。これは一種の願いでもあるのかもしれない。
これは妄想100%で書いています。何かあればどうぞ。二度と書かないかもしれないし、また何か書くかもしれない。




