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『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』(新版)  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
「英才教育」編
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94話 「初めての戦闘訓練 その1『狩り』」


 アンシュラオンがサナに行っていたのは偏向的な愛情表現ばかりではない。


 暇な時は彼女を抱っこしながら手作りの本を読ませていた。夜寝る時も添い寝をしながら物語を聞かせる。


 その中身は『戦闘に関すること』であった。



「いいか、サナ。戦いは常に勝たないといけないんだ。負けたら死んじゃうから、そこで終わりなんだぞ。漫画みたいに二度目なんてない。殺し合いは基本的に一発勝負なんだよ」


「…こくり」


「だから殺せる時は必ず殺すんだ。できれば一番相手が弱っている時を狙って、相手が一番嫌がる攻撃をするといい。食事中や睡眠時や排泄時、生殖時も隙があるから狙い目だ。まともに戦わなくてもいい。毒を盛ったり建物を爆破したり、あらゆる手を使うんだ。子供を人質にするのも有効だ」


「…こくり」


「もう一つ大事なことは自分が手傷を負わないことだ。相手が強敵なら仕方ないけど、できるだけ効率的に戦えということだね。敵が単独とは限らない。追い込まれて囲まれたら無傷での離脱は難しい。戦う場合は相手の情報をしっかりと把握して、勝てない戦いはしないこと。これが大前提だ」


「…こくり」


「次は敵との戦い方だ。まずはクロスボウや銃を使って遠距離から攻撃する。ダガーはあくまで最後の手段として考えて、可能な限り相手に接近しないことが大事だ。今のサナじゃ勝ち目はないからね。わかるか?」


「…こくり」


「狙う部位に関しては、最終的に狙うのは頭だけど、まずは胴体に当てて動きを鈍らせるんだ。足がベストだけど、なかなか当たらないからね。まずは当てることを考えるんだよ。当たらなかったらまた間合いを取って、撃ちながら後退する。隠れてもいいけど、いつでも撃てる態勢は整えること」


「…こくり」


「相手が人間の場合、言葉で騙そうとしてくることもあるから要注意だ。何を言われても油断しちゃいけない。命乞いも聞いちゃいけないよ。両手足を破壊して戦闘力を完全に奪うか、殺してから状況を考えても遅くはない。大事なのは自分の命だ。それ以外はすべて利用してかまわない。他人を犠牲にしても自分を守るんだ」


「…こくり」


「次は―――」



 このように戦う時の心構え、身体の動き、敵の数による戦術の変更、武器の正しい選択その他諸々、自分が知る限りの戦いのイロハを教え込む。


 これも一ヶ月前からずっとやってきたことだ。何度も何度も教えることで精神に刷り込むことが重要である。



(可愛いサナはそのままでも最高だけど、強くなったらもっと可愛いはずだ。今から【英才教育】を施せば才能がなくても間に合うかもしれない。オレがアズ・アクスを目指すのも、サナを強くしたいからだもんな)



 パミエルキがなぜアンシュラオンを鍛えていたのか、それは「可愛いから」である。


 単に苛めたいのではなく、自分と同じくらいに強くなってほしい願望があったからだ。人間は自分と同じもの、同胞や同属に愛情を感じるものである。


 アンシュラオンもまたサナに対して同じことを求めていた。あの姉にしてこの弟あり、である。


 そして、この旅からサナへの英才教育が本格的に始まったといえるだろう。


 道が険しくて馬車を押して進むときは、率先して外に出てサナにも手伝わせる。みんなが休憩しているときも、ひたすら歩かせて体力をつけさせる。


 毎日のように自らダガーを持って、サナの練習相手を務めたりもした。



「いいぞ、サナ。その調子だ」


「…こくり」


「足だ。足を狙え。相手が誰であれ、今のお前じゃ致命傷を与えるのは難しい。軽くてもいい。まずは手傷を増やしていくんだ」


「…こくり」


「重心を前がかりにしちゃ駄目だ。常に後ろにも移動できるようにバランスよく構えるんだ。そうだ。いいぞ。そうして相手のバランスが崩れた時を狙って強い一撃を叩き込むんだ」


