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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「英才教育」編
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96話 「常人の限界」


「いやー、強いんだな、君は」


「そうでもないよ。旅をするのに最低限の力しかないし」


「そんなことはないさ。あれだけやれれば立派なものだ。おじさんは感動したね!」


「はい、焼けたよ。前足どうぞ」


「おっ、いただこうか。こいつめ、よくも私を食べようとしてくれたな! こうしてやる! がぶっ…んん、なかなか美味いな」



 ジョイがイブゼビモリの前足にかぶりつく。


 夕食で振舞われたのは昼間に森で仕留めた鳥と、メインディッシュのイブゼビモリであった。


 魔獣とはいえ言ってしまえば大きなトカゲと同じなので、鶏肉に近い味わいがあるようだ。


 普段食べない食材に多くの者たちは興味津々。あっという間に八匹のイブゼビモリが胃袋に収まっていく。こうなれば魔獣も単なる食材にすぎない。



「この魔獣って第五級の抹殺級だよね。この程度なら、そこまで珍しくはないんじゃないの?」


「そうだね。でも、私たちみたいな一般人じゃ倒すのはなかなか難しいよ」


「クロスボウでも倒せたし、銃を使えばいけるでしょ?」


「当たればね。考えてもみなよ、ちょこちょこ木の上を動き回る相手に、素人が簡単に当てられるものじゃないさ。それに硬いし、最低でも三発は当てないといけない。あんな森の中じゃ、なおさらだね。だから護衛の傭兵が必要なんだ」


「やっぱり通常武装じゃ抹殺級でも脅威なんだね。勉強になったよ」


「今回は君がいてくれて助かった。妹さんもすごいじゃないか。普通は倒せないよ。私なら足が震えてしまうからね」


「でしょ? うちの子は特別だからね! ほんとサナはすごいよね!」


「うんうん、あの度胸は見事なもんだよ」



 イブゼビモリの肉にかぶりついているサナを見る。


 小さな口を開けて、一生懸命にモゴモゴ食べている姿は可愛いの一言だ。まだ肉が上手く飲み込めないところも子供らしくてラブである。


 だが、ジョイの話を聞いて、通常武器では限界があることもわかった。



(今回は上手くいったが、サナも普通に戦ったら負けていたかもしれないな。こんな小動物程度に不安を抱えているようでは駄目だ。もっと経験を積ませて強くしよう。レベル制度があるんだ。絶対に強くなるはずだ)



 一般人でもレベルが上がれば強くなれるはずだ。そして、ただ上がるだけではなく、しっかりと熟練度も高めればステータスの上がり方も良くなる。


 それは自分でも体験していることなので間違いない。



(焦るな。焦ったら駄目だ。まずはゆっくり基礎からだ。サナはまだ子供なんだし、楽しい経験をさせながら同時に強くしていくんだ)



「…?」


「なんでもない。サナ、健やかに育つんだよ。お兄ちゃんの望みはそれだけだからね」


「…こくり」



 おそらく意味はわかっていないと思うが、素直に頷く。


 ただただ従順。だが、それこそが自分が求めていたことなので心が満たされる。



「ハビナ・ザマには、あと四日で着く予定だ。また狩りのときは頼むよ」


「うん、任せておいてよ」





 それから二日間はトラブルなく進んだため、サナの鍛錬は特にできなかった。


 一回だけ狩りに行ったが、イブゼビモリに匹敵する魔獣には出会えない。せいぜいクロスボウの練習ができた程度だろう。


 さすがは正規の交通ルート。安全である。安全すぎる。


 と思っていた矢先のことだ。


 三日目の昼、突然馬車が停止する。



「どうした? 何があった?」


「ジョイさん、森の手前で馬車の一団が止まっている。うちらの前に出た一行だ」


「前の一団は私たちより二日以上前に出たはずだよ。それがどうしてこんな場所にいるんだろうね」


「様子がおかしい。少し話を訊いてくる」


「私も行くよ。他のみんなはここで待っていてくれ」



 ジョイと御者の一人が、前に止まっている馬車の一団に向かう。


 馬車は五台といったところだろうか。人の姿もあり、焚き火の痕跡もいくつか見られるので、彼らがここで野営をしていたことがうかがえる。


 それだけならば問題はないが、同じ場所で二日以上も野営する理由はないだろう。



(何か事故かな?)



 アンシュラオンも外に出て様子をうかがう。


 よくよく見ると、馬車の中には亀裂が入って壊れたものもあった。



「ねぇ、もうすぐハビナ・ザマだよね?」


「ああ、この山を越えればあと少しさ。ただ、ここから森道を通らないといけないから夜間での移動は危険だな。できれば昼間のうちに通り過ぎたいんだけど…」


「夜はさすがに危ないよね。あっ、戻ってきたみたいだよ」



 ジョイたちが戻ってくるが、顔には困惑と不安の色が表れていた。


 ベテランの彼は、客に対してはネガティブな感情を見せない。それがこれだけ沈んでいるからには何かあったのだろうと推測できる。



「ジョイさん、どうしたの?」


「いや、それが…ちょっと困ったことになっていてね…」


「言いにくいこと?」


「まあね…」


「どうせトラブルでしょ? こっちの馬車の問題じゃなさそうだし、言っても問題ないんじゃない?」


「うむ…君にならいいか。あっちの馬車の一団は私たちと同じくハビナ・ザマに向かっていたらしいんだが、どうやら森の中で魔獣に襲われたらしい。それで慌ててこちら側に戻ってきたそうだ」


