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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「英才教育」編
98/606

98話 「体感、武人の戦い その2『全環境闘争』」


「…はぁはぁ!」



 身体を押さえつける圧力、殺意入り乱れる戦場の気質、それを上回るアンシュラオンの闘争本能。


 それらすべてが初めての経験であり、サナの心臓が激しく高鳴っている。


 だが、これはまだまだ序の口だ。


 この速度に慣れた時から、ようやくにして『反撃』が始まる。



「攻撃を回避する際は、懐を深くして余裕をもってかわすんだ。見ろ、一度回避したのに再び相手が同じ軌道を描いてきたら要注意だ」



 デリッジホッパーが、さきほどとまったく同じ軌跡を描いて攻撃してくる。


 だが、アンシュラオンが回避した直後―――腕が伸びる


 同じだと思ってよけていたら魔獣の手が顔を握り潰していただろう。


 しかし、全力で避けるのではなく余裕を残しているので、そういったフェイントにも簡単に対処できる。軽々と回避に成功する。



「懐を深くするってのは、間合いを測って適切な距離を保つことだ。重心を前に倒しすぎず、バランスよく身体を維持するんだ。あとは自分と敵の能力を比べて、どう対処するかを決めればいい。よし、相手の攻撃パターンはある程度そろったな。それなら次は攻撃だ。いいかい、守ってばかりじゃ相手は倒せない。よけながらも攻撃を続けるのがポイントだぞ」



 アンシュラオンは、腰にかけていた剣を抜く。


 ジョイから借りた変哲もないショートソードで、護身用に一般的にもちいられるものだ。


 その剣で、すれ違いざまにデリッジホッパーを切り裂く。


 しかし、刃は魔獣の皮膚を傷つけたものの、強靭な体毛によって防がれてしまう。



「これが普通に武器を使った結果だ。強い魔獣に一般人の攻撃は通じない。そもそも腕力が違うからね。で、オレ本来の腕力で使うとこうなる」



 今しがたのものは、一般人を真似るために超絶に手加減をして放ったものだ。


 次は本来のアンシュラオンの力で―――斬る!


 凄まじい腕力から繰り出された一撃は、デリッジホッパーの腕ごと顔面を切り裂き、大きな目から大量出血。体毛も切断し、大ダメージを与えることに成功。


 ただし、剣が―――バリン


 強い腕力に武器のほうが耐えきれずに、刀身があっさりとへし折れる。



「予想通り、折れたか。二本借りていてよかったよ。いいかい、サナ。戦いにおいてはこういうこともよくあるんだ。特に剣士は剣を失ったら剣気が出せない。常に予備の剣と他の武装を持つことだ。優れた武器を持つことも重要だ。アズ・アクスに興味があるのは、それが目的でもあるからね。さて、次は【戦気】だ」



 もう一本の剣を取り出すと、今度は戦気をまとわせる。


 それでデリッジホッパーを切り裂くと、真っ二つ。


 刃こぼれすることもなく完全に断ち切った。



「武人にとって一番大切なものは戦気だ。こうやって武器にまとわせることで、物質も強化することができるんだ。まだサナには使えないだろうけど、お兄ちゃんのもので感覚を覚えておくんだよ」



 武器を使うなら絶対に剣気を出さねばならない、という決まりはない。


 そもそも剣気は剣士因子がないと使えないので、一般的な戦士型の傭兵は戦気だけで対応することになる。それでも十分すぎるほどの強化なのだ。


 あとは戦気の質をいかに高めるかだが、これは後回しだ。今のサナに必要なものは、もっと別の要素である。



「個人の能力も大事だけど、戦いはそう単純じゃない。多少の戦力差くらいならば、ちょっとしたことで覆ってしまうことがある。その最大かつ最多の要因は【環境条件】だ。見てごらん。ここはどこだ? 相手はどんな魔獣だ? 今、オレたちは相手のホームタウンにいるんだ」



 デリッジホッパーは、大きな腕と脚力を使って木々の間を自在に飛び跳ねている。


 そして、隙があれば木の上から跳躍して一気に間合いを詰めてくる。上からの攻撃に人は弱い傾向にあるため、これは脅威といえるだろう。傭兵たちが対応できなかったことも仕方がない。



「本来ならば、相手が有利な地形条件で戦わないことだ。平地に引きずり出して戦うのが一番だね。ただ、どうしてもそれができない場合、戦うしかないときは相手の『長所を消す』んだ。つまりは、こうだ!」



 剣を使って、木を切り裂く。


 このあたりにあるものは、かなり大きな樹木だが、戦気で強化された剣は簡単に幹を真っ二つにする。


 そのまま次々と剣で木を切り倒し、デリッジホッパーを木から引きずり下ろす。これによって上からの攻撃を気にしないで済むようになるのだ。


 機動力も激減し、不意を突かれる心配はなくなるだろう。



「魔獣は自分にとって快適な場所に棲みつく。木くらいならばこうして切り倒せばいいし、仮に岩場だったら爆破してしまうのもありだ。どっちにしろ相手を有利にさせないことが重要だ。そして、こちらの退路を常に確保することも大事だ。自分の逃げ道まで塞がないように注意するんだぞ。次はこの状況をさらに利用して、すべてをひっくり返す!」