「…こくり」


「隙が多いぞ。刃物だけに気を取られたら駄目だ。手はもう一つあるんだ」


「…っ」



 ダガーで攻撃すると見せかけて、左手でサナを押す。


 本当に力をセーブして軽くやっているが、こんな超人に押されるのだ。サナが吹っ飛び、地面を転がり、打撲と擦り傷を負う。


 今までの可愛がり方だけを見ていれば、ここでアンシュラオンが助けに入ると思うかもしれない。


 しかし、こと戦闘に関してのみ、この男は非常に冷徹で容赦がない。そのまま続行だ。



「転がってでもいい。すぐに移動だ。同じ場所に長くいちゃいけない。ほら、狙われるぞ」


「…こくり。ごろごろっ」


「立ったあとも周囲の観察を怠るな。物陰に敵の仲間が潜んでいるかもしれないぞ」


「…こくり、きょろきょろ」


「いいぞ。相手を常に視界に残すことを忘れないようにな。さあ、くるんだ。もう一回だ」


「…こくり!」



 時間がある限り、何度も何度も模擬戦を繰り返す。


 たまにサナが脱臼や骨折をすることもあったが、すぐさま命気で治すので問題はない。ただ、その一瞬の痛みにすらサナはあまり感情を示さなかった。



(意思の力が弱いと痛みも感じにくいのかな? むしろありがたい。少し厳しくやっても弱音を吐かないから成長も早くなりそうだ)



 サナは一切口答えはせず、言われたことを忠実にこなす。態度も完全に従順だ。


 それによって少しずつではあるが、アンシュラオンの戦闘技術が叩き込まれていく。教える前と後では動きが段違いだ。



(やはり覚えが早い。オレが言ったことをほぼ完璧にこなしている。唯一の弱点は年齢と体格かな。同じ年頃の子供と比べても線が細いし、背も低い気がする。といっても、まだ戦気すら出せない子供だ。慌てずしっかりと育てよう)



 サナがアンシュラオンのすべてを受け入れるように、アンシュラオンもサナをけっして否定しない。意思が無いこともしゃべられないことも彼女の個性として受け入れる。


 それはモヒカンたちが諦めた【サナの可能性を否定しない】ことにも繋がる。


 彼女を育てることは、サナを見放した連中を見返すことでもあるのだ。


 これは単に精神的優越感だけではなく、実際に彼らを『物理的に支配』させることを目的とした教育である。



「サナ、お兄ちゃんはお前にすべてをあげると約束した。だからオレの武力も知識も権力も財産も全部お前にあげよう。でも、物と違って武力に関してはどうしようもないから、自分で少しずつがんばるんだよ」


「…こくり」


「いい子だ。…ん? 何かやるのかな?」



 そんな時、傭兵と何人かの男が森のほうに向かおうとしているのが見えた。


 その中にはジョイの姿もある。



「ジョイさん、どこに行くの?」


「食料を手に入れに行くんだよ。森には食べられそうな植物や魔獣がいるかもしれないからね」


「植物はわかるけど魔獣も?」


「魔獣といっても、第八級の無害級魔獣や第七級の益外級魔獣とかだよ。いわゆる比較的無害な一般の動物だね」


「なるほど、狩りってことだね」


「ここは狩場としても有名なところでね。立ち寄った時はいつも現地調達をするんだ。上手くいけば肉が手に入るかもしれないね」



(狩りか。これは好都合だ。サナに経験させるチャンスだな)