「前の森にも大きなトカゲがいたし、こっちにも魔獣がいてもおかしくはないよね。そのリスク込みでの移動なんだよね?」


「もちろん常に襲われる危険性はあるよ。でも、今回は強い魔獣と遭遇したみたいなんだ。それで馬車の半数が壊されて、中にいた人たちにも死者が出てしまっている。どうやら連れ去られた人もいるみたいでね…」


「護衛の傭兵は?」


「彼らも四人の傭兵を雇っていたが、生き残ったのは一人だけらしい。その彼も負傷して満足に動けないようだね」


「このルートって比較的安全なんだよね? こういうことはどれくらいの頻度で起こるの?」


「いやいや、こんなことは滅多にないよ。私もここまで酷い事故は見たことがない。だから正直なところ困惑しているんだ」



 馬車業にとって魔獣に襲われることは不可抗力でもあるため、ここでは『事故』という言葉を使っている。


 それだけ一般人にとっては魔獣は対処に困る存在なのだ。



「護衛の傭兵が減ったことで彼らも引き返すに引き返せず、ここで立ち往生していたようだね。私たちを待っていたともいえるが…」


「なかなか大変な状況だね。で、どうするの?」


「選択肢は二つある。一つはグラス・ギースに戻って、ハンターに依頼を出して駆除してもらう。もう一つは遭遇しないことを願って、このまま突破する。この場合も帰りの問題があるから、ハビナ・ザマのハローワークに調査依頼を出すことになるだろうね」


「ここまでの被害が出たなら、放っておくわけにもいかないよね。ジョイさんさえよければ、オレが退治するけど?」


「いいのかい? だがしかし、やはり子供に任せるのは…」


「ここまで一緒に旅をした仲だ。遠慮しないでよ。どうせほかに適任はいないと思うよ。今からグラス・ギースに戻るのはオレも嫌だしね」


「なんだか申し訳ないね…報酬は出すよ」


「いいよ。魔獣の素材を売るから大丈夫さ」



 ジョイも薄々こちらに期待していたのだろうが、見た目が子供かつ客でもあるので言い出しにくかったようだ。


 だが、そういう謙虚な人間ならば助けてあげるのもいいだろう。



「襲ってきたのは、どんな魔獣?」


「目撃証言から、おそらく『デリッジホッパー〈森跳大目蛙〉』の可能性が高いね。この森に生息している第四級の根絶級魔獣だよ。大きな目玉が特徴だからすぐにわかると思うけど、かなり強い魔獣のはずだ」


「昔から被害が出ているの? 人が連れ去られたみたいだけど、食べるのが目的?」


「たしかに危険な魔獣ではあるけど、生息域が少し離れているし、慎重な性格だから人間と遭遇しても積極的に襲いかかってくることはなかったんだ。今まで事故の事例はほとんどないはずだよ。人を食べるなんて聞いたこともないね」


「連れ去ったのは、たまたまなのかな? 知能の低い魔獣は突発的に変なことしたりするしね。そいつらは殺しちゃってもいいんだよね? 人間に牙を剥いた以上、放っておいたらまたやりかねないよ。一度叩きのめしておかないとね」


「私たちの生活に関わることだし…かわいそうだけど仕方ないね」


「ジョイさんたちは、ここで待っていてね。護衛の傭兵たちも全員残して、もし襲撃されても持ちこたえられる準備だけはしておいてよ。戻ってきた時に死人が増えていたら気分が悪いからさ」


「もしかして君だけで行くつもりかい?」


「妹も一緒だけどね。サナ、行くよ。新しい実験台が見つかったぞ」


「…こくり」


「ああ、そうだった。そこの剣、二本借りてもいいかな?」


「かまわないけど…こんなものでいいのかい? ただのショートソードだよ?」


「うん、剣は買ってなかったんだよね。壊すかもしれないし、それが報酬でいいよ。それじゃ、あとはよろしく。夕方までには戻ってくるよ」



 そう言うと、アンシュラオンとサナは迷いなく森の中に入っていった。


 そこに怯えは一切なく、むしろ楽しそうだから怖ろしい。



「また彼に頼ってしまうのか…大人としてなさけないね」


「ジョイさん、俺らは守りを固めよう。なに、あいつらは大丈夫さ。一緒に旅をしてわかったよ。あれは普通じゃない。傭兵の中には、たまにああいう特別な連中がいるんだよ。俺たちには絶対手が届かないレベルにいる化け物がね。あれはそういう類の存在さ。前に南で見た『シルバーライト〈銀架の右手〉』の連中に雰囲気がそっくりだ」


「『シルバーライト〈銀架の右手〉』…A級傭兵団だったかな?」


「ああ、都市防衛を引き受ける戦闘のプロフェッショナルさ。あくまで俺の見立てじゃ、あの少年はそこの部隊長より上だ。A級傭兵団の部隊長は、ブラックハンター以上でないと務まらないからな。それより強いなら心配することはない」


「ううむ、君が言うのならばそうなのだろうが…」


「人間は自分に与えられたことを淡々とこなせばいい。身の丈に合った生き方が一番さ。俺たちみたいな凡人は自分の身を守ることだけを考えよう」


「…わかった。彼らの帰りを待とう。せめて彼が気兼ねなく戦えるようにしないとな」



 ジョイは複雑そうだったが、傭兵の言葉には重みがあった。


 致し方なく防備を固めて待つことにする。




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