 アンシュラオンの右手から炎が噴き出し、今倒した木々を焼いていく。


 覇王技、『炎龍掌えんろんしょう』。


 因子レベル2で扱える技であり、火気を広域に放射するものである。その姿が炎龍を彷彿させるので、そう名付けられている。


 強烈な火炎放射器で攻撃するようなものなので、一気に火が広がり、逃げ遅れて焼かれる個体もいれば、発生した煙が大きな目に入って涙を流しながら転げ回る個体も出てくる。



「相手を捉える大きな目も、こういう場合じゃ逆効果だな。こうやってピンチをチャンスに変えることもできるんだ。戦いとは『全環境』を使って行うものだ。ただ拳で殴って剣で斬って、術で倒して終わりじゃない。それじゃ疲れるしリスクも大きくなるだけだ」



 今のサナにとって重要なものは、あらゆる環境を自分の味方につけることだ。


 まだ幼く力も弱い少女には、ゴリゴリマッチョの殴り合いはできないし、テクニカルな剣術も扱えない。ならば、あらゆる手段を使って闘争に勝ち抜く『機転』こそが最大の武器となる。



「相手がホームということは、こっちからすればいくらでも暴れていいことになる。その意味じゃ乗り込むのは気軽でいい。じゃあ、この次はどうなると思う? もし自分の家が荒らされたら? さぁ、怒り狂った連中がやってくるぞ」



 家を倒されて放火までされたら誰だって激怒する。


 瞳に激しい憎悪を宿したデリッジホッパーは、怒りに任せて突っ込んでくる。もう相手を殺すことしか考えていない。


 だが、この状況はこちらが生み出したものだ。


 単調になった直線的な攻撃に剣でのカウンターを合わせ、大きな目にぶっ刺す。脳まで破壊された個体は、そのまま絶命。


 ただ、あえて刺した剣は抜かないで無手になる。



「戦況は常に変化するから予備の武器を失うこともあるだろう。でも、武器がなくなったらお手上げじゃ話にならない。それは命を失うことを意味する。これは戦士でも同じだぞ。腕や足を失っていたら攻撃力は激減するからね。そんなときでも常に周囲を活用するんだ」



 続いて突っ込んできたデリッジホッパーに対しては、回避しながら拾った土を投げつける。その腕力から投げられたものは、たとえ土であっても散弾と同じ。


 土のつぶてが目を抉り、デリッジホッパーが怯む。そこにこれまた拾った大きな木の枝を突き刺す。


 それだけで魔獣をほぼ無力化することに成功。煙の影響もあって嗅覚も麻痺しているため、見当違いの方向に攻撃している。もはや脅威ではない。



「武器がないのならば違うものを使えばいい。もし何も落ちていなければ地形そのものが武器になる」



 相手は怒り狂っている。怒りは強いエネルギーだが視野を狭くする。


 今度は逃げるふりをして相手を誘い出し、よけると同時に崖に蹴り出す。


 デリッジホッパーは落下するも、かろうじて腕を伸ばして地面に掴まった。


 が、すでに死に体。真上からクロスボウで目を撃ち抜いた。目が潰れて混乱したデリッジホッパーは、そのまま崖から落ちていく。



「こうなれば通常武器も十分効果的だ。今はあからさまに引っかかったけど、こんなに大げさじゃなくてもいい。軽く穴を作っておくだけで引っかかるさ」



 その言葉通り、相手が突っ込んできたタイミングで、足で地面に窪みを作っておくだけで―――すってんころりん


 これほど森に順応している魔獣が、いとも簡単にひっくり返る。


 そして、すでにお馴染みになった弱点の目玉を潰して終わる。



「どんな場所でもすべてが自分の味方だ。サナ、お前はすべてに愛されている。それを強く自覚するんだよ。世界は鏡のようなものなんだ。愛せば愛され、憎めば憎まれる。それは闘争においても例外じゃない。戦い、勝つために、闘争を愛するんだ」