「その狩りって、オレたちも行っていいかな?」


「かまわないが…森は何があるかわからないよ? 危険な動植物もあるからね」


「大丈夫大丈夫。これでもハンターの端くれなんだよ。森は慣れてるから連れていってよ」


「そうだったのかい? んー、どうしようかな…」


「いいじゃないか、ジョイさん。ダガーは使えるみたいだ。最低でも仕留めた獲物を捌くくらいはできるだろう」


「子供がいても大丈夫なのかい?」


「最悪は俺がカバーするから問題ないさ。まあ、そんな心配は杞憂かもしれないけどな」



 ジョイの隣にいた傭兵の男が味方に回ってくれた。


 どうやらさきほどのダガーの練習を見ていたようだ。それでアンシュラオンがただの少年でないことに気づいたのだろう。


 小百合もハンター登録に年齢制限はないと言っていたが、見た目と実力が噛み合わない者も傭兵には多い。


 思えばデアンカ・ギースを倒したアンシュラオンに対しても、ハローワークの傭兵たちは見た目に関しては誰も気にしていなかった。傭兵の中ではそれが常識なのだ。



「自分の身は守れるから安心してよ。もちろん、この子も大丈夫さ」


「それならいいが無理はしないでくれよ。お客さんでもあるんだからね」


「うん、わかったよ」



 アンシュラオンとサナに加え、傭兵一人と馬車の御者たち三人が森の中に入る。


 この森はそこまで深いものではなく、この荒野ならば至る所にある小規模のものだ。


 ただし、今いる場所が山の中腹に差し掛かっているため標高はかなり高く、崖なども多いので注意が必要である。


 一向がしばらく森の中を進むと獲物を発見。



「鳥がいるな。あいつはただの弱い鳥だったはずだ」



 まずは傭兵がお手本とばかりにダガーを構え、スナップを利かせて投げる。


 ダガーは鳥に命中。どさりと下に落ちてきた。



「よっしゃ。まずは一匹だ」



 傭兵は鳥を拾い上げて笑みを浮かべる。



(いい投げ方をするな。ラブヘイアより数段劣るが弱くはない。馬車の集団を守れるくらいの力はありそうだ)



 この傭兵はレッドハンター級と思っていいだろう。その上のブルーハンターと比べるレベルには至っていないが、それなりに経験を積んでいるようで武器の扱い方は悪くない。



「では、私たちもやろうか」



 ジョイたちも各々が持参した弓や銃を使って獲物を仕留めていく。


 さすが狩場と呼ばれるだけあり、面白いように狩りが進んでいった。



「サナ、オレたちもさっそく試そう。小さいほうのクロスボウを出して構えてごらん」


「…こくり」


「獲物は…あれでいいか」



 波動円を使えば、この森にいる魔獣の大半は即座に把握できる。


 ちょうど木の上にトカゲのような生き物がいたので、それに狙いを付けさせる。



「相手はまだ戦闘態勢に入っていない。こういうときはゆっくりでいい。落ち着いて狙いを定めてから撃ってごらん」


「…こくり」



 サナがトカゲに向かってクロスボウを構える。


 若干揺れているのは緊張のせいではなく、彼女の体格と腕力の問題である。


 狙いをつけて、矢を―――発射


 矢はトカゲを外れ、木に突き刺さる。



「すこしブレちゃったな。でも、かまわない。これは練習みたいなものだから何度やり直してもいいんだ。さぁ、もう一度やろう」


「…こくり」



 幸いながらトカゲは一発では遠くに逃げなかった。


 少しずつ距離を詰め、十分に狙い―――発射!


 シュンッ ブスッ!


 見事命中。トカゲは木との間で串刺しになる。



「やったな、サナ! 初めての獲物だぞ!」


「…こくり!」


「嬉しいか! そうかそうか! よかった!」



 まるで自分が宝くじでも当てたかのように、サナを抱きしめて大はしゃぎ。


 サナも初めての獲物ゲットに喜んでいるようで、少しだけ頬が赤かった。



(なんだろう。すごい…嬉しい。こんなに素直に喜べるのはいつ以来だ?)



 前世を含めて、これほど単純に喜べた経験は少ない。


 良いことがあっても自分にとっては当たり前で、お祝いもせずに軽く流して終わりだった。それよりも悪いことばかりを恐れて、いつも憂いていた気がする。


 それが、たったこれだけのことで泣きそうなほど嬉しいのだ。



「サナ、もっとやろう! やればやるほど上達するぞ!」


「…こくり」



 要領を得たサナは、その後も何体もの獲物をゲット。


 そのたびにアンシュラオンが「この子は天才だ!」と大はしゃぎするので、その様子があまりに微笑ましくて、ジョイたちも温かく見守ってくれていたようだ。




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