 幾千万といった闘争の果てにたどり着いた答えが、愛すること。


 あらゆる状況から活路を見い出し、死ぬその瞬間まで生き抜く強い生命の力、その強烈な波動。


 それが、サナの意識に何かを与える。



「…っ…はっ……はぁっ!!」



 胸が熱い。叩きつけるられる情熱に意識が燃え上がる。


 今、サナは武人の生きざまを追体験しているのだ。




「ゴゴゴゴゴゴゴゴッ―――!! グゴゴゴッ!!」




 森の奥から、ひときわ激しい鳴き声が聴こえてきた。


 焼けた木を弾き飛ばし、通常のデリッジホッパーより大きな個体が出てくる。


 姿かたちは似ているが、色が全体的に黄色がかっているのと、手は大きくて体毛も長く、血走った真っ赤な目が特徴的だ。



―――――――――――――――――――――――

名前 :クレイジーホッパー 〈狂乱大目蛙〉


レベル:70/80

HP :2230/2230

BP :520/520


統率:C   体力: C

知力:E   精神: D

魔力:D   攻撃: C

魅力:E   防御: D

工作:C   命中: C

隠密:E   回避: D


☆総合:第三級 討滅級魔獣


異名:我失いし大目玉蛙

種族:魔獣

属性:土、水、風

異能:突然変異体、凝視、跳躍高速移動、暴れまくり、噛み砕き、吸盤伸縮腕、人間憎悪

―――――――――――――――――――――――



「どうやら親玉の登場らしい。最後の締めくくりにちょうどいいな。今までやったことをすべて生かして勝つぞ」



 クレイジーホッパーが、怒りまかせに暴れ回る。


 手当たり次第に薙ぎ倒し、倒れた木を振り回して叩きつける。魔獣らしい完全に力技だ。


 それをアンシュラオンは余裕をもって回避していく。力に力で対抗するのは疲れるだけだ。


 せっかく相手が暴れてくれるのだ。させるがままにして周囲から木を無くし、こちらに有利な環境を生み出していく。


 ただし、障害物はそのまま利用。死んだ個体を壁にして相手の視線から逃れる。


 クレイジーホッパーは強引に突っ込んで、その壁を蹴散らす。


 しかしながら、すでにそこにアンシュラオンはいない。


 死角に回り込んでから回収した剣を使って首に突き刺す。


 さすが親玉。これだけでは致命傷には至らないが、あえて剣を手放して無手になる。


 次の瞬間、そこに魔獣の腕が通り過ぎる。もし剣にこだわっていたら攻撃を受けていただろう。


 クレイジーホッパーは痛みと憎悪でさらに暴れまわるが、距離を取って付き合わない。そこからクロスボウを発射。


 矢は戦気で強化しているので、硬い体毛を簡単に貫いて身体に突き刺さる。



「ゴゴゴゲゲゲゲッ!」


「ほら、こっちだ。オレはここだぞ」



 土を投げつけて相手を煽り、崖にまで誘導する。


 そして、相手が突進すると同時に地盤に蹴り。


 ビシビシと亀裂が入った地面は魔獣の重さに耐えきれずに崩落。


 クレイジーホッパーは腕を伸ばして掴まり、なんとか崖上に昇ってきたが、もはや完全に隙だらけだ。


 相手が地面に立った無防備な瞬間、アンシュラオンの掌がクレイジーホッパーの腹に炸裂。


 覇王技、『金剛烈鋼掌こんごうれっこうしょう』。


 因子レベル4の発剄の一つで、打撃と同時に衝撃波を内部に叩き込む技である。


 最初の打撃で外皮と筋肉を破壊。さらに集められた戦気が掌を通じて体内に侵入し、一気に膨張。破壊の力が腹の中を抉り、内臓ごと力ずくで吹き飛ばす。


 ダメージとショックで相手は動けない。


 その隙に首に突き刺さっていた剣を引き抜き、とどめの一閃。


 ここでも油断せず、少し間合いを離してからの剣硬気で首を撥ね飛ばす。


 クレイジーホッパーの胴体は、そこで完全に機能停止。身体は死に絶える。


 ただ、転がった頭部はまだ生きており、大部分を占める大きな目が、ぎょろりとアンシュラオンを恨めしそうに睨みつける。その目からはまだ憎悪の炎が消えていない。



「たいした執念だが、お前は弱いから負けた。それだけのことだ。さっさと死ね」



 水気を放出して頭部を溶かして終了。


 残ったのは大きな目玉だけだが、それも崩れて瞳孔の一部だけが結晶化して残った。



「目玉の鉱物か。何かに使えるかな? …ん? …羽根?」



 溶かした頭から『羽根』が出てきた。


 鳥の羽根のようであったが、アンシュラオンが触れると霧散して消えていった。



「なんだ今のは? うーん、よくわからないけど、どうでもいいか。サナ、お疲れ様。がんばったな」


「…こくり。ふー、ふー」


「今のが武人の戦闘だ。実際に自分が戦っていた気分になって楽しかっただろう? お前もいつかこれくらいはできるといいな」


「…こくり」



 まだ息があった他の個体にとどめを刺し、素材を剥ぎ取って討伐完了だ。


 素材はどれがいいのかよくわからなかったので、とりあえず一番目立つ目玉や前足、体毛あたりを選んでもっていく。


 もし取り残しがあってもまた来ればいいし、あまり綺麗な魔獣ではないので、面倒そうならば放置でもいいだろう。どうせすぐに虫型魔獣たちが集まって骨も残さず食べてくれるはずだ。


 こうしてサナの武人体験は無事終わるのであった。




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